池坊専好・次期家元が勧めるいけばなの時間… 命に向き合い、心を整える
華道家元池坊 次期家元 池坊専好さん
「いけばな」というと女性が行うもの、というイメージは過去の話。展示会には、日本の伝統文化に関心を持つ海外からの観光客の姿が目立つようになっているし、男性華道家グループ「IKENOBOYS」などのいけばなパフォーマンスも話題になっている。華道家元池坊の次期家元・池坊専好さんは、「華道は、命そのものを表現するもの。開花した花や緑の葉だけでなく、つぼみも枯れた枝も、どれもが『命』です」と話す。公益社団法人2025年日本国際博覧会協会の副会長、大阪・関西万博のシニアアドバイザーも務める池坊専好さんに、華道の現状と未来について話を聞いた。
「華道=女性のたしなみ」は過去の話。若者は男女問わず関心高い
――― 華道というと、かつては格式張ったイメージもありました。華道で最も古い歴史を持つ池坊で、専好さんが家元に就任すれば、初めての女性家元となります。現状をどのようにとらえてらっしゃいますか?
確かに一定の年齢層の中には、華道は近寄りがたい、あるいは女性のたしなみの一つだ、と思っている方がまだいらっしゃると思います。人口減に伴って、いけばなに親しむ人も減っていくのではないか、と心配する声もあります。ですが、最近では、スマホなどで検索して、気軽に問い合わせてくれる若い方が男女を問わず非常に多くなっています。また人口減の中でも、いけばなの展覧会への関心は高く、来場者は増えているのです。
今年(2024年)11月に京都で、江戸時代から続く最大最古のいけばな展「旧七夕会池坊全国華道展」が行われました。来場者は、華道を習っている方だけでなく、花が好きな一般の方も大変多く、海外からの観光客の姿も目立っていました。インバウンドの増加で、日本の伝統文化に興味を持つ海外の方が近年急速に増えています。若い世代や海外の方に、華道を通して日本の心や文化を伝えていく可能性が広がっていると受け止めています。
――― ほかの伝統文化や芸術、エンターテインメントとの交流はあるのでしょうか?
はい、以前は、「花」をテーマにした能の演目とコラボしたこともありましたし、長崎の浦上天主堂で、弦楽四重奏の演奏に合わせて、いけばなパフォーマンスをしたこともありました。クラシックだけでなく、さまざまな音楽といけばなのコラボもございます。いけばなは、完成した物を鑑賞するだけでなく、作り上げていく過程を楽しむこともできます。ですから、さまざまな分野の芸術、文化との相性もとても良いと思っています。
花をきれいに見せるだけではない日本の華道
――― 海外にもフラワーアレンジメントがあります。日本の華道はどう違うのでしょうか?
フラワーアレンジメントは、きれいに咲いた花をきれいなまま見せるものだと受け止めています。日本の華道はそうではなく、この世の命のありとあらゆる状態を描き出します。開花した姿も、若葉も、つぼみも、そして枯れてしまった姿も。表面的な美しさだけでなく、『命』そのものを描き出すのが日本の華道だと、私は考えています。そして、完成品だけでなく、プロセスを重視します。花に向かう自分の心を整えるということですね。花に新たな命を吹き込むことが自身の修練にもつながっています。
――― これまでのご自身の作品で、特に印象に残っているものはありますか?
毎回、自分の未熟さを感じるばかりですが、先日、とても印象的なことがございました。以前、友人にミモザの鉢を差し上げたことがありました。友人はそれを庭に植えかえ、大切に育てて屋根を越すほどの大きさまでになっていました。ところが、それが突然、枯れてしまいました。でもその枯れた姿がとても美しかったのです。それをそのままの状態であまり手を加えずにいけました。
大事にしていた植物が枯れてしまったのは悲しいことですが、私にできることは、そのミモザの最後に命を吹き込んでみなさんに見ていただくことだ、と思いを新たにいたしました。私も人間ですから、意識していなくても、そのときの体調や感情が作品に自然と表れてきます。それを取り繕うことをせずに、命のすばらしさをシンプルに伝えていきたい、と思っています。
――― IKENOBOYSという男性華道家グループの活動も注目されていますね。
先ほど申しましたように、いけばな、というと、女性がするもの、花嫁修業の一つ、ととらえられる傾向がありました。しかしそうではなく、男女を問わず、幅広い世代に親しんでいただけるものです。
IKENOBOYSは、いけばなの楽しさ、おもしろさをより多くの方に知っていただくために結成されました。学生や会社員、農家、大工さんなどいろんな職業の、いけばなを愛する男性たちが集まったグループで、さまざまなイベントに呼ばれて「いけばなパフォーマンス」をしているほか、お子様も体験できる「いけばなワークショップ」などを行っています。今では、理系の人たちによる「理KENOBO」などいろんなグループが自然発生的に生まれて、草の根的にさまざまな活動をしているようです。
大阪・関西万博で大作披露へ。全世界が繋がり合えるよう
――― 公益社団法人2025年日本国際博覧会協会の副会長や、大阪・関西万博シニアアドバイザーも務めていらっしゃいますね。
万博には、世界のさまざまな国のパビリオンが出展されます。近い距離で、世界中の文化と出会い、知り合うことができる大きな機会です。1970年に大阪で開かれた万博は日本が世界を知り、世界に日本を知ってもらう歴史的なイベントになりました。今回も意義のある万博になってほしいと考えています。
私どもも、万博会場で「いけばなの根源 池坊展」を開催し、室町時代から続く「いけばなの変遷」を作品で表現します。私自身も大作を披露するほか、IKENOBOYSなどのパフォーマンスも行う予定ですので、ぜひ会場にいらしていただきたい、と思います。
今の時代、果たして万博開催は必要なことなのか、という声もあることは存じています。しかしながら、AIなど新たなテクノロジーが発達し、今は「人間性」とか、「生きる」ということが、どういうことかが問われています。あらゆる命の中で生きていくという発想が、実は大切なのではないか、と思います。今回の万博では「命」を大きな柱の一つとし、紛争や貧困などさまざまな国際課題を解決していく機運を作り、未来につながる万博にしたい。命を大切にすることは、すべての人類にとって共通の願いです。この万博を通して、全世界が、理解し合い、繋がり合えるようになってもらいたい、と考えています。
いけばなが生む調和は、激動の時代を生き抜くヒントに
――― ビジネスの世界に生きるビジネスパーソンにとって、いけばなは対極的な存在かもしれません。そんなビジネスパーソンにひと言アドバイスをお願いします。
いけばなは、無心に取り組む時間が大切で、効率化に追われるビジネスの世界とは確かに対極的なのかもしれません。しかし、違う空間、価値観に身を置いてみることも大切なのではないでしょうか。そうすることで「癒やし」になり、心身をリフレッシュさせることができます。
また、いけばなに限らず、日本の伝統文化には、包容力や優しさがあります。伝えていくためにどういうことをしなくてはいけないのか、時代に応じて「変えなくてはいけないところ」「変えてはいけないところ」を整理して未来につなげていく。有限の命は、形をとどめることはできないけれど、次の世代につなげ、持続していく。そうしたことが、「組織」とも通じるところがあり、大学の経済学の中で、いけばなをヒントにしたい、という動きも実際に出ています。
また、今は「多様性」という言葉が広く言われていますが、いけばなはずっと以前から多様性そのものでした。いろんな植物があって、それぞれにその場にいる理由があり、作品とすることでそこに調和と小さな社会を生み出しています。経営者の方にとっても、頭でっかちになっていては、判断が独りよがりになってしまうこともあります。その点、いけばなは、自然に触れて、自分が「素(す)」に戻る時間を得ることができます。短い時間の中で決断して取捨選択し、調和を作り出していく。それはある意味でビジネスとも通じており、激動の時代を生き抜くヒントがそこにあるのではないでしょうか。
池坊 専好(いけのぼう・せんこう)
華道家元池坊 次期家元、紫雲山頂法寺(六角堂)副住職、一般財団法人池坊華道会 副理事長、大阪・関西万博シニアアドバイザー。
1965年、45世家元・池坊専永の長女として京都市で生まれる。学習院大学文学部卒業。立命館大学大学院文学研究科修了。1989年、華道家元池坊の家元継承者に指名される。2015年、正式に「池坊専好」(4代目)を襲名した。家元に就任すれば、華道で最も長い歴史を持つ池坊で、初の女性家元となる。2016年、京都文化賞(功労賞)受賞。著書に「秘すれば花」「花の季 池坊由紀の世界」など。