政策特集10年先の会社を考えよう vol.3

娘が語る事業承継

ものづくり企業である愛和電子の場合


 経営のバトンを譲り受けるのは必ずしも息子とは限らない。ものづくり企業でも娘を社長候補に据えたり、実際に事業を承継するケースが珍しくなくなってきた。今後10年間で、中小企業の約半分が事業承継のタイミングを迎えるとみられる。少子化に伴い、娘を社長候補に据えるケースが広がることが予想される。実際、多方面で活躍する女性経営者の姿を目にする機会も増えてきた。もちろん、経営のたすきを受け継ぐまでにはそれぞれの事情や紆余(うよ)曲折があるが、背景にあるのは父の背中を見て育った娘ならではの「特別な思い」。実際に事業を継いだ彼女たちは何に悩み、どう乗り越え、どんな経営革新に挑もうとしているのか‐。

父の病がきっかけで経営引き継ぐ

 まもなく創業40年を迎える愛和電子(群馬県みどり市)。モーターと減速機を設計・製造しており、身近なところでは電車用ドア開閉システムの部品を手がける。首都圏やニューヨークで走行している車両にも使用されているという。

 2014年8月に同社の経営のバトンを、受け継いだ社長の図子田早身さん。創業者でもある実父の病がきっかけだった。「父が培ってきた技術や顧客との信頼関係を守り発展させたい」との思いで、この3年間、走り続けてきた。その奮闘ぶりは、従業員との関係や事業に対する姿勢にも変化をもたらしつつあるようだ。図子田さんの話から円滑な事業承継へ向けたヒントを探る。

「会社の雰囲気にも変化を感じます」(図子田さん)

 -社長に就任されたのは2014年8月。これまでどんな葛藤がありましたか。
 「当社はモーターと減速機の設計・製造を手がけており、父が1978年に創業しました。東京での会社員生活に区切りを付け、継ぐ決心をしたのは父の病がきっかけです」

 「事業を継いだ初年度は『何とか過ごせた』のが正直なところですが、それから2年あまりが経過し、私自身だけでなく会社の雰囲気にも変化を感じます」

思いばかりが先走る

 -それはどんな。
 「一番大きな変化は、オープンに議論できる雰囲気が醸成されつつあることです。私は、既存の技術をただ、守るだけでなく、技術の幅を広げたいと考えています。それは事業拡大につながることはもちろんですが、取引先にとっても当社の対応力が貢献でき、喜んでもらえるような存在でありたいからです。ただ、初めは思いばかりが先走って、従業員にうまく伝わらなかったように感じます」

 -まずどんなことに着手しましたか。
 「当社の創業製品は減速機付きモーターですが、社内にはアルミダイカストや亜鉛ダイカストの鋳造設備や切削機械まで一通り備えており、部品内製化が可能です。組み立て部品の調達・製品化まで一括受注できることが強みです。ただ取引先から『何ができるの』と問われ『何でもできます』では話にならないし、それでは何が特徴なのかわかりにくい。そこで、多くの企業に自社の製品や設備を見てもらうことで技術の接点を見いだすことと、個々の技術力のさらなる向上に力を注ぐことで、自らの強みを事業の成長に生かせるようにしてきました」

「縮小均衡ではダメ」(図子田さん)

 -「思い」を社内で共有するには時間も必要ですよね。
 「『できる仕事をきちんとこなしていればいい』という意見と衝突したこともあります。しかし、私は父が創業したこの会社を将来にわたって永続させるとともに、従業員からも長く働きたいと思ってもらえる会社にすることを望んでいます。そのためには現状にとどまる縮小均衡ではダメだ、成長軌道を描かなければといった話を従業員にずいぶんしました。一人一人と向き合うなかで少しずつ心を開いてくれたように感じます」

従業員に感謝の念

 -一方の図子田さん自身の変化とは。
 「従業員への感謝の念がわいてきたことです。お客さまに新たな技術提案をする上では、その優位性や特徴にアピールする必要があります。準備不足だったり、痛いところを突かれて説明できないようでは、納得してもらえません。社内からの耳の痛い意見も必要なんだと素直に受け止められるようになりました。鍛えられたとも言えるんですけど。結果、お客さまにも納得してもらえます」

 -裏返せば、さまざまなことを前向きに捉えられる余裕が生まれたとも受け取れますよね。こうした雰囲気を今後の事業にどうつなげたいですか。
 「社内教育の時間を作り、私も従業員と一緒に成長し、従業員からもお客さまからもあってよかったと思われる企業になりたい。同時に製造・加工・組み立て、それぞれの技術力の向上にも力を注いでいます。この6月には二人の技術者を新たに採用しました」

外部のネットワークが力に

 -先代が培ってきた事業基盤の先にどんな将来展望を描くか。図子田さんのように思い悩む若手経営者は少なくないと思います。そんな時、何が支えになりますか。
 「外部の経営者との人的なネットワークは大きな力になると感じます。私自身、地元の『両毛ものづくりネットワーク』や関東・甲信越地域の企業経営者による連携組織『21ものづくりネット』などに参加していますが、業種・業態や世代を問わず経営者が直面する悩みは共通であり、これを克服する姿を目の当たりにする機会は貴重です。自身の経験に基づくアドバイスを頂いたり、人的な資源を惜しみなく提供してくれる方もいて、有り難い限りです。仕事のやり方は社内で学ぶことはできても、経営は教えてもらえませんから」

「私も従業員と一緒に成長」(図子田さん)