政策特集君は万博を知ってるか? vol.7

関西流のコミュニケーション術 相互理解の一助に

京都精華大ウスビ・サコ学長 「空間づくりにも興味ある」


 西アフリカ、マリ共和国出身で、日本の大学初となるアフリカ系学長として注目を集める京都精華大学のウスビ・サコ氏。日本社会における多様性、グローバル化を象徴する存在だが、そんな同氏の目に、日本で開催される万博の可能性はどう映るのか。専門分野である空間人類学の視点からも語ってもらった。

万博は「市場(バザール)」だ

 ー近年の万博は、地球規模の課題解決に挑むテーマ重視のスタイルが定着しています。万博にどんな意義を見いだしますか。

 「万博は未来社会の一端をフィクション的に発信することで、それぞれが夢を描いたり生き方に思いをめぐらすきっかけとなってきました。気候変動や食料、資源問題はもとより、経済的な結びつきにおいても世界がこれまで以上に相互依存を深める時代だからこそ、同じ時間、空間に会し課題を共有する意味は増していると感じます」

 ー2025年大阪・関西万博は、日本が提唱するスマート社会につながる技術やアイデアを一堂に集めた「未来社会の実験場」をコンセプトとしています。舞台となる地元・関西の個性をどう生かしたらよいでしょう。

 「最新技術を格好よく発信することだけが万博ではありません。その地に息づく文化や風土を反映した独自のコミュニケーションスタイルを前面に打ち出してもいいのでは。来日当時の私にとって衝撃的だった、大阪独特の他人との距離の縮め方や、お祭り的な感覚はそのひとつです。世界の課題に向き合う第一歩はコミュニケーションを通じて相互理解を深めることにあると考えるからです」
 「目玉展示も一人で体験するだけでは、『人間対マシン』の関係ですが、他の誰かと体験を分かち合うことに価値があります。私にとっては、日本は関西と同義なのですが、大阪の人は好奇心が強いのか、街で一人で食事しているとよく『おいしいんか』などと声をかけられるんです。万博でも『そのマシン楽しいんか』『あんたの国にはこんなんあるか』といったやりとりの中から、国や世代を超えた交流が生まれる、そんな関西スタイルの万博を期待します。私の感覚では、未来社会の『実験場』というよりも最新技術をネタに皆が好き勝手に語り合う『市場(バザール)』のようなイメージです」

 ー関西発の人間味あふれる交流。それは万博のテーマ「いのち輝く」とも無縁ではないと。

 「そうです。万博では、日本が高齢化社会に立ち向かう姿を示す機会となるようですが、命を救うのは医療技術だけではありません。心身を病む背景には、他人とうまく関わることができず孤独感を深めたり、地域コミュニティーの崩壊などさまざまな要因があります。いずれもコミュニケーションの問題が根底にあります」

空間がもたらす可能性

 ーご専門の空間人類学はコミュニティー空間の使い方を通して、まちづくりや住宅整備につなげる考え方だそうですね。期間限定で、世界中の人が集う万博を学問的な切り口で捉えるとどんな意義がありますか。

 「私は、人や社会の視点から空間をどう捉えるかを研究してきました。万博のパビリオンは、国や企業がそれぞれのコンセプトによるデザインやマスタープランの制約に基づいて設計されますので、むしろ私の関心事は会場内の公共空間や共有空間をどう作り出すかにあります。実際、コミュニケーションがより促進される空間づくりには、いくつかの視点があるんですよ」

 ー例えばどのような。

 「空間占有はネゴシエーション(交渉)の結果ですから、必ずしも最初からビジブル(可視化した)な形で均等に分ける必要はないんです。以前、所属した京都大学の研究室が、京都における打ち水の距離から隣人との関係を考察したことがあります。相手の敷地内に打ち水かかる範囲内の隣人の呼称は、自分自身も含めた『うちら』です。他方、水がかからないよう配慮する相手は『あちらさん』と呼ぶ。言葉と行動が連動しているんですね」

 -公共空間の捉え方には国民性の違いもあるそうですね。

「京都では、鴨川のほとりにカップルが等間隔で座る光景が珍しくありませんが、これは他者と一定の距離感を保とうとする日本人特有の現象で、国や地域と文化によって個体距離が異なります。また日本人には公共の場は、自分のものではないから、使い終わったらきれいにするとの意識が根付いていますが、これも国や地域、文化によっては異なります。公共とは皆が権利を持っている場所だから、汚す権利もあると捉えるわけですね。万博を機に、公共空間を異文化体験などの場とする発想も面白いのでは」

 ー壁を作り、内向き志向を強める傾向が強まる昨今の世界だからこそ、時間・空間を共有する万博という「場」を相互理解を深める上で有意義なものにすべきだと。

 「本当にそう思います。その意味で空間の持つ力は大きいと感じます」

京都市左京区にある京都精華大のキャンパス。創立50周年となる2018年、サコ氏が学長に就任した

共通言語「マンガ」も生かして

 -ところで、京都精華大学はマンガ学部やポピュラーカルチャー学部を設置し、ジャポニズムを象徴する存在でもあります。万博を機に計画していることはありますか。

 「いま考えているのは、マンガという表現手法を用いて世界が直面する課題を浮き彫りにする取り組みです。日本に興味を持つ外国人の中にはマンガがきっかけとなった人は少なくありませんが、今や作品を通じて描かれる世界観や精神性は、日本人が思う以上に広く共感、共有され、ある種の共通言語となり、さらにディープな日本を知りたいと感じています」。
 「つまり、マンガは日本文化の域を超えてグローバル化しているのです。フランスなどでは、現地語訳されている作品より、日本語特有の擬態語や擬音語が用いられている作品の方が人気だったりします。このように、世界の共感を得られている表現手法も相互理解の一助として、国や地域が異なる人が、同じ地球市民として距離を縮め精神的に通じ合うことで、さまざまな場面で協働することにつなげていきたいですね」