政策特集新社会人必見 経済政策5つのキーワード vol.2

国を守る経済安全保障 日本の方向性は?

安全保障と言えば日米安全保障条約で示されるように、軍事的な脅威から国の安全を守るという意味が強かった。それが新型コロナウイルスの感染拡大による世界的な流通の混乱や、ロシアによるウクライナ侵略に伴う世界的な情勢不安に伴い、「経済安全保障」という言葉がニュースを賑わせるようになった。安全保障になぜ「経済」が関わるのか。改めて紐解く。

Q 経済安全保障とは?
A 経済的な手段により国や国民の安全、繁栄を守ることです

国際社会の中で国家や国民を脅かすのは「武力」だけではない。デジタル化に伴って多種多様な製品に使われる半導体が調達できなければ、日本の基幹産業である自動車をはじめとして多くの産業が止まり、国民の生活や経済活動に甚大な影響を及ぼす恐れがある。また、日本が持つ重要な技術が海外に流出すれば、せっかくの競争力が損なわれるばかりか兵器に転用される恐れがあるし、電力などインフラがサイバー攻撃で機能を停止すれば、あらゆる経済活動が打撃を受ける。自国のために軍事的ではなく経済的な手段を通じて他国に影響を及ぼす「エコノミック・ステイトクラフト」という動きも目立つ中、国家、国民の安全を確保するための考え方として「経済安全保障」が広く提唱されるようになった。

二大経済大国の米国と中国は技術覇権で対立を深め、半導体など重要分野への大規模な投資を促す一方で、技術移転を防ぐための更なる輸出管理の強化などに乗り出した。また、こうした中で、新型コロナの感染拡大は物流網を世界的に混乱させ、特に半導体の供給不安を招いた。ロシアによるウクライナ侵略は資源価格の高騰を招き、人々の生活を苦しめている。これらの事例により私たちは、自律性の高い経済構造を実現する必要性を改めて感じさせられている。

Q 日本政府が経済安保で重視する基本方針は?
A 日本の「自律性の向上」「優位性・不可欠性の確保」と、「国際協調」です

資源が少ない日本は、米中をはじめ海外との密接な連携による通商により相互依存を強めながら経済発展してきた。ただ、経済リスクが顕在化、複雑化する現在、改めて日本の国際的な立ち位置を確認しながら経済安保の取り組みを進めなければ国民の安全、安心がこれまで以上に脅かされる時代となった。

「自律性の向上」とは他国に過度に依存しなくても国民生活を維持できる状況だ。かつて中国がレアアースの輸出制限に踏み切った際は、日本の産業界に大きな影響が及んだ。新型コロナでは世界に張り巡らされたサプライチェーン(供給網)のもろさが露呈した。こうした中、ありとあらゆる製品に組み込まれデジタル社会の基盤ともいえる半導体や「GX(グリーントランスフォーメーション、次回の政策特集で詳述)」が進展する社会に必須の蓄電池といった今後の経済発展に不可欠な物資に関して、国内に強固な生産基盤をつくる重要性が認識されている。

「優位性・不可欠性の確保」は、日本が他国に必要とされる存在になることだ。例えば、カーボンニュートラルを進めるための基幹部品であるモーターは、強力なパワーを持つ永久磁石、具体的にはネオジム磁石が性能を決定付ける。その世界シェアは中国が生産量で8割を超え、残りがほぼ日本という状況にある。特定の国への過度な依存を避けるうえで、主な需要国からの日本に対する期待は高い。こうした中で、ネオジム磁石に関する技術で優位性を持ち続けることは、日本が国際社会で不可欠な存在になることにつながる。

米中の覇権争いを背景に保護主義的な動きが強まる中、基本的な価値やルールを共有する有志国・地域と連携を続ける必要がある。「国際協調」は貿易立国である日本の経済安保には欠かせない要素だ。

Q 基本方針を進めるための法律は?
A 2022年5月成立の「経済安全保障推進法」が中心となります

経済安保推進法の柱は四つ。①重要物資、原材料のサプライチェーン強化②基幹インフラの安全性、信頼性の確保③官民が連携した重要な先端技術の開発④安保に関わる特許の非公開だ。これらを見れば、日本における経済安保の具体的な輪郭が見えてくる。

①は「自律性」で示したように、半導体やネオジムをはじめとするレアアースなど産業を支える物資(重要物資)を特定の国に過度に依存することが、大きなリスクになるという考え方に基づく。これを避けるために、重要物資を国内生産する基盤の強化、代わりとなる物資の研究開発、調達先の分散などに取り組む方針だ。前述の蓄電池の場合、日本は優れた技術を持つものの、近年は中国が国家として育成に力を上げ、猛追している。民間だけでは難しい巨額の投資に対応するには、日本政府も踏み込んだ支援策を講じなければならない。なお、経済産業省が関わる重要物資は半導体のほか、クラウド、蓄電池、永久磁石、工作機械・産業用ロボット、航空機の部品、レアアースなどの重要鉱物、天然ガスの8種類だ。

政府は②の基幹インフラについて、電気、ガス、水道、金融、放送など14分野を掲げる。いずれも外部からのサイバー攻撃を受ければ、経済だけなく国民生活に深刻な打撃となる。これを防ぐため、インフラに関わる真に必要な設備に限定したうえで、設備の導入や維持・管理をする際の事前審査制度を設ける。

③は、宇宙、海洋、サイバーなどの分野に関する先端技術を自前で育成し確保することだ。政府はこれまで、新たな技術の種(シーズ)を育てる「シーズプッシュ型」の支援を重視してきた。ただ、これでは将来的な需要が未知数で、最終的に産業化されず花開かないというリスクもある。これに対して最近注目されるのが、「ニーズプル型」支援。例えば、宇宙開発や災害対応、治安の維持といった社会的ニーズを提示することによって、先端技術が社会実装されることがある程度見込め、民側が安心して投資できるようになる。

④で非公開になるのは、原子力や兵器開発など、公開すれば国際平和に影響が生じうる技術だ。該当する場合は、基本的に海外での出願ができなくなる。ただ、特許の非公開を広く適用すれば、企業の競争力をそぐことになりかねないため、対象を慎重に定める方針だ。