誕生から25年 QRコード開発者が語る規格化の軌跡
今や日々の暮らしに欠かせないQRコード。その用途は生産や物流管理にとどまらず、スマートフォンの普及も追い風となり、航空券やイベントの電子チケットやキャッシュレス決済などへ広がっている。そんなQRコードが開発されて今年で25年。開発者のひとり、柴田彰さんは、普及を遂げてきた四半世紀は、日本企業が戦略的に国際的なルールづくりに挑み始めた軌跡と重なると受け止めている。
「かんばん方式」支える
QRコードは「かんばん方式」で知られる自動車部品の生産管理を狙いにデンソーが1994年に開発した。記憶容量と読み取り速度を両立させた初の二次元バーコードで、これまでのバーコードが20ケタ程度の情報量しか扱えなかったのに対し、最大7000ケタ(開発当初)を実現。これによって約200倍の情報を盛り込めるようになった。
トヨタグループにおける生産効率化にとどまらず世界の自動車業界、さらには流通や公共サービスといった幅広い産業分野へ利用が広がった背景には、誰でも自由にQRコードを作成、印刷できるよう特許を無償公開するなど標準化を通じて普及を図る一方で、読み取り技術の特許は公開せず、同社が販売する読み取り装置で収益を確保する知的財産戦略、ビジネスモデルがある。
漢字対応がカギ握る
とはいえ開発当時、QRコード以外の二次元バーコードは米国の独壇場。自動車やエレクトロニクス業界での採用競争は激しく、国際標準化に向けては、いくつもの壁が立ちはだかった。
デンソーはいちはやく標準化を進めるため、まずは比較的手続きが早い、国際自動認識工業会(AIM)の規格化に着手し、97年にこれを実現。その後、99年にはJIS(日本工業規格)化され、2000年にISO(国際標準規格)に制定されるというプロセスをたどってきた。提案活動を通じ、柴田さんがとりわけ国際社会で実感したのは人的なネットワークの重要性という。
「国際的なルールづくりは過去の作業部会や委員会活動にいかに人材を送り込み、どれだけ汗を流してきたかがものを言う世界。自社の利益にとどまらず長期的な視点で標準化に貢献することが大切かを身をもって知りました」と語る。
こうした中、QRコードの国際標準化において、大きな意味を持ったのは日本発のシステムとして漢字を効率よく表現することに優れている特徴だった。「中国をはじめ漢字圏の国々を仲間にすることができた」(柴田さん)。投票結果は僅差ながらも国際規格化にこぎつけた。
一方で、こうも振り返る。「当時、国内には特許を取得した技術をJIS化できるのかという風潮がありました。他方、国際的には特許と標準化戦略は一体的に捉えられていました。その規格にはどのような特許が関連しているかを公開し、規格の使用側に判断を委ねる発想です。ビジネスとして現実的だと思いました」。
QRコード関連事業はその後、デンソーの子会社「デンソーウェーブ」に移管されたが実際、規格化されたQRコードについて、デンソーウェーブは保有する特許の権利行使を行わないことを宣言している。加えて、規格から逸脱したQRコードを使用する場合は事前に相談するよう求めている。特許紛争などの懸念を払拭(ふっしょく)し、広く活用してもらうためだ。
「進化形」の普及に挑む
そしていま。柴田さんら先達が切り拓いてきた国際標準化の礎はデンソーウェーブAUTO-ID事業部技術企画部の渡辺友弘国際標準担当課長らに受け継がれている。
いま渡辺さんが取り組むのはQRコードの「進化形」の国際規格化だ。従来のQRコードを長方形化することで、情報の表現密度を高めたもので、バーコードが印刷されていたスペースをこれに置き換えたり、正方形では印字しにくいボトルにも高速印字できる。「微小部品や帳票の端、円柱面など特殊な形状への印字を通じ、個品管理ニーズへの対応が可能になります」(渡辺さん)。
渡辺さんは、この技術のISO規格化のプロジェクトエディターを務める。QRコードを使用する現場ニーズと、世界の専門家らによる技術的な見地を、規格化の過程でどう折り合いをつけるのかー。位置づれを補正する「アライメントパターン」をめぐってもさまざまな意見があるという。「まさにそこがせめぎ合いです」。
新たなQRコードの規格化は2020年度中を目指しているという。その普及が再び、暮らしを、社会を変革する原動力となるかもしれない。