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「だし」を通じて日本の食文化を世界に発信。ブランド戦略で道なき道を進む

久原本家グループ 社長 河邉哲司さん

健康面からも注目される日本の「和食」がユネスコ無形文化遺産に登録されてから今年で10年を迎える。「だし」を基本に日本の食文化を国内外に広めようという志で事業展開しているのが、「茅乃舎(かやのや)だし」で知られる久原本家グループ(本社・福岡県久山町)だ。4代目の河邉哲司社長は、自身が入社した当時は従業員6人だった醤油蔵を売上高約290億円の食品企業に育て上げた。自社ブランドにかける情熱や成長の秘訣を河邉社長に語っていただいた。

「だし文化」から和食の良さを広めていきたい

――― 世界で和食が注目されています。

和食は、ユネスコ無形文化遺産になりました。和食は健康、体にいいものです。我々は「だし専門のブランド」として、だし文化から和食の良さを広めていきたいと考えています。和食は、おいしさとともに健康志向の高まりから世界で注目を集めています。今後、世界でだしの需要も増えてくると思います。

当社の海外展開はアメリカ、アジア、ヨーロッパの3つのエリアで進めています。アメリカはロサンゼルスを拠点に、全米に向けただしの通信販売が好調です。アジアでは、香港や上海をベースに、店舗から日本食の味、だし文化を発信し、だしの存在を理解してもらえるようになってきました。ヨーロッパは輸入規制など取り組まなければいけない課題がありますが、フレンチソースにしょうゆや麹も使われており、だしもブレイクスルーさせたいです。

――― 日本の「だし文化」をどのようにとらえていますか?

日本の各地域に食文化が育っています。私たちは、それを代々受け継ぎながら暮らしています。その中に、「だし」があり、だしから日本の食が見えてきます。トビウオ(あごだし)は福岡や長崎県を中心に使われており、博多雑煮もあごだしで作ります。北海道は、昆布だしです。なぜ地域でだしの素材が違うのか。そこに日本各地に脈々と根付く食文化の面白さがあります。子どもたちに、だしを知ってもらう際には、最初にだしを入れたお味噌汁と入れないお味噌汁を食してもらいます。だしが入っているお味噌汁を「おいしい」と味わうと、目を輝かせて我々の話に興味を持ってくれます。

当社の「茅乃舎だし」は、焼きあごを使っています。最初に、あごだしを商品化した時、周囲から「あごだしで全国展開できるわけがない」と否定的な声が多く聞こえました。私はあごだしの味に自信があり、「多くの人においしいものを知ってもらいたい」という気持ちが事業の出発点となっていました。売り出すと口コミが口コミを呼び、一気に全国に広がりました。

――― 「茅乃舎」をはじめとする自社ブランドが生まれた背景を教えてください。

20代のころ、近畿地方のある老舗和菓子店の店舗や商品の雰囲気に「なんて素敵で格好いいのだろう」と心が引かれました。「こんなブランドをつくりたい」と思い、直接教えを請いに行くなど、ブランド戦略の勉強を始めました。たれなどのOEM事業の傍ら、自社ブランドを確立するために試行錯誤を重ねました。

最初に手がけたのが、福岡名物の明太子の自社ブランド「椒房庵」です。国産の上質な原料にこだわり北海道を訪ね歩きました。この経験がその後の「茅乃舎」ブランドの確立に生きています。

自社ブランドは、自分で納得できる商品パッケージにしようと心に決めていました。どんなに味が良くても、お客様に商品を手に取っていただかなければ何も始まりません。現在、社内にクリエイティブチームを設けて商品パッケージのデザインやキャッチコピーなどを内製化しています。一生懸命、味づくりと同じように、パッケージなどツールにも妥協せず高いレベルを追求しています。

とても有難いことに、茅乃舎の商品をギフト、「おもたせ」として多くの方に手に取っていただいています。だし等の調味料がギフトという存在になり得たのは、味の力だけではないと考えています。

茅乃舎ブランドを代表する商品「茅乃舎だし」は、「御料理 茅乃舎」の料理長が素材を厳選し、家庭で使いやすいように味に工夫した化学調味料と保存料が無添加の調味料。

企業にとって「永続」が一番大事

――― 企業経営で大切にされているのは?

企業にとって「永続」が一番大事であると思います。お客様に喜んでいただけるものをちゃんとつくれば、企業としても永続に向かうことができると考えています。我々は、手間ひまをかけながら、商品をつくっています。少し価格は高くなるけれども味に納得して買っていただけるお客様に提供しています。

全国的に多くの醤油蔵が廃業しましたが、今までと同じことをしているだけでは、残ることはできません。いかに差別化し、おいしさを追求していくかを考えました。一見、旧態依然としているように感じられる地方の企業であっても、そういったことを粛々とやれば残ることができると思います。当社の売り上げの大半が、工場から流通を介さずに消費者に届ける「DtoC」ビジネスによるものです。地方の企業が生き残るために、直接お客様とつながる方法にたどり着きました。

2010年4月にオープンした茅乃舎東京ミッドタウン店。福岡県以外では初の出店で全国展開のきっかけとなった。

――― 今後の事業展開で注力される点を教えてください。

「永続」のためにどうあるべきかを考えた時、自分たちのブランドをもっと磨いていこうと思いました。ブランドは時間が経つとさびます。だからこそ磨くのです。和食のおいしさを広げるために道なき道、新しい道を通り、山に登って行かなければなりません。そのためにどういう道を通っていくか。毎回、毎回のジャッジが大切になります。

量産できなくてもいいから、おいしいものをつくる。大手企業ができない手間ひまかかるものをお客様に届けることが、我々があえて歩まなければならない道であり、そこに我々の存在意義があります。

明太子がつないだ縁で北海道にも拠点を持っています。今、日本の食糧基地としても北海道という土地に魅力を感じています。北海道と創業の地である九州という土地にこだわった商品づくりをしていきたいです。また違った面白いビジネスができるでしょう。

私の家族との思い出は「あの時、おいしかった」という食事の記憶とともにあります。今、「子どもが、茅乃舎だしで育ちました」と声をかけていただく機会が増えました。その言葉が一番うれしいです。食は、家族の思い出や絆をつくるうえで、大切な要素です。家庭の食卓の裏方として、商品をつくる我々の仕事は、大事な役を担っていると思います。

「味に妥協せず、おいしいものをつくることが我々があえて歩まなければならない道」と語る久原本家グループの河邉哲司社長

 

【プロフィール】
河邉  哲司(かわべ・てつじ)
久原本家グループ 社長

1978年久原調味料(現・久原本家グループ本社)入社。1996年くばらコーポレーション社長。2004年農業生産法人「美田」を設立。2005年地元の食材を守り、食文化を後世に伝える舞台として「御料理 茅乃舎」を開業。2006年「茅乃舎だし」をはじめとした化学調味料・保存料無添加製品を発売。2013年久原本家グループ本社を設立、4代目社長就任(現・社主)。福岡県久山町生まれ。