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アメフット界の元スターが学校スポーツに情熱を注ぐ。目指すは「人材育成×地域のウェルビーイング」

筑波大学アスレチックデパートメント 山田晋三さん

アメフト 筑波大学 アスレチックデパートメント AD  副アスレチックディレクター 山田晋三 アメリカンフットボール

筑波大学は学内の運動部を一元的にマネジメントするアスレチックデパートメント(AD)を創設し、大学スポーツの進化を目指すとともに、部活動を含めた小学校から大学までの「最高の学校スポーツプログラム」づくりをビジョンに掲げる。その中心となるAD副アスレチックディレクターの山田晋三氏は、自身もアメリカンフットボール選手として日本人で初めて北米プロリーグXFLに参戦し、アメフットの最高峰NFLのトレーニングキャンプに参加した経歴を持つ。山田氏に学校スポーツの運営に必要な視点を語っていただいた。

本場アメリカでアメリカンフットボールの面白さを知った

―――アメリカンフットボールを始めたきっかけは?

小学校の時に父の転勤でアメリカに行きました。現地の学校で初めは英語ができずに苦労しましたが、その時の自分を救ってくれたのがスポーツです。日本の部活にあたる地域スポーツに参加し、最初は得意の野球から始めました。3か月ほど経った時に、「野球は終わりだ」と言われて驚きました。1年を3つのシーズンに分けて違ったスポーツを行う「シーズン制」を採用していたのです。その次のシーズンはアメリカンフットボールを選びました。

アメリカの国技であるアメリカンフットボールに日本人が挑戦することで、周りがリスペクトしてくれる部分もあり、多くの友達ができるきっかけになりました。アメリカンフットボールというスポーツ自体がとても面白かったのですが、後からアメリカのスポーツ活動に様々な工夫があったことがわかりました。

―――アメリカで経験したスポーツ活動の良さとは?

小学生当時参加したアメリカの地域スポーツでは、試合で勝つことは大事だけれども、それ以上に楽しもうという意識が強かったのを覚えています。参加する子供たち全員の運動能力を考慮して、各チームの戦力の均衡化を図っていました。各チームの戦力が均衡化されているので、ほとんどが競った試合となり、そのスポーツの持っている本質を理解し、心から楽しむことができました。チーム全員が出場するというルールがあり、「この子にちゃんとボールを持たしてあげよう」などとコーチが工夫していました。

またシーズン制でいろいろなスポーツを経験することで、自分が一番興味のあるもの、得意なものが見つかります。自分自身は野球も好きでしたが、アメリカンフットボールの面白さを知ることができました。

最高の学校スポーツプログラムをつくる

―――筑波大学アスレチックデパートメント設立の狙いは?

筑波大学アスレチックデパートメントの設立は2018年です。アメリカの大学のような「トップアスリートの育成・支援とともに大学や地域全体がスポーツに熱狂するようなものをつくりたい」という思いでスタートし、スポーツの楽しさや面白さを共有できる「最高の学校スポーツプログラム」をつくることをビジョンに掲げています。

この中で大きな役割を果たすプロジェクトの1つが、大学が主催する「ホームゲーム」です。運営にも学生が加わりさまざまな経験ができます。また、つくば市の学校の部活動の現場を筑波大生がサポートするという活動もしていますが、大学主催のホームゲームに、こうした活動でかかわった地域の子どもたちが応援に来てくれるといった地域とのつながりが生まれます。

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筑波大学主催の「ホームゲーム」の準備を進める学生と意見交換する山田氏(写真右から2人目)

学生は応援されることで自分がスポーツをする意味を違った側面から実感することができますし、地域の人にも憧れや熱狂といった体験をお届けすることができます。我々は、「ウェルビーイング」と呼んでいますが、スポーツを通じて、多くの人が心身ともに前向きで、生き生きした状態になれるような環境づくりを目指しています。学生にとって競技後の人生の方がはるかに長いわけですから、一人ひとりの「ウェルビーイング」を高めて社会で活躍してほしいですし、周りの人の「ウェルビーイング」を高められる人材になってほしいと思っています。

―――少子化や教員の負担増で維持が難しくなっている部活動の活性化に向け、スポーツ関連産業の人材や資金の活用も検討材料になっています。経済産業省の有識者会議は、公立学校の部活動指導を民間のスポーツクラブなどに委ねる「地域移行」の実現に向けた提言「未来のブカツ」ビジョンを公表しました。

経産省の提言は、学校の部活動の課題の本質をついています。産官学が連携して持続可能な体制をつくることが重要です。こうした中でスポーツクラブに期待される役割は大きいと思います。ただ、地域移行そのものを目的にするのではなく、先生を含めた地域の大人と子どもたちが良い環境でスポーツを通して触れ合う環境づくりが大切です。

我々は大学として良質な情報を皆さんに届け、その情報をもとに皆さんに良い選択をしていただければと考えています。大学の使命は、「教育」「研究」「社会貢献」の3つが大きな柱です。筑波大学は、前身の東京教育大学、さらにその前の東京高等師範学校の時代から長きに渡り、教員養成を担ってきました。

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「スポーツを通じて社会に貢献することが自分の使命」と語る山田氏

こうした歴史を踏まえて、大学の知見を小中高の学校スポーツに還元していきます。我々の知見も含めた全国の小中高の学校スポーツの課題解決を目指し、読売新聞および教材会社とともに学校スポーツジャーナル「イマ.チャレ」を2021年7月に創刊し、学校の部活動にかかわる新しい取り組みなどを紹介しています。筑波大学長の永田も述べていますが、大学の知見などいろいろなものをオープンにして、その中で次のイノベーションにつなげていけるような形を目指しています。各地域の状況に合わせて、子どもたちにとって最適な道筋を見つけていただければと考えています。スポーツ環境づくりは、子どもたちにも日本の未来にも重要です。

スポーツとともに人生を充実させてほしい

―――学校スポーツで、スポーツの価値を高めていくために必要な視点を教えてください。

スポーツを好きになる、スポーツに関わる(する・見る・支える)ことで人生がより豊かになると我々は考えております。しかし、それを実現するためには「健全な体制づくり」が必要です。筑波大学アスレチックデパートメントでは、筑波大学の研究で得た知見を生かして、「スポーツの価値を十分に享受するために、最低限このような体制を作っていきましょう」といったプログラムを学校スポーツなどの場を通じ、より多くの人に提供できればと考えています。

スポーツの持っている価値をもっと多くの場所、人に生かすことができると思います。実際に筑波大学の学生への調査でもわかってきていますが、スポーツに親しむ人が増えることで、「ウェルビーイング」の高い状態の人が増えていくと考えています。

僕はアメリカで暮らした小学生時代、スポーツによって救われたと思っています。日本に帰国した時も、アメリカンフットボールチームを持つ学校に入学できました。何らかの形でスポーツを通じて社会に貢献することが自分の使命であると思っています。

【プロフィール】
山田 晋三(やまだ・しんぞう)
筑波大学アスレチックデパートメント副アスレチックディレクター

アメリカンフットボール選手として関西学院大学を日本一に導き、学生日本代表の主将を務めた。関西学院大卒業後、1996年NTT入社。1999年日本代表に選出され第1回ワールドカップ優勝。アサヒ飲料社会人チームで2000~2001年東京スーパーボウル優勝、オールXリーグ、東京スーパーボウルMVP、XリーグMVPに選出される。2001年日本人初の北米プロフットボールリーグXFLに参戦、2003年NFLヨーロッパ参戦、NFLタンパベイ・バッカニアーズのトレーニングキャンプに参加。2004~2006年アリーナフットボール日本選抜チームヘッドコーチを経て、2010年IBMビッグブルーのヘッドコーチに就任。2018年4月から現職。