地域で輝く企業

岩手大学発ベンチャーとして小型・精密流体制御技術の世界トップメーカーを目指す

アイカムス・ラボ 岩手県盛岡市

「自分の技術を試してみたい」と40歳を機に起業を決意

主力製品は、独自開発のマイクロアクチュエーターを用い、微量の液体制御を手軽に安価、かつ高精度で行うことができるピペットとディスペンサー。ピペットは主に医療・研究現場で、接着剤の塗布などに使うディスペンサーは、製造現場で広く活用されている。

代表取締役社長の片野圭二さんが、地元の精密機器メーカーを退職したのは2002年5月、ちょうど40歳のときで、翌2003年5月に、岩手大学との共同ベンチャーとなるアイカムス・ラボを設立した。

当時の経緯を片野さんは、こう話す。

「会社の制度で、40歳から早期退職特例を受けられることもあり、その前から『外に出て自分の技術を試してみたい』と思っていました。そうした折、勤めていた事業所の閉鎖が決まったことから、退職することにしました。自身で起業する、他の企業に再就職する、ふたつの選択肢があったのですが、前職のときに共同研究を通じて付き合いのあった、当時の岩手大学工学部附属金型技術研究センター長・岩渕明さん(元岩手大学学長)らから、経済産業省の研究開発事業に一緒に取り組まないかとタイミングよく誘われ、研究を進める中、共同での起業を決意しました」

アイカムス・ラボ設立の経緯について話す代表取締役社長の片野圭二さん

ふたつの技術を駆使してアクチュエーターの小型化を実現

経産省の事業に手を挙げる際に、研究テーマとして片野さんが提案したのが、「プラスティック成形加工」と「不思議遊星歯車機構」を駆使した「マイクロアクチュエーター」の開発だった。

アクチュエーターとは、エネルギーなどを物理的運動に変換する仕組みを指し、具体的には電動機やエンジンなどがそれに該当する。片野さんが前職の時代に携わっていたのがプリンターの製造で、いわばアクチュエーターの専門家。当時から、アクチュエーターのマイクロ化=小型化のアイデアを胸に温めていた。

「アクチュエーターはモーターと歯車減速機で構成されており、モーターの力を小さいスペースで、大きな力に変換するのが歯車です。金属でなく、プラスティックで作ることで、歯車の軽量化・小型化が図れるものの、金属と比べると歯の摩滅が早いのが難点です。それを岩手大学が持つ精密金型加工の技術を使うことで、耐久性を高めることに成功しました。

通常、歯車は数を重ねると減速し、その分、力が増幅されます。車でローギアに入れるとトルクが出るのと同じ原理です。力を増幅させるためには、歯車の数を増やすことが必要なのですが、不思議歯車の考え方を使うと4分の1の歯車の数で同じ力を出すことができます。イギリスで100年以上前からある技術で、これまであまり実用化されていなかったのですが、私たちはそれに目をつけ、構造特許を取得して製品化しました」(片野さん)

プラスティック歯車減速機の優位性についてのアイカムス・ラボの説明書(一部改変)

最初の製品は失敗、部品供給で事業を軌道に

これらふたつの技術を駆使した独自のマイクロアクチュエーターが、経産省の事業として採択され、マイクロプリンターの開発・商品化に取り組む。そして、2004年6月、同社初の製品として、超小型プリンター「Primpact」が完成した。いまのスマートフォンくらいの大きさで、当時の携帯電話に届いたメールを名刺サイズの紙にプリントアウトすることができる、当時として画期的な製品だった。価格は、10万円。ところが、結果は失敗に終わった。

「念願の製品が完成したのに加え、Yahooのニュースで大きく取り上げられたこともあり、『これでベンチャーとして成功した』と喜んでいられたのは束の間でした。いくら待っても、売れないのです。『おもしろい』というのと、『売れる』は違うのです。そのときに学んだのは、お客様のニーズを知ることが大事だということと、ベンチャーで最初から完成品で採算化することはむずかしいということです。当時、カメラのオートフォーカス機能や、道路工事などでよく使われる測量器にアクチュエーターが採用され始めたことから、そちらの部品供給に舵をとり、事業を軌道に乗せることができました」(片野さん)

それでも、自社オリジナル製品へのこだわりも捨てることはなかった。捲土重来を期して、2013年に開発・販売したのが、冒頭に紹介したペン型電動ピペット「pipetty」で、2016年には、コードレス精密ディスペンサー「Tofutty」の販売も開始した。現在では、大手精密機器メーカーのOEM製造に加え、個別のオーダーに応えるカスタム開発も手がけている。

主力製品のペン型電動ピペット「pipetty」(左)とコードレス精密ディスペンサー「Tofutty」

地域のベンチャー企業育成にも積極的に取り組む

自らの出自が、地方発ベンチャーということから、地域のベンチャー企業育成にも積極的に取り組んでいる。その取り組みの核となるのが、東北ライフサイエンス・インストルメンツ・クラスター(TOLIC)という産学官金連携体で、ライフサイエンスに関わる、ものづくりの産業集積を目的に、2014年に片野さんらが中心になって設立した。現在、33社、67機関が加盟している。

主な活動として、加盟企業同士の共同研究開発の推進や、プロジェクトの企画・実施、広報活動支援などを行っており、これまでにTOLIC由来の製品7つが販売に至り、共同で海外販売するために会社も設立。次世代の人材育成にも積極的で、高校生参加のカンファレンスの開催や、海外の医療器具展示会参加のための渡航費補助事業なども行っている。

東北ライフサイエンス・インストルメンツ・クラスター(TOLIC)のカンファレンス会場

小粒でも自主性がある企業の連携で地域産業を底上げ

エンジニアとして38年のキャリアを持つ片野さんは、進路選択も「文系より理系の方が自分に向いているかな」くらいの気持ちで、勤め始めた当初は、技術そのものに対して特別な思い入れはなかったそうだ。それが仕事を続けるうちに、「技術っておもしろいな。自分に向いているのかも」と思うようになったという。

岩手県のものづくりに掛ける思いとアイカムス・ラボの今後について、片野さんはこう話してくれた。

「これからの時代、かつてのように大きな企業があって、その城下町的に地域が栄えるのではなく、小粒でも自主性がある企業が連携していくことで、地域産業の底上げができると思っています。TOLICの活動を通じて、それを実現していきたいですね。地方だと、働く場所がないということで、若い人が県外に出ていき戻ってこないこともあるのですが、そうではなく、岩手でもおもしろいことができるのだよ、ということも伝えていきたいです。

アイカムス・ラボとしては、スローガンとして掲げている『小型・精密流体制御技術の世界トップメーカーになろう』の実現を目指していきます。社員には、一人前の技術者として、自身で起業する力と意欲を求めています。実際、弊社から起業して、弊社とコラボして新製品を生み出した例もあります。スローガンの実現に向けて、他のベンチャーとネットワークを組みながら、事業を拡大していきたいと考えています」

主力製品の「pipetty」を手にその機能を説明する片野さん

【企業情報】

▽所在地=岩手県盛岡市北飯岡2−4−23▽代表者=代表取締役社長 片野圭二▽売上高=4.4億円(2021年9月期)▽設立=2003(平成15)年5月