政策特集必然のDX vol.4

中堅・中小企業のDX ビジョン共有で「壁」突破、DX推進の転換点に

日本企業のDXは、規模が小さいほど進んでいないのが現状だ。情報処理推進機構(IPA)の「DX白書2023」によれば、「DXに取り組んでいる」という企業は、従業員1000人超では94.8%を占めているが、100人以下では39.6%にとどまっている。日本全体でDXを推し進めていくため、中堅・中小企業の取り組みは待ったなしの状況だ。

経済産業省は、企業規模や業種を問わずDXの推進体制が整っている事業者を認定する「DX認定制度」に加え、DX に取り組み、成果をあげている日本全国の中堅企業・中小企業などを対象に、モデルケースとなるような優良事例を選定し「DXセレクション」として公表。優れた企業のノウハウなどを地域や業種内に広げていくことを目指している。

「DXセレクション2023グランプリ」に選ばれたフジワラテクノアート(岡山市)は、創業90年の歴史がある。ベテラン社員も多く、もともと社内のITリテラシーは高くなかったという。どのように流れを変えてDXを推進することができたのか、その「転換点」を藤原加奈副社長に聞いた。

紙とエクセルと「あうんの呼吸」からの脱却を目指す

国内外の大手醸造食品メーカーに採用されている回転式自動製麹装置。世界最大級になると直径20メートルにもなる(写真の装置は直径14メートル)

フジワラテクノアートは従業員数149人。しょうゆ、みそ、日本酒、焼酎など醸造食品づくりを最新技術で機械化、自動化してきた。原料処理、麹づくり(製麹)、仕込み、発酵、圧搾といった各工程の機械を製造するほか、プラントの設計・施工も行っている。特に、麹づくりを自動化した回転式自動製麹(ぎく)装置の国内シェアは機械生産能力に換算して80%に達する。

DXの推進によって、生産管理の基幹システム刷新など、3年間で21のシステムやツールを導入し、約120の主要協力会社との取引もオンライン化した。これにより、工数削減、紙の使用量9割削減、棚卸し作業時間を2週間から2時間程度への大幅な短縮、情報セキュリティ強化、ミスの削減などを次々と実現した。効率化で得られた時間と社内のデジタル人材の活用で現在取り組んでいるのが、AIを活用して杜氏の麹づくりの技能伝承をサポートするシステムの開発だ。早ければ2024年にも発表できるという。

藤原加奈副社長は2005年、母の藤原恵子氏が社長を務めるフジワラテクノアートに入社。「高いシェアに満足し、個人の経験や勘に頼ったままでは技術進化を怠ってしまう」と危機感を持ち、自ら中心となって「開発ビジョン2050」を2017年に取りまとめた。ビジョンでは「醸造を原点に、世界で微生物インダストリーを共創する企業」とのキャッチフレーズと、「次世代醸造プラント」など3分野の開発を掲げた。部門横断の4つの委員会を設け、「DX推進委員会」の委員長に自らが就任した。「当時のデジタル化の状況は、まだ紙とエクセルと『あうんの呼吸』が主でした。開発ビジョンを掲げると理想と現実のギャップが見えてきました。このギャップを埋めるためには、様々な工程を効率化して、新たな挑戦や創造的な業務に時間を割けるような体制が必要。DXがなければビジョンは実現できない、と強く感じました」と当時を振り返る。

ベテラン社員へのリスペクトはいつも忘れず

「目的はビジョン達成であり、DXは手段だ」と社員に繰り返し説明した。また、デジタル化とビジョンの浸透を同時並行で行うことを大事にしてきた。「デジタル化だけ進めると、ただ大変なだけで、何のためにやるのかが分からない。ベテラン社員の中にはビジョン自体に反対で新たな挑戦を不安に感じる人もいるため、ビジョンに共感が得られるように工夫した」という。

「ベテラン社員に同じことを何回聞かれても、決して面倒そうな顔をしない。DXに向けて誰一人取り残さない」との意識でDX推進メンバーが進めてくれました、と話す藤原加奈副社長

特に心を砕いたのが、「ベテラン社員へのリスペクト(敬意)を忘れないこと」。「私自身、誤解を与えるような言葉遣いをしていた時期があった。その後、何が心の中で引っかかっているのか、どこに不安を感じているか、という対話を続けた」と振り返る。すると、「こういう言い方はこんな風に感じるんじゃ」と本音を話してくれるようになった。ベテラン社員は、一度理解すると、デジタル化への協力はスムーズになった。「ベテランの『壁』を乗り越えたところが大きな転換点になった」と話す。こうして、若手はデジタル化やシステム作りを担当し、ベテランはどんなナレッジ(知識や経験)を共有すべきかをアドバイスする、といった流れができた。

スキル向上を目指して自発的に資格取得に取り組む社員も増えた。40歳代後半の社員がプログラミング言語Pythonを学んでデータサイエンティストになった例もある。藤原副社長は「デジタル人材がいない、と悩む経営者は多いと聞きますが、社内をよく見渡すといるものです。分析が得意な人、社員に説明するのが上手な人など、意外な人がスキルを持っている。性別や学歴は関係ない」と力説する。

DXの道しるべになったのが、経済産業省がまとめた「中堅・中小企業等向け『デジタルガバナンス・コード』実践の手引き2.0」だ。DX実現に向けたプロセスの解説(下表)や、DX成功に向けた6個のポイントの紹介など、具体的な取り組み方がまとめられている。

(出典:中堅・中小企業等向け「デジタルガバナンス・コード」実践の手引き2.0)

今回、「DXセレクション2023グランプリ」に選ばれたことで、「外部からの評価をいただくことはとても説得力がある。社内でもDX化を遠目に見ていた人たちの態度が変わる瞬間を感じた」という。地域や関連業界から講演などを依頼される機会も増えた。

「ビジョンを掲げることが大切で、そこに経営者の本気度が問われる。DXはビジョン実現のための手段で、社員がDXを自分ごとと捉えてくれることが大事。新しいことをするのは大変だが、それ以上にわくわくすることがある。社員がそれを見つける環境を作るのが経営者の仕事です」と言い切る藤原副社長。トップマネジメントこそ、DX成功への大きな鍵と言えそうだ。

経済産業省では、DXセレクション2024の対象を拡大。これまで地方版IoT推進ラボからの推薦企業のみを選定対象としていたが、全国の中堅・中小企業などへ広く対象を拡大し、さらなる優良企業の選定に向けて2024年1月19日まで応募を受付けている。

DXの一歩は、地域の金融機関などの「伴走支援」の活用も

ただ、デジタル人材を社内で育成・確保したり、DXの専門部署を設けたりすることを、初めからすべてを自前で行うのは、中堅・中小企業にはなかなかハードルが高いだろう。実際、DXに取り組んでいる中堅・中小企業の多くは、地域の金融機関やITコーディネーターなど、外部からの支援を上手に活用することにより、社内で不足しているノウハウやスキルの確保を図っている。経済産業省はこうした「伴走支援」の活用を薦めており、「中堅・中小企業等向け『デジタルガバナンス・コード』実践の手引き2.0」で具体例を紹介している。

例えば、常陽銀行(水戸市)は「コンサルティング営業部」内にある「ITデジタル推進チーム」が地域企業のデジタル化を支援している。日々の営業活動を通じて、企業が単独では解決が困難な課題や悩みを共有。ペーパーレス化やクラウド活用など改善策の提案などで、成果をあげている。

2023年11月、経済産業省は「支援機関を通じた中堅・中小企業等のDX支援の在り方に関する検討会」を立ち上げた。地域で活動する支援機関を念頭に、具体的なDX支援の在り方を議論する。加えて、中堅・中小企業のDX支援の推進が、支援機関を含む地域全体の利益につながるという共通理解の醸成をはかっていく。

藤原加奈(ふじわら・かな)フジワラテクノアート代表取締役副社長
慶應義塾大学経営管理研究科修了MBA取得、2015年3月に取締役副社長就任、2021年9月より現職(代表取締役副社長)。2017年に「開発ビジョン2050」を発表。ビジョン推進のために部門横断の四つの委員会を設け、その一つである「DX推進委員会」委員長に自ら就任。3年間で21システム・ツール導入、デジタル人材の内製化などDXを推進。フジワラテクノアートは日本DX大賞(2022年)、DXセレクショングランプリ(2023年)などを受賞。

【関連情報】
中堅・中小企業等向け「デジタルガバナンス・コード」実践の手引き2.0(METI/経済産業省)
DXセレクション(中堅・中小企業等のDX優良事例選定)(METI/経済産業省)
DXセレクション2024を実施します
支援機関を通じた中堅・中小企業等のDX支援の在り方に関する検討会を立ち上げました(METI/経済産業省)
株式会社フジワラテクノアート