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民放初の赤ちゃん番組「シナぷしゅ」、視聴率の枠を超えた新ビジネス

テレビ東京「シナぷしゅ」統括プロデューサー 飯田佳奈子さん

民放初の赤ちゃん向け番組「シナぷしゅ」(テレビ東京系)は2020年4月の放送開始から丸4年、子育て世代の親子に浸透し、すっかりおなじみとなった。番組名は脳の神経細胞と神経細胞のつなぎ目である「シナプス」が由来。赤ちゃんの世界が「ぷしゅっ」と広がり、赤ちゃんを育てるすべての人の肩の力が「ぷしゅ~」と抜けるような番組づくりを目指している。

ターゲットは0~2歳までの赤ちゃん。だが、視聴率の調査対象は4歳からだ。対象外となる赤ちゃん向けの番組は民放テレビ局には難しく、事実上NHK・Eテレ以外では放送されてこなかった。

業界の「常識」を超えた番組を企画し、現在も制作を担当するのは統括プロデューサー、飯田佳奈子さん。第一子出産後、「親が安心して見せられる動画コンテンツが少ない」と気づき、職場復帰後すぐに番組の企画を提案、採用されて放送が始まった。赤ちゃんとその親に訴求したい企業からCMを獲得、キャラクターを用いたIP(知的財産)ビジネスにも乗り出すなど、テレビ局の「視聴率がすべて」の収益モデルに変革の風を起こした。気鋭のプロデューサーの熱い思いを聞いた。

子どもに安心して見せられるコンテンツ、自分でつくると決意

―――放送開始から4年。「シナぷしゅ」は赤ちゃんから小さな子どもたちに大人気の番組になりました。この番組を企画したきっかけは何でしたか。

2018年に第一子を出産しました。今の育児って、祖父母が近くにいたり、一緒に住んでいたりしない限り、どうしても人手が足りないことはあります。「洗濯物を取り込むわずかな時間だけテレビの前でじっとしていてね」という時、まず、子どもに見せる動画の選択肢が少ないと感じました。

「子育て支援センター」に行くと、「子どもに1時間もテレビを見せちゃったよ」といった親たちのやりとりが聞こえてきます。眉をひそめて小声で話しています。育児って、ただでさえ窮屈で大変なことが多いのに、テレビを見せた自分を責める。そんな姿を見て、「私のやっているテレビの仕事は子どもに悪影響を与えているのだろうか、子どもの前で胸を張れない仕事なのかな」とやるせない気持ちになりました。

一方で、YouTubeを開けば、Eテレやアンパンマンなどを模倣した、手づくりの“赤ちゃん向け”の動画が何十万回も再生されています。現代の育児に動画コンテンツは欠かせなくなっています。だから、オフィシャルで良質なコンテンツをつくりたいと思ったのが始まりです。

―――なぜ、これまで民放では赤ちゃん向け番組がなかったのでしょうか。

大人向けの番組は選択肢が多くあるのに、赤ちゃん・幼児向けの番組はEテレだけ、というのは何か違う。赤ちゃんだってお茶の間にいればテレビを見ます。選択肢を増やしてあげたいと思って、復職後、すぐに「シナぷしゅ」の企画書を提出しました。

視聴率の指標は最も若い「C層」でも4歳以上。だから0~2歳向けの番組を作るのは「視聴率は0%でもいい」と言っているようなものです。視聴率でビジネスをしている民放テレビ局が、調査対象外をターゲットにした番組を作ることはなかなかできなかったと思います。企画書を出した2019年当時は、ネットメディアの台頭などもあり、視聴率に紐づく放送収入だけに依存しないビジネスモデルに変わっていくタイミングでした。企画書を10年前に出していたらはじかれていたでしょう。

実は勝算がありました。営業職にいた頃、子ども向け商品を扱う企業から「アニメ番組の枠にCMを出したい」という問い合わせが結構あったのです。だから、アニメの主な視聴者である赤ちゃんや幼児、その親御さんに訴求したいという広告主は絶対いるだろう、と思っていました。さらに放送外収入としてキャラクター、IPを持てば、赤ちゃん向けの玩具や食品などの展開、イベント開催などでビジネスが成り立つと考えました。企画は採用され、2019年12月にトライアルで放送され、2020年4月から本放送がスタートしました。

―――番組づくりで心がけていること、工夫していることは何ですか。

番組の企画を始めた頃、「東京大学赤ちゃんラボ」の開(ひらき)一夫教授の研究室に飛び込みで訪問し、監修をお願いしました。親の安心感が得られると考えたからです。開教授からは、テレビの視聴は視聴方法や環境にも左右されるので一概に悪とは言えない、との説明を受けました。さらに「赤ちゃんのためにテレビ番組の選択肢を増やしてあげるのはとてもいいチャレンジだ」と背中を押していただき、「よし、やろう」となりました。

一つのコンテンツは2、3分で、音楽なら演歌、ジャズ、ロック、ラップなどセレクトショップのように様々なジャンルのものを見せて、どれが好きかは赤ちゃんが選んでね、というスタイルです。「赤ちゃんはやっぱり童謡が好き」といった固定観念を一切取り払って作っています。

いろんな大人たちが子どものことを真剣に考えている

―――カジュアル衣料品ブランド「GU(ジーユー)」と共同開発したベビー服には、どんな思いがありましたか。

2021年6月、ベビー用のTシャツとパンツだけでなく、大人用ユニセックスTシャツの計3アイテムが販売されました。ファンの皆さんから喜びの声をいただきましたが、「買えなくて悔しかった…」といったコメントも番組のSNSにたくさん届き、反響はすさまじいものでした。

コラボと言っても、服にキャラクターを貼り付けただけにはしたくない。親子のコミュニケーションのきっかけになる服が作りたかった。例えば、パンツのポケットには、キャラクターの「ぷしゅぷしゅ」が隠れていて、引っ張り出せるようになりました。コラボの幅は絵本や玩具、UFOキャッチャー、飲み物、食べ物へと広がっています。

「シナぷしゅ」をやって分かったのは、いろんな会社に、プロフェッショナルな分野を持ち、子どもたちへのアプローチ方法を真剣に考えている大人がいる、ということ。その情熱に触れることができたのが良かったと感じています。今の世の中は子育てには窮屈です。マタニティマークをつけている女性を狙った嫌がらせがある、という話もよく聞きます。だから、私は声を大にして言いたい。「本当はいろんな企業の、こんなにたくさんの大人が子どもたちのことを考えていますよ」と。

2021年6月、GUの新商品発表会で、共同開発したベビー服への思いを語る飯田さん

圧巻だった、映画館にベビーカーが並ぶ光景

―――2023年5月から公開された映画「シナぷしゅTHE MOVIEぷしゅほっぺにゅうワールド」は、赤ちゃん向けの映画ということで大きな話題になりました。

番組を作り始めたときから「いつか映画を作る」と心に決めていました。大きな画面を誰かと共有して見るという体験はかけがえのないものです。大人が胸に迫ってくるような感情を持つこともあるのですから、赤ちゃんにも素晴らしい体験になると思いました。

公開初日、朝いちばんの回、映画館のチケットもぎりの所で、2歳前ぐらいの女の子が楽しそうに歩いていて、後からご両親がついてきました。これまでの人生で見たことのない光景でした。別の映画館で見た、ベビーカーがずらっと並んでいた様子も圧巻でした。映画館の中に赤ちゃんもいる、そんなことがあり得るんだな、革新的だと思いました。

2023年5月、映画の「公開記念イベント上映」で来場者らと記念撮影

IPの権利を100%保持、判断のスピードに強み

―――自社が生み出したIP(知的財産)で収益(ライセンス使用料)を得るビジネスモデルが確立されてきていると感じます。手ごたえはいかがですか。

実は、放送局が100%保持しているIPはあまりありません。アニメのキャラクターは「製作委員会」が権利を持つことが多く、手続きが煩雑になりがちです。私たちがIPを作って全部の権利を持ち、ビジネスを動かしていくことにはやりがいがあります。コンパクトな体制なので判断も速い。いろんな会社の利害で形を変えられることもない。ビジネス展開としてすごく面白いですね。

子育てをめぐる断絶、風通しを良くしたい

―――今後の夢や目標をお聞かせください。

「シナぷしゅ」は言葉に大きく依存していないので、世界も見据えながらやっていきたい。0歳児が初めて見る映画を日本では実現できた。だから、世界中どこでもできると思っています。美術館やアスレチックなどがあって「シナぷしゅ」の世界観を体験できるような「シナぷしゅの森」を作る夢もあります。

私たちは子育ての当事者なので、子ども向けのことにはとても目が行きます。だけど、本当に気づいてほしいのは、当事者ではない人たち。この人たちが、子どもに優しいまなざしを持ってこそ、社会全体が子どもに優しくなっていくと思います。このジャンルのことは、当事者と当事者ではない人たちの間に大きな断絶があります。でも、この断絶を埋めていかないことには、ずっと変わらない。

「シナぷしゅ」という入口だからこそできることがあるんじゃないか、とずっと考えています。子育てってものすごく楽しいんですよ。こんなクリエイティブな仕事はありません。それをワクワクするような言葉で伝えたい。それは、エンターテインメントを作っている我々だからこそできる。子育ては大変なこともあるけど、それをカバーして余るぐらい楽しいよ、と言い続けたいですね。

子育ての楽しさ、子どもへの優しいまなざしを持つ大切さを伝えたいと語る飯田さん

【プロフィール】
飯田 佳奈子(いいだ・かなこ)
テレビ東京「シナぷしゅ」統括プロデューサー
1988年生まれ、群馬県出身。東京大学文学部フランス文学科を卒業後、2011年テレビ東京に入社。2018年に第一子を出産し、2019年に職場復帰してすぐに「シナぷしゅ」の企画書を提出。以降、「シナぷしゅ」の制作面の総合演出だけでなく、ビジネス展開も含めたコンテンツ統括プロデューサーを務める。2022年、第二子を出産。
「シナぷしゅ」テレビ東京系 毎週月~金 朝7:30~8:00
https://www.tv-tokyo.co.jp/synapusyu/