政策特集半導体の現在地 vol.6

ニッポン半導体復活の切り札「製造装置」。その強みをいかす戦略はあるのか?

最先端の半導体デバイスの生産で世界に遅れをとった日本だが、高い競争力を有する分野がある。半導体デバイスの生産に欠かせない半導体の製造装置と部素材である。日本勢が占める世界シェアは、製造装置では約3割、主要な部素材では約5割に達する。日本が半導体産業の復活を目指していくうえで、製造装置と部素材は、強力な切り札となりうる。

今回は特に、半導体製造装置に注目する。製造装置業界には、日本の半導体産業の現状と将来はどう映っているのか。また、製造装置の強さを維持し、活用していくためにはどのような戦略を描くべきなのか。国内の装置メーカー各社が加入する日本半導体製造装置協会(SEAJ)の渡部潔専務理事と、半導体政策の司令塔を担う経済産業省情報産業課の金指壽課長が本音で語り合った。

日本の半導体産業の復活に向け、半導体製造装置の強みをいかした戦略について議論する日本半導体製造装置協会の渡部潔専務理事(右)と、経済産業省情報産業課の金指壽課長

日本の半導体産業の復活に向け、半導体製造装置の強みをいかした戦略について議論する日本半導体製造装置協会の渡部潔専務理事(右)と、経済産業省情報産業課の金指壽課長

技術力が支える日本の半導体製造装置。グローバル企業の国内誘致に結びつく

――まず、日本の半導体製造装置業界が強い理由をどのようにお考えでしょうか。

渡部 何よりも「技術力」です。技術力を背景に、顧客である世界中の半導体デバイスメーカーと良好な関係を積み重ね、信頼関係を築くことができました。

技術力には、3つの側面があります。

1つ目は、高い技術開発力そのものです。これは、装置メーカー各社が先端技術に投資し続けてきた結果です。早い段階から顧客の研究・開発に貢献することで、“ロックイン”とまでは言い過ぎですが、良い意味で他社に乗り換えにくい状況になることがポイントです

※ロックイン…特定の製品やサービスに依存させることで、他の製品やサービスに変えづらい状況にすること。

2つ目は、すり合わせ技術です。メモリーとロジックでも全く違うことを要求されますし、半導体デバイスメーカーには多種多様なニーズがあります。必要な要素を半導体製造装置の中ですり合わせています。

3つ目は、サポート力です。顧客の意見を真摯に聞き、それに対する提案を繰り返すことで、より優れた半導体製造装置開発が実現しています。

半導体製造装置と部素材の各国別シェア。経済産業省「半導体・デジタル産業戦略より」

日本企業は、半導体製造装置・部素材で高いシェアを持っている

金指 現在、TSMC(台湾積体電路製造、台湾)やマイクロン(米国)などのグローバル企業が日本で大型投資をしています。彼らは日本への投資を決めた理由に、日本に半導体の製造装置と部素材の強固な産業基盤があることをよく挙げます。

これまでは、半導体の性能向上のために、主に前工程での微細化が進んできました。現在は、チップを切り出してから製品化する後工程で、イノベーションが起きることへの期待が高まっています。サムスン(韓国)なども後工程に関して、日本で活動を拡大しようとしていますが、これも、日本の製造装置や部素材メーカーとコラボレーションする機会を求めているのです。

渡部 顧客企業、あるいは将来の顧客となり得る企業が国内にいることは、日本の半導体製造装置業界にとっては競争力の向上につながりますので、大いに歓迎しています。

景気悪化でも研究開発費を維持。海外展開で競争力を高める

――日本企業では技術力があっても、ビジネスで負けるケースがあります。日本の半導体製造装置業界は競争力をどう高めてきたのでしょうか。

渡部 日本の半導体デバイスメーカーは、2008年のリーマン・ショック以降、投資額が世界の競合他社に比べて小さくなり、地位が後退しました。こうした苦しい状況においても、日本の半導体製造装置業界では、研究開発費を維持し、技術力を確保しました。

そして、海外企業とのビジネス機会を増やしました。各企業の努力もありますし、SEAJでは当時の会長(丸山利雄氏、元アドバンテスト会長)が積極的な海外展開を呼びかけ、会員向けに海外のビジネスマナーに関する教育講座を開くなどして後押ししました。

金指 半導体製造装置業界が取り組んできたことを、これからは半導体デバイス側で増幅して実行していかなければなりません。

日本半導体製造装置協会の渡部潔専務理事は、競争力の向上には、技術力に加え、海外展開の重要性を強調する

日本半導体製造装置協会の渡部潔専務理事は、競争力の向上には、技術力に加え、海外展開の重要性を強調する

サプライチェーンの実態把握を。PFASなどの課題解決に不可欠

――半導体製造装置のサプライチェーンに注目すると、多数の中小企業がいます。

渡部 日本には優れた技術をもつ中小企業があり、半導体製造装置業界では、これらの企業をいわゆる「下請け」ではなく、「パートナー」ととらえ、業界をあげて研究開発が大切であるという認識を共有してきました。

金指 半導体のサプライチェーンに関しては、トピックスによっては、政府として実態把握を深めていく必要があると認識しています。

その一例が、PFASへの対応です。欧州を中心に、PFASに対する規制を強化する動きがあり、半導体のサプライチェーンの中でPFASに関連する製品などが広範に用いられていると言われているなか、半導体製造装置業界としても、製造工程のどこでどのような化学物質を使っているのかをこれまで以上に詳細に把握していかなければ、適切な対策をとることができません。サプライチェーンの中で、“結節点”のようなところが存在することを明確化し、そこを複線化したり、代替物を開発したりするべきだという話が具体的に出てくれば、政府は前向きにサポートしたいと思います。

※PFAS…Per- and Polyfluoroalkyl Substancesの略称。1万種類以上ある有機フッ素化合物の総称。このうち、一部の化合物は有害性が指摘されている。自然界で分解されにくく、水や地中に長期間残る。半導体を含め幅広い製品の製造過程で使われている。

半導体製造装置のサプライチェーンは複雑で、その性能を左右する部品や素材も存在

半導体製造装置のサプライチェーンは複雑で、その性能を左右する部品や素材も存在

渡部 営業秘密の関係もあり、個社でサプライチェーンを2次、3次とさかのぼって把握することは難しいです。公的な仕組みがあれば、サプライチェーンの強靱化に役立ちます。PFASへの対応は、産官学が一体となり、日本が世界に先駆けて取り組むべきです。

金指 装置・材料メーカーのみの取り組みとするのではなく、半導体デバイスメーカーを巻き込んでいくことが重要です。各国政府とも議論していきたいです。

押し寄せる経済安全保障の波。ハイレベルの戦略性がより重要に

――経済安全保障の観点から、半導体デバイスや製造装置などを内製化する動きが世界で広まっています。

渡部 SEAJでも、海外の政府や団体から毎週のように訪問を受け、日本の半導体製造装置メーカーを誘致したいとか、内製化に向けて関係を持てないかとかいう話をいただいています。

しかし、日本の製造装置メーカーが、国内の製造拠点を海外に移転することはないと、私は思っています。国内にエコシステムが完全にできあがっているからです。質の高い人材を集めやすいという点でも、日本は圧倒的に有利です。

顧客の近くには、オフィスや部品センターに加えて、サンプルを加工するデモルーム、従業員の研修に使うトレーニングルームなどを設け、満足度を十分に高めています。

金指 顧客の要望に応じてその製造拠点の近くで活動する場合も、技術管理の観点から、どこまでの技術領域を社内で守り、どこから先を顧客に開示していくのか、ハイレベルな戦略性がより求められてきています。政府としては、グローバルな半導体デバイスメーカーや後工程のプレーヤーを日本国内に引き込むことで、半導体製造装置業界が国内で世界最先端の開発プロジェクトに挑戦できる環境を整備していきます。

経済産業省情報産業課の金指壽課長は、国内の強い半導体製造装置産業がグローバル企業の誘致につながっていることを指摘する

リスキリングで他業界の人材に活躍のチャンス。世界最先端の開発を担う

――半導体製造装置業界でも人員確保が課題です。

渡部 半導体デバイスを作るときに、各工程の作り方を研究開発しているのは、半導体デバイスメーカーというより、製造装置メーカーです。世界のトップレベルの研究開発ができますので、半導体製造装置業界で働くことには大きな魅力があります。

人材育成の観点から、これまでにも、大学で講義をしたり、高等専門学校のカリキュラム作成に協力したりもしています。ただ、若い人材が戦力になるには、時間がかかります。

そこで、成長産業である半導体製造装置業界に、他業界で働く方々に入っていただきたいと考えています。特に、今は少ない女性やデータサイエンティストなどにも活躍できる場が多くあります。SEAJとしては、こうした人材を対象に、リスキリングの機会を提供することを検討しています。例えば、東京大学の黒田忠広教授がセンター長を務める「福岡半導体リスキリングセンター」で使用する教材をSEAJが作成しました。この教材を全国展開し、リスキリングに活用していきたいと考えています。

金指 幅広い教育機関で使えるようにしたいところです。政府の支援はこれまで、工場の建設などハード面が目立っていたかもしれませんが、ソフトウェアやデータ関係の人材が半導体産業に興味を持つようにしていくことも大切であると思います。

日本経済の成長に貢献。国の“基礎体力”強化に向け、知見の結集を

――半導体製造装置業界の発展に向けてどう取り組みますか。

渡部 政府が半導体を経済安全保障推進法上の特定重要物資に指定するなど、半導体製造装置を含むサプライチェーン全体に対する認識を変えていただきました。政策による各種の支援も拡充され、とてもありがたいです。

世界の半導体デバイスメーカーの成長に貢献することで、半導体製造装置業界は成長してきました。今後も日本経済の成長に貢献できるよう邁進していきます。

金指 現在進めている半導体に関する政策は、半導体製造装置業界の皆様方が日本国内で守っていただいた技術や産業の基盤の上に成り立っています。改めて感謝いたします。

現在、政府では大学や国立の研究所を活用して、国の基礎的な体力をどう強化していくか、という問題意識を抱いています。半導体分野において、実用化するまでに時間がかかり、1社だけでは実現の難しい技術領域が存在する場合は、半導体製造装置業界からも意見をお聞かせください。国内の知見を結集して、日本の半導体産業の復活につなげていきたいと考えています。

本日はありがとうございました。

渡部潔 日本半導体製造装置協会専務理事
(わたなべ・きよし)富士通で半導体開発に従事。富士通セミコンダクター取締役執行役員常務や会津富士通セミコンダクター社長などを歴任。2018年から現職
金指壽 経済産業省情報産業課長
(かなざし・ひさし)1998年通商産業省入省。内閣官房日本経済再生総合事務局企画官、ジェトロ・ロサンゼルス事務所次長、経済産業政策局産業創造課長、大臣官房参事官(情報産業・デジタル経済安全保障担当)などを経て、2022年から現職

【関連情報】
▶一般社団法人 日本半導体製造装置協会
▶半導体・デジタル産業戦略検討会議(経済産業省)
▶半導体・デジタル産業戦略(経済産業省)

※本特集はこれで終わりです。次回は「伝統的工芸品の灯を絶やさない」を特集します。