政策特集不公正貿易とニッポンが戦う vol.4

日本から発信30年。「不公正貿易報告書」が世界に問いかける問題点

不公正貿易報告書 リポート

不公正な貿易とは何か―――  
意外とこれが難しい。自由貿易が望ましいといっても、国が貿易を制限する必要がある場合が当然存在するからである。

WTO(世界貿易機関)では、人々の健康の保護や天然資源の保存、あるいは安全保障などの理由があれば、加盟国が必要な措置をとることを認めている。一定の条件を満たせば、ダンピングに対抗するために関税を課したり、セーフガード(緊急輸入制限)を設けたりすることもできる。ただ、正当かどうか判断しづらい措置もあり、中には、保護主義の「隠れ蓑」として導入されていると疑われるケースも見られる。

経済産業省は毎年、各界の専門家とともに各国の貿易政策を分析し、その結果を「不公正貿易報告書」として公表している。創刊30年を迎え、今年も6月に2022年版が発刊された。

900ページ近くに及ぶこの分厚い報告書。どう読み解けばよいのだろうか。報告書をまとめた福山光博・前国際経済紛争対策室長に解説してもらった。

経済産業省の福山光博・前国際経済紛争対策室長

経済産業省の福山光博・前国際経済紛争対策室長

「ルール志向」が基本姿勢。各国の通商関係者も注目

―――  不公正貿易報告書とはどのようなものですか。

各国・地域の貿易政策・措置について、WTOをはじめとする国際ルールに照らして包括的に分析する日本で唯一の報告書です。経済産業省の産業構造審議会の小委員会で、国際法学者、経済学者、弁護士、さらには産業界の方々に議論をいただいたうえでまとめています。

日本の経済、貿易活動にとって重要であり、国際ルールとの整合性が問題となる可能性のある政策や措置を調査、指摘しています。かつて、日本は商慣行が閉鎖的だと批判された時代がありましたが、各国政府の政策・措置と直接関係がない問題は、対象としていません。あくまでも、対象国・地域の政策や措置をルールに基づいて判断しています。米欧にも似たような報告書は存在していますが、この「ルール志向」という考え方が日本の報告書の特徴です。

―――  どのように使われていますか。

報告書の形で専門家の方々に分析いただきながら、経済産業省として、報告書の指摘する問題措置などに対してどのようなスタンスで臨んでいくかを考え、特に優先的に扱う案件についての取組方針(「経済産業省の取組方針」)を、報告書と同時に公表しています。各国の通商関係者にも読まれていますので、日本政府の考えを伝える重要なツールになっているのです。

産業界に対しては説明会を開催するなどして内容を周知しています。日頃からのやりとりに加え、説明会の場で情報交換する中で、産業界から新たな懸念が寄せられ、翌年以降の報告書に反映されることがあります。

20か国・地域の150措置に「懸念あり」。増加する新興国・途上国

―――  2022年版不公正貿易報告書のポイントは。

20か国・地域の150措置について懸念を表明しました。毎年更新しており継続案件が多いのですが、新規に10件を取り上げました。このうち8件が新興国・途上国の措置です。不公正貿易報告書を創刊した頃は、先進国が中心でしたが、今は新興国や途上国が過半を占めています。

デジタル分野など、以前は想定されていなかった分野で、不透明な国内法規制を導入している事例が増えているのも、近年の傾向です。国内でのデータ保存を求める一方、国外に移転する際に過度な義務を課すような規制は、外国のサービス提供者に対して事実上不利な競争条件を強いる可能性があります。そのため、今年は、中国のデータセキュリティ法、個人情報保護法、ベトナムの個人情報保護政令案を新たな懸念案件として取り上げています。このような新しい分野では、国際的なルールづくりを進めていくことも、大変重要です。

今年の報告書で新たに取り上げた案件のうち、中国のデータセキュリティ法、個人情報保護法、同じく中国の標準必須特許(※)を巡る訴訟における禁訴令、ベトナムの個人情報保護政令案、米国の電気自動車税制優遇措置については、今年の取組方針で優先的に扱うと位置付けました。

※標準必須特許・・・標準規格を満たす製品やサービスを製造・提供するためには、実施することが必須である特許。特に情報通信の技術分野で多くの標準必須特許が存在する。

「貿易と環境問題」「サプライチェーンと人権」などの動向も紹介

―――  問題措置にどう対応しますか。

既にWTO紛争解決手続を始めている5件に加え、特に重視している8件に関しては、取組方針で「WTOでの紛争解決手続の開始も視野に二国間・多国間協議を通じて問題解決を図るもの」と整理しました。

また、今回の取組方針では、個別の案件について言及するだけでなく、「WTO紛争解決システムを巡る問題への対応」についても取り上げています 。日本としては、これまで国際紛争をルールに基づいて解決するよう努力してきましたが、WTOの上級委員会の不在が長期化しており、通商システムにおいてルールに基づくガバナンスが十分に働かなくなる懸念があります。このため、WTO紛争解決システムの改革を進めるとともに、有識者の方々に検討していただいた研究会の報告書も踏まえ、多国間暫定上訴仲裁アレンジメント(MPIA)などWTOを補完するアプローチをさらに検討・実行していく ことについても言及しています。
→第3回:試練のWTO「裁判」。打開に向けた日本の新たな一手は? を参照】

―――  報告書をどのような方に読んでいただきたいですか。

どこかの国とのビジネスに関わっている方は、その国の部分を読んでいただくだけでも、どのような問題が起きているかが、よくご理解いただけると思います。

報告書では、最近の貿易・通商政策の動向などに関する特集記事 も掲載しています。今年は創刊から30年ということで、これまでの報告書を通じて日本の通商政策の歴史を振り返ったほか、 貿易と環境の関係や、企業のサプライチェーンと人権を巡る動向といった最近の話題も紹介しています。

ビジネスパーソンだけでなく、通商の世界に興味のある方、特に学生や若い世代の方々にも、ぜひ一度目を通していただきたいです。

【関連記事】
「2022年版不公正貿易報告書」及び「経済産業省の取組方針」(経済産業省 2022年6月)