いつもと変わらないショッピングのために変わること
~流通・物流の危機を乗り越える
【消費・流通政策課】
相原 翔(右):商務・サービスグループ消費・流通政策課 課長補佐 検討会、フィジカルインターネット(※)などを担当。
金 正和(左):同課 課長補佐 IoT活用やスーパーマーケットなどの業界を担当。
竹光 翔吾(中央):同課 課長補佐 百貨店業界を担当。
※フィジカルインターネットとは、インターネット通信の考え方をフィジカル(物流)にも適用しようという考え方。詳細は後述
経済産業省という複雑な組織を「解体」して、個々の部署が実施している具体的な政策について、現場の中堅・若手職員が分かりやすく説明する「METI解体新書」。
今回は、商務・サービスグループ 消費・流通政策課の相原 翔さん、金 正和さん、竹光 翔吾さんに話を聞きました。
高品質なサービスの裏側で
――― みなさんが所属する部署ではどんな政策を行っていますか?
相原:消費・流通政策課は卸売業と小売業を所管しています。これら流通業と物流は密接に関わっているため、流通・物流双方の観点から政策を進めています。その中でも私は、流通業の目指すべき方向性を示したビジョンの策定やフィジカルインターネット実現に向けた施策を担当しています。
金:私は、特にスーパーマーケット、ドラッグストアやコンビニ業界を担当しています。IoT技術を活用した効率化に関する実証実験の企画運営や、共同配送実現に向けた各種標準化を推進すべく、ワーキンググループを立ち上げて議論を進めています。
竹光:私は百貨店業界を担当しています。百貨店は歴史が古く、業界特有の課題もありますが、それらの問題を構造的に把握し、課題解決のための方向性を検討するためにワーキンググループを立ち上げ、実証実験を進めています。
――― 国内流通業の現状や課題を教えてください。
相原:普段、私たちはスーパーマーケットなどでいつでも欲しい物が手に入りますし、世の中にはたくさんの物が問題なく巡っていると思いますよね。最近、国内外のスーパーを観光地として覗くという声もありますが、確かに品揃えを見ればその土地の食生活や食文化が分かって面白い。その点、日本の消費者が接している商品の種類の数は世界的に見ても非常に多く、地域や季節ごとの違いもあり、質の高い流通が実現していると言えます。コロナ禍でも流通が途絶え大きな混乱が生じることはなかった。現場の方々の大変な努力があったと思います。
でも、それを支える裏側は実は複雑な構造で、多くの課題が絡み合っています。流通業の流れは、「商流」と「物流」に分けられ、「商流」は、諸外国のようにメーカーと小売という2層構造と異なり、間に卸が入った3層構造からなり、取引パターンも様々です。さらに、「物流」は商流と切り離され、その多くが未だに山のような紙伝票でやりとりされており、下請け構造もあります。各現場での業務は効率化が進んでいるけれども、情報が孤島のように分断されているため、お互いの結節点を中心に多くのムリ・ムダ・ムラが発生し、全体としてみると生産性を押し下げてしまっているのです。その負荷をカバーし今まで問題なく回ってきたのは潤沢な労働力があったからこそであり、商流でも物流でも、安価な現場の対応力にどうしても依存してしまう傾向がありました。現在は、どの業界も人手不足が課題となっている上、物流の2024年問題もあり、このままでは全国各地の物流機能の維持が困難になるだけでなく、企業や経済全体の成長制約となるおそれがあります。
金:日本は他国と比べ、卸売業の存在感が大きいという特長があります。卸売業が商品を大量購入することで小売側へ分配でき、それによって地域間での価格差も小さく、商品の種類を豊富に揃えることができています。ただ、それが商流の3層構造それぞれで、取引ごとに異なるシステムが拡大し、複雑性を生むことになりました。全ての情報を繋げるために標準化しましょうと言っても、今すぐできる話ではなく、物流効率化のためには商品情報や物流資材などの基本となる情報の標準化や、この複雑性を前提とした商慣習の是正などが重要です。
――― 百貨店業界はどのよう状況ですか?
竹光:根底にある課題は百貨店業界も同様です。特に百貨店は歴史が古く、それぞれがシステム投資をして自社の最適化を進めてきた結果、サプライチェーン全体で見たときに、非効率になってしまっている部分が多くあります。例えば、同じ会社であっても店舗ごとフロアごとに、伝票のフォーマットや電子化の推進度合いが異なることもあります。また、百貨店はスーパーマーケットよりも扱う商品の種類が多く、取引パターンやそのツールも統一されていないなど、効率化を進める上での課題が山積しています。物流危機をきっかけに商慣習の見直しや標準化に向けて議論を進めているものの、基幹システムの改修が難しいといったこともあり、なかなか一足飛びにとはいかない状況です。取り組むべき課題は多いですが、百貨店業界が持続可能な発展を遂げていくためにも、これまで着手されてこなかった様々な改革を進めるチャンスと捉え、課題解決に向けて業界全体で取り組んでいます。
事業者専用のネットワークを、分野を超えたネットワークへ
――― 各業界様々な問題が絡み合っているようですが、どのように解決しようとしているのでしょうか?
金:今年3月に国土交通省と連携してフィジカルインターネット・ロードマップを策定しました。フィジカルインターネットとは、インターネット通信の考え方をフィジカル(物流)にも適用しようという考え方です。デジタル技術によって物資や倉庫、車両の空き情報を可視化し、規格化された容器に詰められた貨物を、複数企業の倉庫やトラックなどをシェアしたネットワークで輸送するという、共同輸配送システムを指します。多品種・小ロット輸送が増えたため、トラックの積載率は現状4割程度しかありませんが、フィジカルインターネットにより、リソースを最大限活用できる物流の効率化を目指していきます。3層構造から成り立つ荷主側から変えていく必要があるという認識の元、その実現に向けた業界ごとの具体的なアクションプランを策定しました。
相原:今般、業界の方々と共に検討会で示した15年ぶりの流通業のビジョンでは、今のモノ不足や供給の混乱から起きている物価高と、人手不足の問題、いずれもビジネスを営む上で当たり前にあった資源・資本(リソース)に対する制約が厳しくなっているという話だからこそ、リソースに着目しています。鍵になる経営指標として、ROIC(投下資本利益率)を打ち出した上で、DXやスタートアップとの積極的な連携により流通業の持つリソースを刷新することや、特に物流面でリソースをシェアし協調していくといった方向性が示されました。究極的なフィジカルインターネットの実現については、課題の大きな地域こそ、逆にリーディングモデルを生み出せる可能性があるとの考えから、今年度、北海道に焦点を当てて、まずは地域レベルでの、事業者間の連携や新しい技術の実装を後押ししていく予定です。
――― 流通・物流の効率化は様々な課題解決にも繋がりそうですね。
金:サプライチェーン全体の効率化は食品ロス削減や災害時の共同配送などにも有効と考えます。例えば、RFID(電子タグ)などのIoT技術を活用することによるメーカー・卸・小売間のサプライチェーンにおける在庫・輸送情報のリアルタイム共有や、賞味期限情報などのデジタル管理による店舗の省人化、条件に応じて価格を変動させるダイナミックプライシングによる売り切りなどの実証実験も進めています。このようなIoT技術やデータの活用は生産性の向上はもちろんのこと、新たな付加価値創出にも繋がっていきます。
物流危機を乗り越え、持続可能な成長へ
――― 物流危機を乗り越えるためには、流通業の生産性向上が不可欠ですね。
相原:ムリ・ムダ・ムラの一例として、例えば、届いた荷物の紙伝票とパソコンの画面を見比べながら一つ一つチェックするという作業を、一日に数百件以上も行っていると聞き驚きました。それを電子化しましょう、アクションプランを実行しましょうと言うのは簡単ですが、現実は利害関係者同士で進めなくてはならない話です。特に規制もなく成熟した業界で、国が何をすべきかは常に悩みどころですが、課題意識をもって動き出している企業を応援するためにも、業界任せにせず国も一歩前に出て業界の方々の間に入らせていただき、アクションプランの策定・実行、より大きな協調メリットを可能とするための標準化・環境整備を進める必要があると感じています。物流や物価高の危機をきっかけに、流通に従事する人々がより働き甲斐を感じ賃上げもできるよう、生活に不可欠な流通の持続可能な成長へと繋げていくことが重要だと思っています。
【関連情報】
物価高における流通業のあり方検討会