政策特集知財で挑むESG経営 vol.2

「知財フル活用」で社会課題を解決、笑顔と創造の輪を広げよう!

 

社会課題解決を望む個人の想いと創造力から生まれるアイデアなどを、「知財」として他者と共有することで、共感を広げ、社会を動かすきっかけとならないか。ESG(環境、社会、ガバナンス)経営と知財のかかわりを考える第2回目のテーマは「S」。社会課題解決に向けた知財の活用について2人の起業家のケースを紹介する。

「ケアの理想」「ケアの価値」を世の中に浸透させてくれた商標登録

爪にマニュキュアを塗ってもらうと、高齢の女性患者の表情が明るくなった。看護師として病院に勤務していたNOTICE代表の大平智祉緒氏は、患者にネイルケアなど行う看護実習を目にし、興味を持った。

「美容ケアは華やかなイメージがあるけれども、患者さんたちには小さなキレイが大きな力になる」と感じた。と同時に、ネイルケアなどを行う30分間は、「患者さんにとっては安心して自分の話をゆっくり聞いてもらうことができる大切な時間」であることに気付いた。

大平氏は2016年にNOTICEを開業し、看護資格を持つメイクセラピストとして「美容整容ケア」を行う事業を始めた。大平氏にとってビジネスでの大きな転機となったのが、2021年の特許庁の「I-OPENプロジェクト」※1への参加だ。

「ビューティーという言葉は使わない方がいい」。自身が実施している美整容ケアのネーミングについて専門家からアドバイスを受けた。事業を通して最も伝えたいこととその想いを表わす言葉は何か。大平氏が考えるケアの本質は、「他者との関わりにより自分という存在が育まれ、本来もつ生きる力(自然治癒力や生命力)が引き出される。そして、ケアする側もされる側もリングが回るように共に癒され成長する」というものだった。

外見が整うと家族も喜び、大切な人がつながっていく意味を込めて、「Rings Care™️」(リングスケア)と名付けた。「リングスケア」は、看護学をベースにした「美整容ケア」で心と外見を整えるプロセスの中で自分らしさを取り戻し、医療や介護が必要になっても年齢を重ねても、自分らしく生きていくためのケアを意味する。要介護者に向けて美容だけではなく、看護学に基づくアプローチで事業の差別化、ブランディングを図っている。

「I-OPENプロジェクト」で大平氏は、弁理士ら専門家から「リングスケア」を商標として登録することを提案された。実際、商標登録の準備を進める中で、「理想とするケアについて自分が伝えたかった本質が明確に見えた」という。「医療や介護が必要になると、元気な時の自分と比べると自尊心が低下しやすい。『あなたは大切な存在』と伝えることができるケアをしたい」という思いが一番強かった。2022年3月1日に商標登録に向けて出願した。

大平氏が掲げるのは、「最期まで美しく生き切れる社会」だ。看護師として働く中で、「療養中であっても『生きていてよかった』という瞬間が少しでも多く、日常の中にあってほしい」という思いが強くなった。美しさは男性も女性も持っている。「人が本来持つ力を引き出せれば、最期まで美しく生き切れる。たとえ治療はできなくても本人が心地いい状態を作りあげることは最期の瞬間までできる」という。

「リングスケア」が商標登録されると、ロゴマークによってネーミングとフィロソフィーが浸透する。介護や医療施設でリングスケアを導入していることも伝えやすくなり、現場のスタッフの意識も高まる。

「個人をかけがえのない存在として尊重するケアを大切に広めていきたい」とNOTICE代表の大平氏

大平氏は「医療介護の中で『ケア』の価値をみんなが認識する社会にしたい」と考えている。見えにくい「ケア」の価値を「見える化」したのが、商標だった。大平氏が考えるケアは、介護をそのまま示すものではなく、個人をかけがえのない存在として尊重するケアリングだ。看護学を確立したナイチンゲールの影響を受けており、「その人の持つ回復力、生命力を最大限に発揮できるように生活のあらゆるものを整える」という看護独自の機能と力を忘れてほしくないという。

目に見えない事業の価値を知財(商標)として「リングスケア」という形に落とし込んだことで、大平氏が大切にしている「看護観」を守りながら、多くの人に、「ケアリング」を共有できる仕組みが実現する。今後は「リングスケア」を通じて、看護や介護の社会的価値が高まってほしいという。

「生地の廃棄削減システム」の知財共有が、ファッション界を変革させる

洋服に使用される生地の15%から30%は端切れとなり廃棄される。こうしたファッション産業の社会課題の解決に目を向けたのが、2019年創業のSynflux(シンフラックス、東京都中央区)だ。

代表取締役社長の川崎和也氏は「僕たちのミッションは惑星のためのファッションをつくること」という。現在、最も力を入れているのが、機械学習を応用したデザインシステム「アルゴリズミック・クチュール」の開発と事業化だ。

Synflux代表取締役社長の川崎氏 パーカーの左側は自社技術による生地の無駄を少なくした型紙で製作。

洋服は生地をパーツごとに裁断して縫製して作るが、布は四角ベースで生産されるためカーブなどのパーツを切り出す時に端切れが出る。Synflux は、廃棄される端切れを減らし、体にフィットする型紙をコンピュータが自動製作するシステムを開発した。川崎氏は「洋服というよりは、サステナブルな洋服を作るための技術をつくっている」という。

世界的には人口が増加し、ファッション産業のマーケットは拡大傾向にあるが、製造にかかるエネルギー使用量やライフサイクルの短さなどから環境負荷が大きい産業と指摘されている。川崎氏は「次の50年のファッション産業では、環境負荷を減らすサステナブルファッションが最重要課題。ファッションは、良くも悪くも社会課題の象徴になる」とみる。

こうした中、大量に発生する生地の端切れ問題の解決に向けて、川崎氏は「大量生産されるシステムに原因がある。ファッション産業の皆さんと一緒に、個々の製品ではなく、洋服づくりのシステム、仕組みレベルでアプローチしたい」と思いを語る。

「生地の廃棄が減るシステムを1社で独占しても、減らせる廃棄量は少ない。社会課題の解決につながる知財は、保護するだけでは、効果とともに社会的なインパクトが少なくなる。複数企業間でアライアンスを組むためにどのように知財を生かすかという発想の転換が必要」という。

川崎氏は特許庁の「I-OPENプロジェクト」への参加をきっかけに、知財専門家である弁理士と連携するようになり、デザインスタートアップとして特許をはじめとする知財を経営の重要事項として位置付けることができたという。社内に知財チームを立ち上げ、弁理士とデザイン担当者と技術担当者が議論できる体制を整えた。

実際、生地の廃棄を減少させるサービスやアルゴリズムについて、「200年以上続く既製服文化、ファッション産業のそのもののつくり方を変えるための技術。多くの人に使ってもらうことで相対的に価値が上がる。知財の取り扱い、どの部分をオープンにしたり、クローズにしたりするかは社会の仕組みづくりそのもの」という。

Synfluxの残糸の廃棄が限りなく少ない製法で生産したニットウェア「Synthetic Feather」(協業:HATRA) 撮影=Kai Tamaki

2022年に特許登録に向けて出願するとともに、特許を活用して、想いに共感する多くの企業と連携していきたいとしている。川崎氏は「ファッションはどんな課題でも創造的に解決しようとする。社会課題についても美しく面白く解決できるかを考えることも楽しみ」と語る。

※1「I-OPENプロジェクト」 特許庁の部署や職種を超えた有志からなるデザイン経営プロジェクトチームにより運営されている。「誰かの助けになりたい」「社会をより良くしたい」、そんな想いと創造力から生まれる技術・アイデアなどをいかして未来を切りひらく人々を知的財産の側面から支援する。

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