政策特集宇宙視点のビジネスを 広がる衛星データ活用 vol.3

衛星データが地域に直結!山口県宇部市でビジネスチャンスに挑む

衛星データを活用したビジネスはまだまだ黎明期。宇宙という舞台からすれば、事業に挑む環境は、日本のどこであろうと、いや地球上のどこであろうと、大きく変わらないとも考えられる。今、全国各地でこのチャンスをつかみ取ろうという動きが広まっている。

人口減少や高齢化、自然災害の多発など日本を取り巻く課題は、地方ではいっそう深刻だ。衛星データの利用によって解決策を見つけられれば、効果は絶大なうえに、新たな産業として地域経済のリード役になるとの期待も高まっている。

地元企業と自治体、そして、大学や金融機関などが一体となって、衛星データビジネスの産業化に乗り出している山口県宇部市に飛んだ。

「衛星の眼」で家屋の増減をチェック。地元 IT 企業が専門チーム

「あれ?こんなところに建物はないはずだが…」
宇部市にあるIT企業常盤商会テクニカルサービス部の松本剛誌さんは、ディスプレー上に表示された市内の衛星画像を目を皿にして追っていた。土地や家屋などの固定資産に関して宇部市が保有するデータが、画像に映った状況とどれだけ一致しているかを確認している。

自治体にとって、固定資産の所有者に課税する固定資産税は重要な財源だ。毎年、家屋の新増築や解体、土地の利用状況の変化などを漏れなく捕捉、調査し、公平公正な課税のもと税収を確保しなければならない。宇部市でも資産税課の15人あまりの職員が随時、市内を巡回するなどしているが、約 280 ㎢ に及ぶ市域全体をチェックするには多大な労力と時間を要している。

そこで、常盤商会が一般財団法人リモート・センシング技術センター(東京)と共同で開発しているのが、衛星データを活用して固定資産の変化を効率よく調べるシステムだ。

最高で約30㎝の細かさまで分かる画像を用い、同じ場所で違う時点を見比べる。建物の増減だけでなく、農地のはずがいつのまにか宅地になっているなど土地の利用状況の変化を突き止められる可能性もある。もちろん、人力で行うのは容易ではない。そこで、画像を解析するAI(人工知能)の出番となる。

リモート・センシング技術センターが主に AI の構築を担当。常盤商会は現在、AIが正しく解析したかを評価するために必要となる正解データを作成している。今後、AIの解析結果が出れば、このデータを使ってどのくらい正確かを確認し、その結果を踏まえてAIの精度向上に反映させる。AI の精度に直結する正解データの質の向上には、ノウハウが求められる。

常盤商会は山口県外のパートナーとともに、地中にある水道管の漏れの検知や、道路の区画線の薄れ具合の分析などについても、衛星データを使ったシステム作りに着手している。社員約80人の中小企業だが、2022年12月には衛星データを扱う専門チームを発足させる力の入れようだ。

1957年の設立時は、石炭販売会社だった。その後、時代に応じて、石油販売、そして、ソフトウェア開発と主力事業を入れ替えてきた。植村育夫社長は「衛星データビジネスはまだおカネにならないが、非常に有望な分野。今から手をつけ、成長期になったときに投資できる準備をしなければならない」と強調する。

リモートセンシング 衛星データビジネス 宇部市 山口県 常盤商会 植村育夫社長

「衛星データビジネスの将来性は大きい」と語る常盤商会の植村育夫社長

宇部発のビジネスモデル作りへ「産官学金」が一丸

大手化学メーカーが本社を構え、人口 16 万人の産業都市である宇部市で、宇宙への関心が高まるきっかけになったのが、2017 年の JAXA(宇宙航空研究開発機構)の市内への一部機能移転だ。山口大学は、2005年からJAXAと共同研究を開始し、2017年に応用衛星リモートセンシング研究センターを設立した。JAXA と山口大学、山口県の3者は衛星データの利用や研究を推進するための協定を締結。宇部市にある山口県産業技術センターが「衛星データ解析技術研究会」を設置すると、自治体としての宇部市が加わった。

宇部市内のときわ公園にある「ミラーアレイ」と呼ばれる設備。アクリル製の鏡が並んでいる。衛星が上空を通過する際に、設備を利用し、撮影した画像を補正する際に必要となるデータを取得する。山口大学応用衛星リモートセンシング研究センターが開発し、宇部市が設置に協力した

宇部市内のときわ公園にある「ミラーアレイ」と呼ばれる設備。アクリル製の鏡が並んでいる。衛星が上空を通過する際に、設備を利用し、撮影した画像を補正するために必要なデータを取得する。山口大学応用衛星リモートセンシング研究センターが開発し、宇部市が設置に協力した

宇部市は、企業や金融機関、大学などに参加を呼びかけて「宇部市成長産業推進協議会」を発足。衛星データビジネスを成長産業分野として位置づけ、サポートする体制を敷いている。宇宙関連産業をはじめとした次世代技術のほか、医療・健康、環境・エネルギーに関連した成長産業分野を対象に、スタートアップに対して設けた最大1000万円の財政支援策は自治体としてはトップクラスの手厚さだ。

農地の利用状況調査、竹林の管理など、宇部市内ではすでに衛星データを使った数々の実証事業が実施されてきた。サービスの使い手として宇部市自身が想定される案件も目立つ。衛星データビジネスという新産業の成長を後押しする一方で、行政事務の効率化にもつなげていきたいという狙いもある。

宇部市の篠﨑圭二市長は、「衛星データを使ったサービスはどこの自治体でも必要になる。JAXAや山口大学などとの連携という強みを生かし、衛星データのビジネスモデルを宇部から広めていきたい」と語る。

「宇部から衛星データのビジネスモデルを広めていきたい」と語る宇部市の篠﨑圭二市長

「宇部から衛星データのビジネスモデルを広めていきたい」と語る宇部市の篠﨑圭二市長

新しい芽は生まれ始めている。2022年に宇部市のスタートアップ支援の第1号として、衛星データを用いたインフラ監視サービスなどを提供するNew Space Intelligence(NSI、ニュー・スペース・インテリジェンス)への支援を決定した。NSI には山口フィナンシャルグループ傘下の投資会社山口キャピタルなども出資しており、今後も飛躍が期待されている。

衛星データのスタートアップ「NSI」の長井裕美子代表取締役社長CEO(左から3人目)と、起業を手厚くサポートした宇部市や山口県、山口銀行などの関係者ら

衛星データのスタートアップ「NSI」の長井裕美子代表取締役社長CEO(左から3人目)と、起業を手厚くサポートした宇部市や山口県、山口銀行などの関係者ら

全国に広がる衛星データのビジネス化。「だいち3号」打ち上げも追い風

衛星データのビジネス化に向けた機運は全国的にも高まっている。経済産業省が 2021 年、衛星データを使って地域の課題を解決するためのアイデアを募集したところ、全国から 93件が集まった。この結果をもとに現在は、北海道、富山県、福井県、山口県宇部市、九州地方(福岡県、佐賀県、長崎県、熊本県、大分県、鹿児島県)で実証事業を集中的に支援している。宇部市での固定資産調査もその一つで、使用する衛星データは国が購入し、開発費用の一部に補助金が充てられている。

衛星データを使った分析が普及するには、技術を引き上げ、精度を向上させていくことは当然の課題となる。その点では、JAXAが今年2月に打ち上げを予定している先進光学衛星「だいち3号」(ALOS-3)は心強い味方である。「だいち3号」は、2011年まで運用された「だいち」を引き継ぎ、地上分解能を0.8mと従来の約3倍に引き上げたうえで、日本全域を35日に1回という高頻度で撮影する。画像は衛星データプラットフォーム「Tellus(テルース)」を通じて広く提供されるため、早期の運用が待ち望まれている。

 

今年3月に打ち上げ予定の「だいち3号」は、衛星データビジネスにとっても追い風となる(JAXA提供)=使用申請中

今年2月に打ち上げ予定の「だいち3号」は、衛星データビジネスにとっても追い風となる(JAXA提供)

カギは人材確保。独自の先進事例でクリエイティブな若者にアピール

ただ、衛星データを行政で使用するとなると、国のルール変更が必要になる場合もあるなど越えるべきハードルは少なくない。中でも大切になるのは、優秀な人材の確保だ。

宇部市で起業したNSI には、外国人や海外の在住者が加わっている。常盤商会の植村社長は「今やどこでも仕事はできるので、多様な働き方を望む人たちが集まる仕組みを作らなければならない」と話す。

地方には恵まれた自然環境があるだけではない。関係者同士の距離が近く、密接な連携ができることで、実験的な試みを実施する余地が大きいなど、地方ならではのメリットもたくさんある。篠﨑市長は「先進事例を積み重ねていくことで、若いクリエイティブな人たちをどんどん引きつけていきたい」と意気込んでいる。