政策特集デザインで織りなす経済と文化 vol.5

日本を新たなデザイン先進国にするには…社会全体の意識を高める「5つの視点」

日本のデザイン政策は1928年、当時の商工省が工芸指導所を仙台市に創設したことから始まった。それから約100年、優れたデザインを評価する「グッドデザイン賞」の創設、人々の意識を盛り上げていくための「デザインイヤー」の実施、企業の「デザイン経営」の推進、行政への「デザイン思考」導入など、多方面で展開されてきた。

近年は少子高齢化や環境問題など、高度で複雑な課題が多くあるゆえに、ステークホルダーが一丸となって解決策を生み出し、新たな価値創造を行う、すなわちデザインの知見を多くの人々が身につけることが期待される。

しかし、社会の人々とデザインとの間にはまだ距離があり、「デザインは車やファッションなど、センスある特別なデザイナーの役割」と思っている人も多い。背景には、人々が意識的にデザインに触れ、デザインの意義を理解する機会が少ないことや、デザインが社会にもたらす貢献度を目に見える形で発信していないことなどが考えられる。

この状況を改善し、国民のデザインへの十分な理解や共通認識をつくり出していくには何が必要なのか。経済産業省デザイン政策室は、2023年1月、有識者会議「これからのデザイン政策を考える研究会」(座長:齋藤精一氏)を設置して、具体的な政策を検討してきた。現在、研究会での議論の結果を報告書にまとめる作業を進めており、今後公表する予定だ。研究会の議論の中身に触れながら、今後、求められるデザイン政策を展望してみよう。

研究会「100年に及ぶ政策展開も、デザインは社会に浸透しきっていない」

研究会は1月から9月まで計4回開催され、過去100年の日本のデザイン政策を検証し、問題点を整理した。参加者の共通認識として明らかになったのは「いまだにデザイン活用に至らない企業・地域・行政が数多く存在しており、デザインが社会に十分浸透していない」ということだった。

「これからのデザイン政策を考える研究会」では、人々のデザインへの理解を深め、デザイン活用を促す取り組みなどが議論された(2023年2月、第2回会議)

情報・教育・活用・人材の不足。可視化されない投資効果

さらに、研究会は、今後のデザイン政策を立案するにあたり考慮すべき現状と課題を以下の5つの項目に整理した。

①様々なデザインがあふれ、デザインの定義が人により異なる
「デザイン」という言葉が、広告、パッケージ、家具といった「もの」だけでなく、インテリア、照明、音響、都市など「空間・環境・コミュニティ」などにも使われている。ベテラン世代のデザイナーは目に見えるデザインを重視しているが、近年は「デザインは見た目のことではない」と表現されることも多く、業界でも十分な情報共有や連携が取れていない。

②デザイン投資を促す情報が不足している
日本では、デザインに投資、活用した効果が十分に可視化されていない。また、「デザインカウンシル」や「デザインセンター」と呼ばれる組織や機能が不足していて、デザインの動向や投資効果に関する調査研究が行われていない。お手本となるのが、英国デザインカウンシル。2021年、気候変動に特化したプログラム「Design for Planet」を発表し、デザイン業界全体で議論に参画することを表明した。さらに、デザイン産業全体のGDPへの貢献度を金額で公表するなど、デザインへの投資効果の可視化を進めている。

③デザイン資源を十分に活用できていない
英国の「ビクトリア&アルバート博物館」やドイツの「ヴィトラ・デザインミュージアム」など、デザイン先進国には工業製品やポスターなどデザインに関するものを専門に所蔵・展示するデザインミュージアムがある。日本には国立工芸館(金沢市)や大阪中之島美術館のほか、各地に企業ミュージアムがあるが、海外と同程度のものは存在せず、デザインの専門人材も不足している。

④教養としてのデザイン教育が不足している
日本は、専門の教育機関でデザインを専攻するなど以外に、デザインへの理解を深める機会が少ない。一方、例えば、デンマークでは義務教育課程に「手工とデザイン」という必修科目があり、手工品をデザイン、製作することによって創造性や決断力、判断力を育成することが目的とされている。

2023年経済産業省子どもデーでは、⼩学⽣を対象としたデザイン発想ワークショップが開かれ、ソニーデザインコンサルティングのデザイナーが指導し、子どもたちはオリジナルの「標識」づくりに挑戦した

⑤デザイン人材が都市部に偏在し、地域のデザイン活用環境が整っていない
日本のデザイン人材の多くは都市部の企業に勤めている。デザイン人材の約6割が東京と大阪に集中しており、地域のデザイン人材は不足している。ただ地域にはデザイン人材の雇用の受け皿が少なく、デザインやデザイナーの役割も十分に理解されていない。

具体的なアクションプランで、デザイン業界全体に提言へ

研究会で整理された5つの課題の解決を目指し、デザインをさらに活用して投資を促すために、どのような取り組みが必要になるのか。経済産業省デザイン政策室では、報告書に具体的なアクションプランを盛り込み、デザイン業界全体への提言とする予定だ。

主なものとしては「デザインへの投資効果の可視化」「地域でのデザイン人材活用」「デザインミュージアムの本格的な検討」などを想定している。

「デザインへの投資効果の可視化」は、これまで、「人の感性や五感に訴える」というデザインの特性から、定量的な評価は難しいとされてきた。しかし、英国などデザイン先進国では実施例もあることから、企業などで、デザイン導入の前後で変化した事象を多面的に調査研究し、定量化を試みる。デザイン白書のようなレポートを作成し、社会全体に対してデザイン動向を発信する。「地域でのデザイン人材活用」は、地域での活動に関心がある都市部の企業デザイナーを対象に、デザインを行政に取り入れようとする自治体とのマッチングや、地域でのデザイン活動などを試行することが見込まれる。「デザインミュージアムの本格的な検討」は、まずは、各地のミュージアムに点在するデザイン資源を把握し、活用を促すためのネットワークの創出などに取り組むことが考えられる。

デザイン政策室は「デザインは経済と文化の双方の発展に寄与し、社会の成長や発展に寄与できる極めて重要なものである。人々がデザインを身近に感じる機会を増やし、各方面でデザインの活用が進んでいくために、デザイン業界が一丸となって取り組める提言としたい」と意気込んでいる。

「デザインが社会全体に浸透し、すべての人々の身近な存在になるまで」、デザイン政策室は様々なデザイン領域や地域、世代からなるデザイン業界関係者と連携し、これまでの約100年のデザイン政策のバトンを次代につなげていく。

「これからのデザイン政策を考える研究会」報告書のとりまとめに向けて議論を重ねる経済産業省デザイン政策室のメンバー

【関連情報】
これからのデザイン政策を考える研究会(経済産業省サイト内)

※本特集はこれで終わりです。次回は「福島から」を特集します。