政策特集日本をスタートアップ大国へ vol.2

オイルマネーをつかめ!日本のスタートアップとUAEを結ぶ「JU-CAT」の潜在力

日本のスタートアップが今後、世界に飛躍していく際に味方につけておきたい存在がある。中東のオイルマネーである。

米金融サービス会社「グローバルSWF」によると、世界の政府系ファンド(公的年金を含む)の運用額では、中東は5.0兆ドル(約690兆円)に上る。北米(12.6兆ドル)、アジア(9.1兆ドル)に次ぎ、欧州(4.5兆ドル)を上回る規模がある[i]

国家収入を石油資源に依存してきた中東の産油国は、世界中で脱炭素に向けた機運が高まっていることへの危機感を抱く。その分、次世代の経済を支える柱となる新技術への関心は強く、豊富な資金力を背景に、積極的な投資をしている。

この流れを日本のスタートアップに引き寄せる動きが始まった。2023年1月に日本とUAEの政府間で設立された「日UAE先端技術調整スキーム」(JU-CAT)は、有望な技術をもつ日本のスタートアップとUAEの投資家とを結びつけようとする試みである。

※JU-CAT(ジューキャット)…Japan UAE Coordination scheme for Advanced Technology

きっかけは経産省若手チーム。脱炭素に進むUAEに着目

UAEは、中東での国際的なビジネスの活動の要所として急速に発達している。世界各地を結ぶエミレーツ航空が拠点を構え、英語が通じやすく、サウジアラビアと比べると宗教的に寛容であることなどが背景にある。主要都市・ドバイは人口の約9割が外国人を占めている。

日本の自主開発油田が最も多く(約4割)存在するなど、日本と歴史的に関係が深い。今年11月のCOP28では議長国であり、エネルギー・気候変動分野での日本にとって非常に重要なパートナーである。

2021年春、経済産業省内の政策コンテストに、日本とUAEの新たな関係を切り開くアイデアが持ち込まれた。オイルマネーを糧にして日本のスタートアップを成長させるとともに、UAEの産業発展につなげることはできないか。後に、「JU-CAT」として結実する構想をまとめたのは、経済産業省産業創造課の上田悠紀子課長補佐ら若手有志チームだった。

上田氏は中東政策に関与した経験をもち、産油国が脱炭素の方向に政策の舵を切ったことを体感していた。UAEは2021年に公表した戦略イニシアティブで、2050年までのカーボン・ニュートラルの達成を目指し、再生可能エネルギー関連事業に6000億ディルハム(約22兆円)以上を投資する方針を示している。

上田悠紀子氏 JU-CAT 経済産業省 通商政策局 中東アフリカ課 産業創造課

JU-CATのもとになる提案をした経済産業省若手有志チームの上田悠紀子氏

従来の日本・UAE間の経済交流は、日本側のプレイヤーはエネルギーや商社などの大企業が中心になっている。ここに、スタートアップが単独でUAE側と関係を築くのは難しい。一方、政府が関与していることを示すことは、UAEでは重く受け止められる。そこで、政府間による枠組みを設け、日本のスタートアップにも入り口を開かすことに思い至った。

アンモニア技術で注目のスタートアップ「つばめBHB」がUAE国営会社と共同調査

2022年の年の瀬。ベンチャーキャピタル(VC)のユニバーサル・マテリアルズ・インキュベーター(UMI、東京)の木場祥介代表は、日本、UAEの両国政府関係者らとの調整に追われていた。経産省から相談を受け、JU-CATでのモデルケースとなる案件の交渉が大詰めを迎えていた。

UAE側とのやりとりは一筋縄ではいかない。まずは対面で信頼関係を築かないことにはどうにも始まらない。食事に誘われて初めて一人前となる。こちら側の主張が否定されないので、聞き入れられたと安心していたら、体の良い謝絶であったことが後から分かることもしばしば。日常的な連絡は、もっぱら対話アプリ「ワッツアップ」経由だが、重要な内容がいきなりボイスメッセージで送られてきたりもする。

なかなか進まなかった交渉だったが、開始から1年をすぎたころから、急展開していた。

UMI 木場祥介代表 つばめBHBの渡邊昌宏CEO UAE JU-CAT

UAEの関係者と話し合うUMIの木場祥介代表(中央奥)とつばめBHBの渡邊昌宏CEO(右)

関係者が奔走した結果、東京工業大学発のスタートアップである「つばめBHB」(東京)とアブダビ国営石油会社(ADNOC)が、グリーンアンモニアの製造に関して共同事業調査を実施することで合意した。グリーンアンモニアとは、再生可能エネルギーを用い、CO2を排出することなく製造した水素を原料にしたアンモニアで、化石燃料に代わる燃料になるとして期待されている。UMIの出資先でもあるつばめBHBは、アンモニアを高効率で生産する触媒技術を保有している。

2023年1月にUAEで開かれた両社の契約締結の署名式には、日本の西村康稔経済産業大臣とADNOCのCEOを兼務するUAEのジャーベル産業・先端技術大臣が立ち会った。両氏は同時に、日本のスタートアップをUAEの投資家につなぐ枠組みとして「JU-CAT」の設立を発表した。日本側のコーディネーターにUMIが就き、つばめBHBとADNOCの協業はその1号案件と位置づけられた。

JU-CAT スタートアップ UMI 役割 UAE 産業・先端技術省 ジャーベル 経済産業省

 

つばめBHB ADNOC アブダビ石油公社 UAE 契約締結 JAS 日本 西村康稔経済大臣 ジャーベル産業・先端技術相

UAEで開かれたつばめBHBとADNOCの契約締結の署名式。奥に日本の西村康稔経済産業大臣(左)とUAEのジャーベル産業・先端技術大臣

ADNOCは中東でも屈指の石油会社。その動向は、中東に限らず、企業や投資家にとって広く注目の的になっている。日本のスタートアップであるつばめBHB、そしてJU-CATへの興味を広く呼び起こすことにつながった。

「交渉で“ねじ込む”」。ベンチャーキャピタルUMIの真骨頂

UMIが考えるコーディネーターの役割は、M&Aの世界でよく聞かれる「マッチング」という言葉のイメージよりはるかに踏み込んだものとなる。

海外の投資案件では特に、日本国内と比べると契約をがっちり固める傾向が強い。いったん不利な契約を結ぶと、挽回するのは難しい。経験や人材、あるいは資金が乏しいスタートアップでは、交渉で強い態度をとりにくい。UMIにとっては、スタートアップを投資家に引き合わせるマッチングをした後がまさに本番で、UMI自身が前面に立って、契約内容を巡ってギリギリの話し合いに臨む。

木場氏は「UMIの役目は、マッチングというより“ねじ込む”ことにあるのです。そのために必要なのは、こちらが安売りすることではなく、相手のニーズを理解し、相手が喜ぶ提案をすること。これはスタートアップでは難しいです」と強調する。

UMI 木場祥介代表 JU-CAT スタートアップ ユニバーサル マテリアルズ インキュベーター

「スタートアップに任せると交渉に負けてしまう。だから私たちが代わりに出て行く」と語るUMIの木場祥介代表

近年は海外でも日本の政府機関が、現地の政府や企業に日本企業の売り込みに力を入れている。だが、UMIほど深く関与することはできない。UMIがコーディネーターになるJU-CATは、これまでにない成果が出る可能性を秘める。

中長期的なビジネスに深い理解。UAEからグローバル市場を狙う

 官民ファンド「産業革新機構」から分離・独立して発足したUMIは、世界的にも珍しい素材・化学産業に特化したVCである。これまでUAEに縁はなかったが、UAEでの事業展開に大きなポテンシャルを感じているという。

素材・化学産業はほとんどの場合、原料として石油資源を使うため、そもそも親和性が高い。また、製造工程で大量の電気を使用するが、現地では電気料金が極めて安い。実際、つばめBHBは将来的にグリーンアンモニアの生産拠点をUAEに構えることを視野に入れている。

UMIの木場氏は「目の前の話というと2030年、その次というと2040~2050年くらいをイメージするほど、国民が若いこともあり、中長期に考える傾向にある。新技術の実用化までに時間がかかる素材・化学産業を理解してもらいやすい」とも話す。

JU-CATでは、素材・化学に限らず、脱炭素、バイオテクノロジー、ヘルスケア、食品、宇宙開発などの幅広い領域で、日本のスタートアップとUAEの投資家が連携するようになることを狙う。共同開発や共同研究から踏み込み、合弁会社を設立するなどして、UAEから事業をグローバル展開するのが理想像である。

資金量の乏しさを課題に指摘されてきた日本のスタートアップのエコシステムにとって、JU-CATの発足は大きな起爆剤になり得る。そのためには、早期に成功例を出すとともに、コーディネーターを増強するなど、JU-CATの機能強化が求められそうだ。

[i] https://globalswf.com/

【関連情報】

JU-CAT公式サイト

西村経済産業大臣のアラブ首長国連邦への出張(2023年1月16日、経済産業省ニュースリリース)