政策特集日本をスタートアップ大国へ vol.1

起業するのが当たり前に。DeNA南場智子会長のスタートアップ論

求むニューヒーロー! 日本経済が長期停滞から抜け出すために、絶対的に必要と考えられているのが、力強いスタートアップ企業の出現である。

世界の株式時価総額のランキング上位を見ると、1970年代に創業したアップルやマイクロソフトは完全に老舗の部類に入る。アマゾンや、アルファベットの子会社であるグーグルは1990年代に誕生し、メタ(旧フェイスブック)やテスラは2000年代に登場するなど、この20~30年間で一気に発展した企業がひしめいている。一方、かつて上位を席巻した日本企業の名は、残念ながら見当たらない。

日本でも多彩なスタートアップがまばゆい光を放った時期はあった。第2次大戦後の経済成長をリードした企業の一角には、ソニーやホンダといった当時のスタートアップがいた。

政府はこの現状を巻き返そうと、2022年をスタートアップ創出元年と位置付け、スタートアップ育成5か年計画を策定。2022年度第2次補正予算ではスタートアップ支援の関連経費として過去最高規模の約1兆円を計上した。

日本が今からスタートアップ大国を目指すことはそもそも可能なのか。それには、どうすべきかを考える今回の連載。その手がかりを求めて、ディー・エヌ・エー(DeNA)の南場智子会長に話を伺った。

南場氏はコンサルティング会社勤務などを経て、1999年にDeNAを設立し、日本を代表するIT企業へと導いた。2021年には経団連の副会長に就任し、「スタートアップ躍進ビジョン」という政策提言をまとめるなど、活発な発信を続けている。

聞き手は、経済産業省でスタートアップ政策のとりまとめ役を担うスタートアップ創出推進室の南知果・総括企画調整官。南氏は弁護士としてスタートアップ企業の法務などを手掛けてきたが、2022年11月に入省した。

スタートアップに熱い思いを抱く2人のトークはヒートアップ。南場氏の口からは、率直な発言がぽんぽんと飛び出した。

南場智子(DeNA会長)
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南知果(経済産業省スタートアップ創出推進室総括企画調整官)

南場智子 インタビュー 南知果 ディー・エヌ・エー DeNA 会長 経済産業省 スタートアップ  スタートアップ創出推進室 総括企画調整官 弁護士

取材はオンラインで実施

スタートアップの数をまず増やす。サポート体制はグローバルに

 政府は2022年をスタートアップ創出元年として、その2年目に入りましたが、変化や手応えはありますか。

南場 具体的な施策はこれからの面があるけれども、雰囲気は変わってきているよね。特に、東京の風景はすでにだいぶ変わっている。起業してそれを楽しんでいる人が身近にいるのは、本当にいいと思います。

日本が政府も含め、スタートアップに本気であることは、国内外に伝わっていて、世界の機関投資家の皆さんも気づいている。だから、これから本格的にお金が動き始めるんじゃないかと期待しています。

ただ、政府がスタートアップ育成5か年計画をまとめたといっても、それだけで世界で大勝ちするスタートアップが生まれるわけではない。人が急にグローバルになれるわけないし、教育がすぐ変わるわけでもない。まずできることは、スタートアップの数を増やすことだと思っています。

そうすれば、中から、何%かは有望な企業が出てくる。そのときに、純ドメではなく、世界のベンチャーキャピタル(VC)につなぐなどして、早めにグローバルな応援団をつくることをやっていかないといけない。グローバルでの成功を目指すスタートアップは、ビジネスモデルからお金の質、ガバナンスの体制など、グローバルスタンダードに向けて準備していくことが重要だからです。

※純ドメ・・・純ドメスティックの略。ドメスティックは国産・国内の意

 海外からの資金を得るための呼び水とするため、中小企業基盤整備機構が海外VCに出資できる仕組みもつくりました。

南場 お金がグローバルになるというのは、すごく大事なことで、ぜひやってほしい。日本人だけがエキサイトしているエコシステムからは、グローバルリーダーは絶対に生まれません。日本のスタートアップのエコシステムも、世界のエコシステムに組み込まれていかなきゃいけないです。

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南場智子氏「スタートアップが生まれ、育つエコシステムをつくることこそが、政府のやるべきことであると、強く思っています」

エコシステムも国際競争。全てを一斉に変えることが必要

南 私は昨年まで米国に留学していて、留学中に経団連の「スタートアップ躍進ビジョン」を見て、大量の項目があってびっくりするのと、「本気なんだ」と感じました。しかし、民間でスタートアップを頑張りたい人はいても、官の人材が足りていないのではないか。それだったら自分がやるべきだと思って、経産省に入りました。「スタートアップ躍進ビジョン」ができた経緯は、どのようなものだったのでしょうか。

南場 経営者に女性が少ないこともあり、ありがたいことに、以前から経団連の副会長になるようにお声がけいただいていました。でも、エスタブになったら終わりだし、ずっとお断りしていたのです。そうなんですけど、当時会長だった中西さん(中西宏明氏)のことは尊敬していたし、いろいろとよくしていただいていました。病床の中西さんから頼まれて、「イエス」か「はい」しかない状況になり、お引き受けしました。

※エスタブ・・・エスタブリッシュメントの略

どうせ受けるからには、スタートアップに関わりたいなと。経団連の事務局から他の委員会の委員長になるように依頼されたときに、こちらから「スタートアップ委員長やらせてください」とお願いして、加えてもらったんです。

それまでも官邸の会議などに参加したことがあり、スタートアップについては私もキャーキャー言ってきましたが、十分とは思えませんでした。

 そのとき問題になっていることを取り上げるような感じでしたよね。

南場 そうそう。でもね、スタートアップはエコシステムの問題で、普通は30年とか40年の時間がかかってつくられるわけです。それを5年や10年でつくるには、起業家の量と質、お金の量と質、それに規制、起業家をサポートする環境などなど全てを一斉に変えなきゃできない。だったら、今度は経団連というビークルを使ってみようという意図があったのです。

※ビークル・・・本来は乗り物のこと。広く輸送手段の意味で用いられる

なんで無理して5年かというと、スタートアップ政策はアメリカもヨーロッパも中国も韓国もインドも、日本の先を進んでいるからです。エコシステムも国際競争なんですよ。

私は国が「この領域だ」と決めて、兆円単位のお金をどかんと突っ込むという産業政策で成功するのは、難しいと考えています。それはもう昭和のモデルだよね。世界は、政府の意思決定のスピード感より先に行っている。それに、事業をやったことがない人が、勝てそうな領域とか正しく定められるだろうか。

そういうことより、スタートアップが生まれ、育つエコシステムをつくることこそが、政府のやるべきことであると、これは強く思っています。世界を見ると、新しい会社がどんどん大企業を越えていっている。日本はそういうダイナミズムがないのが最大の問題です。今の経団連企業を追いかけ、追い越して、世界で堂々と試合をする若い企業が生まれないといけない。スタートアップ躍進ビジョンには、そのために大事なことはできるだけ入れました。

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南知果氏「スタートアップや民間の方々からすると、国の動きが遅く見えることはあると思いますが、大事な目標に向かって一緒に頑張っている途中にいることを共有していきたい」

人材の流動化は急務。スタートアップへの寄り道は大歓迎すべき

 法律や制度を変えるというのは、国にしかできない環境整備です。今回、エンジェル税制やオープンイノベーション促進税制などを改正しましたが、税制は長い年月をかけて全体で公平になるように組み立てられていて、スタートアップを優遇することは大変だと実感しました。

スタートアップや民間の方々からすると、国の動きがすごく遅く見えることはあると思います。でもそこは、お互いが大事な目標に向かって一緒に頑張っている途中にいるんだということを共有していきたいです。

南場 スタートアップをやっている本人たちからすると、余計な規制だけは取っ払ってくれということですよね。同時に思うのが、例えば事業を始めようとして、弁護士事務所に法的に問題がないかを確認したら、「黒ではなくてもグレーです」と言われて、引っ込んじゃうケースがすごく多いんです。それに対応するために国には特区制度や規制のサンドボックス制度、あるいはグレーゾーン解消制度などがあるのに、スタートアップに知られていないことがあります。

 それは課題ですね。制度のPRは私がやらなければいけないことだと思うので、ぜひ頑張りたいです。

国は国で法制度の見直し、環境整備をもちろん進めていくのですが、それ以上に、起業家はカッコいい職業と思われるとか、もっとどんどん起業すればいいじゃんというカルチャーに向けて、ムーブメントを民間と一緒になって起こしていきたいです。

南場 経団連でも取り組むつもりなんだけど、教育現場で起業家の人と接する機会をつくることとかね。

 高校生たちに、年齢が近い人が起業について楽しそうに話してくれたらすてきです。

南場 その点では、5か年計画にはあまり入らなくて残念だったけど、留学がすごく大事だよね。インバウンドもアウトバウンドも両方。世界中の起業家を日本に呼び込むといっても、いきなりポテンシャルの高い人材が日本に事業をしにやって来るというのは考えにくくて、日本に留学していた人が、そこで起業するとかでしょう。

また、留学で外に出てから、起業すれば、世界市場を最初から頭に入れることにそれほどハードルがないはず。グローバルな事業家になるマインドセットが自然とできるでしょう。

 日本に戻ってこなかったりして…。

南場 帰って来なくたって全然構わないですよ。世界で通用しない人間が日本を救うことはできないから。それに、最初は帰ってこなくても、将来帰ってくるかもしれない。その分は、海外から優秀な人間をいっぱい受け入れればいいんです。

優秀な人材を失うことを心配するより、グローバルに成功することを歓迎するようなおおらかな気持ちがないと、駄目だと思うね。

とにかく、全体的に人材の流動性を高めないといけない。大企業は新卒一括一辺倒の採用をやめて、中途採用の人から幹部をたくさん出せば、途中からもメインストリームに入れるというメッセージになる。卒業後にスタートアップをやってみたとか、スタートアップをやっている先輩を手伝ってみるとかして寄り道した人を大歓迎するふうになってほしいです。

霞ヶ関に最初にそういうのをやってもらいたいと思っているので、南さんみたいな方が、経産省に入るというのも大事です。

 私は役所に入って、スタートアップのために国は色んなことを本気でやろうとしていると感じる一方、情報の伝わり方に隔たりがあるとも感じました。政策を考え、現場で一生懸命やっている人たちのところに正しい情報が伝わってないと感じることがあるので、そこは変えていきたいです。

南場 DeNAのようなメガベンチャーとスタートアップとの間では、人の流動性が高いのだけれども、伝統的な経団連企業との間には川が流れている。これは、橋を架けるとか生ぬるいことじゃなくて、もう地続きにして、人が行ったり来たりするというのを本当に実現したらいい。これは賃上げにも絶対つながりますよ。

南場智子 インタビュー ディー・エヌ・エー DeNA 会長 経済産業省 スタートアップ  

南場智子氏「海外に出た人が帰ってこなくてもいい。その分は、優秀な人間をいっぱい受け入れればいいんです」

大企業がスタートアップを育てるという考えは間違い。M&Aの積極活用を

南  スタートアップのエコシステムづくりに向け、やっていきたいということはなんですか。

南場 可能性の高いスタートアップにグローバルな目線を持つことを働きかけたり、さっきも言ったけど、世界一流のベンチャーキャピタルに有望なスタートアップをつないだりすること。それと、大企業は大企業で、必死になって世界で勝とうと頑張ればよいのであって、スタートアップに優しくするとか、慈しみ、育むという考え方は間違っていると思っています。それより目を皿にして有望なスタートアップを探し、買収すべきだね。

 DeNAはスタートアップに対するM&Aの実績が豊富です。

南場 DeNAでは、買収したスタートアップを事業の大事な柱に組み込んでいます。一方で、自分たちのコアじゃなくなれば、良い事業であっても外に出しています。将来は起業したいと思っている人がDeNAに入って来ると、入社して何年か経ってから、「そろそろどう?」と私から声をかけることもあります。

 やめろと言われるみたいで、びっくりされませんか?

南場 そういうことやっている会社は他にはないでしょうね。でも、起業したい人はいずれ起業するので、そうであるならば、いいタイミングでサポートしてあげるべきでしょ? DeNAにはVCもあるので出資できるし、成功まで協力できることはいっぱいあります。

もし失敗しても、また戻ってきてもいい。大成功したときにはDeNAとして買収に手を挙げることもあります。

南知果 インタビュー 経済産業省 スタートアップ  スタートアップ創出推進室 総括企画調整官 弁護士

南知果氏「起業家はカッコいい職業と思われるカルチャーに向け、ムーブメントを民間と一緒に起こしていきたい」

スタートアップはこんなに面白い!「なんでやらないの?」

 私はスタートアップのカルチャーが好きです。なんでかなと思ったら、何かに夢中になっているとか、何かを成し遂げようみたいな野望を感じると、テンションが上がるんです。

南場 人間の幸せって、半分は夢中さから来ているよね。だから、スタートアップにいると、みんなよく働くよ。市場から切り捨てられるか、受け入れられるかに生々しく向き合っていると、プロダクトに対する思いが全然違ってきますからね。

 私は最初に大手法律事務所を辞めるときに、ブランドを失ってしまうような気持ちがあり、怖かったです。でも、実際には、自分の名前で仕事ができたり、自分の動きで世界が広がったり、とても面白いことばかりでした。チャレンジする人がどんどん増えていってほしいです。

南場 スタートアップをおこすことに、すごいリスクがあると思っている方がいるのですが、全然そんなことないですね。そういうことを言うのは、実は自分ではやったことがない方が多いです。

挑戦をリスペクトする社会になってきています。レピュテーション的にもトラックレコード的にもリスクはないし、金銭面で身ぐるみをはがされることもありません。

もちろん、スタートアップをやれば、それはもう胃が痛くなるほど大変です。上司の機嫌をとるのとは質が違い、本当の勝負の胃の痛さですよ。だからこそ、「なんでこんな面白いことやらないの?」という気がしています。若い人じゃなきゃいけないこともなくて、老若男女みんながやればいいんですよ。

※レピュテーション・・・評判、トラックレコード・・・実績や履歴

南場智子 南知果 ディー・エヌ・エー DeNA 会長 経済産業省 スタートアップ  スタートアップ創出推進室 総括企画調整官 弁護士

スタートアップを盛り上げていくことを誓い合った南場智子氏(右)と南知果氏 (対談とは別の日に撮影)


南場智子 DeNA会長
(なんば・ともこ)1986年マッキンゼー・アンド・カンパニー入社。1990年ハーバード・ビジネス・スクールでMBAを取得。1996年マッキンゼーでパートナー(役員)就任。1999年にディー・エヌ・エーを設立し、現在は代表取締役会長。2015年より横浜DeNAベイスターズオーナー。2021年からは女性初の経団連副会長も務める。

南知果 経済産業省スタートアップ創出推進室総括企画調整官
(みなみ・ちか)2014年司法試験合格。2016年西村あさひ法律事務所入所。2018年法律事務所ZeLoに移る。2022年ペンシルベニア大学ロースクール修了。共著書に『ルールメイキングの戦略と実務』(商事法務、2021年)など。2022年11月に経済産業省に入り、現職

【関連情報】
経済産業省 スタートアップ関連情報まとめページ

経団連 スタートアップ躍進ビジョン