政策特集「デジタルファースト」で社会が変わる vol.3

簡素な手続きで中小企業に寄り添う

補助金申請手続きのデジタル化へ向けて中小企業経営者と意見交換する世耕弘成大臣(2018年7月)

立ちはだかる手続きのハードル

 大阪商工会議所が今春、会員の中小企業を対象に実施したアンケート調査。現在の補助金や助成金の活用状況についてたずねたところ、53%の企業が「活用したことがない」と回答した。活用するうえでの障害については、「手続き・申請書が煩雑で、自社で対応できない」(37%)と最も多く、「そもそも時間がない」(32%)がこれに続き、いずれも「受給要件が厳しい」(28%)を上回った。こうした調査から浮かび上がるのは、潜在的な施策の利用者がありながらも、プロセスがこれを阻んでいる実情である。
 経営者が一人何役も兼ねることが少なくない中小企業。利便性の高い行政サービスを実現する上で、日本の企業数の9割を占める中小企業の目線は極めて重要になる。
 中小企業庁に設置されたデジタル・トランスフォーメーション室(中企庁DX室)が中心となって、現在推進するのは簡素な行政手続きの実現だ。中小企業が関わる施策は、補助金や助成制度以外にも経営力向上計画の認定など多岐にわたる。一つのサイトに行けば行政手続きが完結する「ワンストップ」や、異なる手続きによって、何度も同じ情報を入力させるのではなく、一度の入力で済むようにする「ワンスオンリー」の実現を目指している。
 通常の補助金は、事業者が書類を郵送した後、事務局が内容を手動で入力。書類に不備があれば再提出を依頼しなければならず、採択までの時間が伸び、担当者、事業者の双方にとって大きな負担となっていた。手続きの簡略化やデジタル化によって手続きの効率化が期待される。
 加えて事業者の申請情報には多くのデータが含まれている。中小企業支援に携わる関係機関などともデータを連携できれば、施策が事業者に与える効果をより精緻に評価できるようになり、分析に基づいて施策をより効果的なものに改善することができる。またそれぞれの企業のニーズに合わせたきめ細かい支援情報の提供や施策のリコメンド(推奨)も可能になり、対象者により「届く」施策の実現が可能になると考えられる。

設問は最小限、記入漏れもお知らせ

 すでに一部制度で、こうした取り組みが始まっている。例えば中小企業の生産性向上を後押しする「IT導入補助金」。専用のサイト上で事業者がアカウントを発行し、「マイページ」から申請できるようにした。この結果、書類の郵送は不要になった。
 申請のプロセスにとどまらず、設問の数は最低限に絞り、基本的には選択式にするなど入力内容も簡略化。申請の負担を削減した。申請時の記入漏れや記入ミスはシステムで自動検知することで、窓口での面倒なやり取りを少なくすることができる。申請内容の入力段階で不備があればアラートが表示されることで、これまで3割程度だった申請内容の不備率は1割程度まで削減。その分、公募締め切りから交付決定までの期間が短縮され、通常よりも短い期間で採択につなげられるといった効果が上がっている。
 さらに中小企業庁では、ユーザーが必要な支援情報を必要な時に入手できるアプリケーションの開発や中小企業支援に携わる関係機関とのデータ連携も検討中だ。これらを一体的に統合し、中小企業をサポートするプラットフォームの構築を目指している。

インクルーシブなデジタル社会を

 高齢化や人手不足といった日本が直面する社会課題を解決する上で、先端技術の活用やデジタル化は不可欠だ。他方、急速な変化を前に、インターネットやデジタル機器になじみの薄い年齢の高い層が、デジタル化の流れに取り残されてしまうことを危惧する声もある。
 ニッセイ基礎研究所の中村洋介主任研究員は、「インターネット申請を実施していない行政手続きや紙の添付書類を求める手続きを見直すことは、利便性向上はもちろん、行政側の働き方改革、人手不足解消や業務効率化などによる行政コスト削減につながる施策」とした上で、「デジタルデバイト(インターネットなどの情報通信技術を利用できる人と利用できない人との間に生じる格差)をボトルネックにしない、インクルーシブ(包摂的)なデジタル社会を実現する視点」の重要性を指摘する。
 全国の社長の平均年齢は61.45歳(2017年、帝国データバンク調べ)。デジタルを前提とした行政サービスの実現において、中小企業目線は一層重要になる。対象とするユーザー像を描き、そのユーザーに「届く」サービスのデザインを行うことで、本当の意味での行政「サービス」を実現することが求めらている。

※次回は経産省の改革を担うDX室のメンバーによる座談会を紹介します。