政策特集宇宙視点のビジネスを 広がる衛星データ活用 vol.1

衛星データは宝の山。大量の「目」が世界をくまなくキャッチする

シンスペクティブ 衛星 ストリクス 天候 時間帯 合成開口レーダー 搭載 衛星データ 経済産業省

シンスペクティブの衛星「ストリクス」は、天候や時間帯を問わずに観測する合成開口レーダーを搭載している

「宇宙旅行が当たり前の時代」と言うのは、2023年の現時点では、さすがに気が早いというのが実感だろう。だが、宇宙は確実にかつてなく身近になっている。最も実感できる分野の一つが、人工衛星データを利用したサービスである。

スマートフォンを開けば、自分の位置が地図上で分かり、上空から撮影された雲の様子が見られることに、驚く人はもはやいない。衛星から入手できるデータは近年、質・量のいずれも格段に充実するとともに、膨大なデータを分析するツールが開発され、新たなビジネスが次々と誕生している。

宇宙は一部の専門家だけのものではない。これまで縁のなかった人たちにも活用する門戸が開かれている。

地盤変動をミリ単位で解析し、危険地点を予測。創業5年のシンスペクティブが急成長

2021年6月に大洪水に襲われたネパール中部のメラムチ地区。同地区を流れる川の上流400㎢を超える範囲の中から、新たに地滑りなどの災害リスクが高い地点161か所が特定された。主役となったのが、日本のスタートアップ「Synspective(シンスペクティブ)」(東京)が開発した「地形変動モニタリング」サービスだ。

衛星データを用いて、地盤の動きを数㎜単位で解析。地形の特性や地表面の変動速度をもとに、周辺との動き方の違いなどから、地滑り発生リスクの高い地点を判別している。

シンスペクティブ ネパール 衛星 データ

シンスペクティブは、ネパールの山岳部で地滑りなどのリスクが高い地点を特定。危険度は1~3段階で評価している。

対象となった地域は、険しい山並みが連なり、地表からの調査には限界がある。ドローンやヘリコプターでは、全域をカバーするのは難しい。衛星データをもとに危険な地点をあぶり出すことで、効率的な防災計画を立てられる。シンスペクティブの小田原孝行執行役員は、「地表に置いたセンサーは“点”であるのに対し、衛星データは“面”で情報を一気につかむことができる」と話す。

「自社で衛星を持っていることが、我々の強みになる」と語るシンスペクティブの小田原孝行執行役員。写真の衛星模型は、本物の約1/4サイズ

シンスペクティブのサービスの核となるのが、衛星に搭載された合成開口レーダー(SAR)[i]である。地球が反射する太陽光を観測する光学センサーとは異なり、地表に自ら電波を発射し、反射した電波を検出して、地表の状態を判別する。夜間でも観測できるうえに、雲に遮られることもないので、悪天候でも力を発揮する。道路や橋、港湾といったインフラを監視するソリューションサービスを2020年に提供し始め、政府や地方自治体、民間企業に利用されている。

シンスペクティブは他社の観測データを活用する一方で、創業当初から自社衛星「StriX(ストリクス)」の開発・運用を行っている。「自社の衛星があれば、お客さまの幅広いニーズに即したデータの取得や、ソリューションサービスの最適化ために、衛星の性能や軌道に反映させられる」(小田原氏)と考えるからだ。

2022年9月に3機目の衛星を打ち上げ、従来機とともにデータを販売している。今後も継続的に衛星を増やし、まずは世界中を1日1回の観測が可能になる6機体制としたうえで、2020年代後半には30機体制に広げる計画をもつ。実現すれば、どこでも遅くても2時間以内の観測が可能になり、救助や避難などの災害時の初動活動では大きな助けになる。取得データの増加により、活動範囲が拡大するだけでなく、分析精度の大幅な向上も見込まれる。

途上国での社会課題を解決するビジネスを手がけていた新井元行氏が、衛星の研究者として知られる白坂成功・慶応大学教授とともに、シンスペクティブを創業したのが2018年。名だたる賞を国内外で獲得するなど、日本を代表するスタートアップになった。

大量の衛星を一体運用するコンステレーションが普及。E.マスク氏はネット通信網構築

宇宙空間で活躍する衛星が今、様変わりしつつある。以前は重さが数トンに及ぶこともあるサイズが中心で、高度約3万6000kmの静止軌道上付近を周回し、1機で地球上の広い範囲をカバーしてきた。

ところが、近年に打ち上げられた衛星では、重さ数百kg以下が主流になっている。小型衛星は高度2000km以下という低い軌道上を周回する。1機で受け持つ範囲は狭いが、大量の衛星を連携させて一体的に運用する「コンステレーション」(※星座の意味)と呼ばれる方式を用いて、より多くのデータを得る。

小型化と同時に、自動車部品を転用するなど徹底したコスト削減が図られ、衛星1機あたりの価格、さらには打ち上げ費用が劇的に低下した。この結果、衛星の運用主体として、シンスペクティブのような民間企業の参入が相次いでいる。

衛星 コンステレーション 違い 

例えば、米プラネットラボ(Planet Labs)は5kg程度という超小型衛星約200機を配備している。高頻度での撮影が可能で、農作物の収穫時期の最適化などに役立てられている。このほかにも、船舶の動きや森林の伐採状況など様々な情報を提供する事業者もある。金融機関からは、投資判断に役立つ「オルタナティブデータ」が集められるようになるとの期待も高まっている。

観測だけでなく、通信分野でも活用されている。実業家イーロン・マスク氏が率いるスペースX(Space X)は、1万機を超える衛星群で全地球上にインターネット網を構築することを計画している。すでに2000機以上を打ち上げた。米国や英国に加えて、日本でもサービスを始めたほか、ロシアの侵略を受けたウクライナで無償提供し、話題を集めた。

宇宙ビジネスは右肩上がり。日本は2030年代前半までに倍増目標

ロケットの打ち上げや衛星の製造など宇宙ビジネス全体は急成長が期待されている。米モルガン・スタンレーは、今後約20年間で、市場規模は約3倍に拡大し、2040年に1兆ドル(約130兆円)に達すると予測している[ⅱ]。その中にあり、衛星データビジネスも注目は高く、衛星データの販売と、衛星データを用いた付加価値サービスを合わせた市場が、2020年の約48億ドルから、2028年には約80億ドルになるとの見方もある[ⅲ]

日本政府は2020年にまとめた「宇宙基本計画」では、国内の宇宙産業の規模(約1.2兆円)を2030年代前半までに倍増する目標を盛り込んでいる。経済産業省は民間による必要な機器の開発を支援する一方で、衛星データビジネスを成長させていくための環境整備を進めている。

次回以降、日本で進行している衛星データビジネスの現状を詳しく紹介する。

 

[i] SARはSynthetic Aperture Radarの略。移動しながら電波を送受信することで、より大きなアンテナをもった場合と同等のデータを取得する。もともとは軍需技術などとして使われていたが、米政府がSARデータの商用利用を許可したことも、民間企業の参入を後押しした。

[ⅱ] https://www.morganstanley.com/ideas/investing-in-space

[ⅲ] Euroconsult「Space Economy Report 2020」