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DXで部品調達時間を9割減。変革のキーマンが明かす日本製造業復活の近道

ミスミグループ本社常務執行役員兼 ID企業体 企業体社長 吉田 光伸さん

製造業の現場で、これまでの常識が覆されつつある。

板金や切削などを伴う機械部品の調達では従来、2週間~2か月程度を要するとされてきた。ところが、欲しい部品の3Dデータをアップロードすれば、即座に価格や納期が表示され、最短1日で出荷が始まる。デジタル技術を活用することで、圧倒的な時間短縮が実現したからだ。

ミスミグループ本社(東京都文京区)のオンライン機械部品調達サービス「meviy」(メビー)は2016年の提供開始以降、自動車や半導体、家電、医療、食品など幅広い業界に支持を広げ、国内のユーザーは10万を超える。グローバルでの展開も加速していて、さらなる成長が期待されている。

meviyの立ち上げから事業を指揮してきたのが、ミスミグループ本社常務執行役員の吉田光伸さんだ。IT業界を経て、機械部品の生産・販売・流通を手がけるミスミに入社し、製造業とデジタル技術の融合の先頭に立ってきた。今年1月、チームのメンバー3人とともに、製造業で特にすぐれた人材をたたえる「ものづくり日本大賞」の最高賞にあたる「内閣総理大臣賞」を受賞した。

製造業でデジタル化の必要性が強く叫ばれるようになって久しい。だが、思うような成果が出ない企業は少なくない。成功に導いたのは何だったのか。“デジタル”と“ものづくり”の双方に熱い思いを抱く吉田さんに考えをうかがった。

ITを使えない製造業は「もったいない」。ミスミで改革に飛び込む

――― 大学卒業後、国内大手通信企業、米系IT企業で仕事をしてきた吉田さんは、30代で製造業に異業種転職をされました。その動機はなんだったのでしょう?

日本の強みである製造業がITをうまく活用できていない、DXできていないことを、非常に“もったいない”と感じていました。失われた30年と言われていますが、製造業のポテンシャルを発揮できれば、日本はもっと輝けるのです。

ひとくちに機械部品といっても、形状や大きさ、材質など当社の商品バリエーションは800垓(がい、垓は10の20乗=1兆の1億倍)にものぼります。それだけのオーダーを扱う企業として、「電気・ガス・水道・ミスミ」と呼ばれるほど、ミスミは製造業において重要なインフラを担っています。DXによる労働生産性の向上は、製造業全体の復活のカギとなるものです。「インフラから改革する」。その社会的事業に、仕事人として取り組みたいと考えたのです。

製造業のDXが手つかずである分、改革による伸び代は大きいと語るミスミの吉田光伸さん

AI、自動プログラミングをフル活用。日本全体で2兆円のムダが浮く

――― そうした思いを抱いて開発されたmeviyとは、どのようなサービスなのでしょう?

製造業のなかでも、とりわけDXが進んでいない領域が「調達」です。たとえば1台の設備を導入するのに、必要な部品が1500点あったとします。その設計、見積もり、納品までに、これまでは約1000時間かかっていました。日本の製造業38万社に換算すれば、年間3億8000万時間という膨大な時間です。1980年代の「ジャパンアズ№1」の時代は、豊富な労働力と多くの労働時間によって、それを賄っていました。

しかし、今は生産年齢人口が減少し、働き方改革によって労働時間も短縮されています。昔ながらのやり方では、とてもではありませんが対応できません。ミスミはカタログ販売によって部品の標準化を進めてきましたが、それでもコミュニケーションは紙ベースから脱しきれておらず、本格的なITによる改革の余地が大いにありました。

具体的には、まずは設計図を3Dデータでアップロードするペーパーレス化を導入しました。そのデータをAIが分析し、瞬時に見積もりと納期を算出します。同時に、工作機械で作るための加工プログラムを自動で生成し、受注すると即座に生産がスタートします。meviyでこれを実現したことで、調達にかかる時間が92%削減され、仮に全国の製造業に導入したとすると、経済的なコストに換算して日本全体で約2兆円の価値になります。また、アップロードデータに不備があり、加工が不可能な場合は、問題点や修正案の提案も行うので、技術者の教育ツールとしての側面も有しています。

シンプルな部品ひとつとっても、穴の大きさなど無数のバリエーションがあり、調達に時間がかかっていた

「そんな夢みたいなこと、できるわけがない」からの出発

――― 大変なイノベーションなだけに、開発には困難もあったかと思います。

困難だらけですね(笑)。最初に、meviyの構想を手にシステム開発に協力してくれる企業を探しましたが、「そんな夢みたいなシステム、作れるはずがない」と大手を含めてすべて断られました。3Dデータを扱い、AIを駆使し、実際の製造にまでリーチするので、幅広い技術と知見が必要でした。

――― それでも諦めなかった。

ミスミに入社する以前から、私は0から1を生み出す“ゼロイチ”の事業に携わってきて、「ゼロイチとは組み合わせである」と理解していました。到底無理と思われても、今あるものを組み合わせることで可能になる。その組み合わせを求めて、世界中を行脚して回りました。たとえば、3Dデータを扱うために必要なのは数学。じゃあ、数学に長けたインドに行ってみよう、といったふうに。

その際に大切なのが、組織よりも「人」です。ゼロイチのカギは、組織よりも人が握っている。優れた才能や技術を持っている人材、その才能や技術を組織では生かしきれていない人材というのは、どの世界にもいます。そうした「この会社のこの人」という唯一無二の人材と巡り合うことで、ひとつずつピースが埋まっていきました。その結果、不可能が可能となり、今では12か国にわたるチームで開発するまでに至っています。

「カタログから選ぶ」のではなく「顧客が欲しい部品を描く」という発想の転換が、meviyの根底にある

――― まるでドラマのような話ですね。

私たちはBtoBのビジネスですが、サービスを利用いただくのは個々の技術者の方々であり、ものづくりの中心はあくまで人であると考えています。

meviyを開発するにあたり、もうひとつ難しかったのが、大切なデータを技術者の方々がクラウドに上げてくれるのか、ということ。この部分でも、セキュリティは担保されているときちんと伝わるように、積極的に情報を発信しました。サービスがイノベーティブであるほど、抵抗感も生じるものです。しかし、伝わりさえすれば、圧倒的な便益の方が勝る。そうした確信がありました。

予想外を生む偶然を求め、「自ら動き、発信」

――― 国内ではオンライン機械部品調達サービスとして3年連続でシェア№1を達成*し、2021年に欧州、2022年にアメリカとグローバルに展開しています。
*テクノ・システム・リサーチ「オンライン機械部品調達サービスの市場規模、市場動向」調査

日本のユーザーがもっとも審査の目が厳しいので、国内で成果が出せたことは大きな自信になりました。今も毎週バージョンアップしており、今後は世界各国の異なる規格や材質にも対応できるように、アップデートを続けていきます。

私自身、meviyの完成がどういった形なのか、いまだに予想がつきません。見積もりひとつとっても、定価など存在しない世界です。これだという答えはない。でも、それがゼロイチの仕事、ものづくりという仕事の面白いところだと思っています。

――― ものづくりの核を表現するならば、どんな言葉になりますか?

私も道なかばなので、それを聞かれるのが一番困るんです(笑)。ただ、「セレンディピティ」(serendipity)という言葉は大切にしています。この言葉の意味は、「素敵な偶然や出会いから、予想外のものが生まれたり、巡り合ったりする」ということ。そして、その偶然を生み出すには、自ら動き、情報を発信していくことが重要だと考えています。

製造業のDXを目指しミスミに入社しましたが、DXは目的ではなく手段です。あくまで目的は、日本の製造業の労働生産性に改革を起こし、インフラとしての責任を果たすこと。その責任感を持ちながら戦略とビジネスプランを練り、情報を発信し、共鳴してくれる仲間を増やしながら、完成のない未来を手探りで見つけていく。しんどいと言えばしんどさだらけですが、責任を果たす使命感と仲間がいることで、乗り越えられると信じています。

グローバルに拡大することで、meviyがどんな進化を遂げるのか? 吉田さんのものづくりにゴールはない

【プロフィール】
吉田光伸(よしだ・みつのぶ)
ミスミグループ本社常務執行役員兼 ID企業体 企業体社長

国内大手通信会社、外資系大手ソフトウェアベンダを経て、2008年ミスミグループ本社入社。 国内事業の再構築や中国事業を担当した後、新規事業である「meviy」(メビー)の立ち上げ、事業拡大に従事。meviy事業を展開するために2018年に設立したID企業体の社長を兼務している。

【関連情報】
第9回「ものづくり日本大賞」受賞者を決定しました! 2023年1月10日 経済産業省ニュースリリース(同時発表:国土交通省、厚生労働省、文部科学省)
ものづくり日本大賞内閣総理大臣賞受賞 meviy  ミスミ