政策特集不公正貿易とニッポンが戦う vol.1

もし輸出先で突然税金をかけられたら?その時、国が代わりに戦う「WTO紛争解決システム」

22兆ドル(=2992兆円)。この途方もない金額は、2021年の世界のモノの貿易額の合計である。過去四半世紀で4倍以上に増加し、世界経済の成長を引っ張ってきた。

ただ、各国政府には自国企業を守ろうとする力がどうしても働く。外国製品を狙い撃ちして高い税率をかけたり、国が補助金を付けて自国製品を安く輸出したりするなど、保護主義的な動きは後を絶たない。米中対立で象徴されるように、各国間の綱引きは激しさを増しており、日本企業が巻き込まれるケースも少なくない。

資源を持たない日本にとっては、自由貿易は生命線である。世界を覆いつつある不公正な貿易を取り払っていくためには、どうしていくべきかを考える。

初回は、WTO(World Trade Organization、世界貿易機関)が持つ紛争解決システムを紹介する。相手国の一方的な措置で不利益を受けた企業が泣き寝入りを余儀なくされないように、国がWTOを舞台に「裁判」を起こし、是正を求める手続きである。

WTO 自由貿易の番人 スイス・ジュネーブ

WTOは「自由貿易の番人」という大役を果たしてきた (スイス・ジュネーブのWTO本部)

WTOは「自由貿易の番人」。公正なビジネスを守る世界共通ルール

そもそもWTOとは何か。1995年に設立され、「自由貿易の番人」とも称される国際機関である。スイス・ジュネーブに本部を構える。

1948年に発足した「関税・貿易一般協定(GATT、ガット)」が前身。1930年代に世界に保護主義が広まり、友好的な国同士だけで貿易をしようとする経済のブロック化が進んだことが、第2次世界大戦につながったとの反省から、世界で共通ルールを定めるなどして、自由貿易の旗振り役となってきた。日本は1955年に加わった。

関税などで最も有利な条件はすべての加盟国に等しく適用させる「最恵国待遇」や、国内では輸入品を国産品と同様に扱う「内国民待遇」などの基本原則は、WTOに引き継がれている。WTOは、貿易の発展に伴い、ルールの対象をモノだけではなく、サービスや知的財産権などにも広げている。

WTOに現在加盟しているのは164の国・地域。先進国はもちろん、中国やロシア、産油国、多くの発展途上国を含む。世界貿易で加盟国が占める割合は 97%以上になる。事務方トップの事務局長は、2021年からナイジェリア人女性のオコンジョ=イウェアラ氏が務めている。

審理は2審制。判断の一貫性を高める上級委は「王冠の宝石」

どんな貿易のルールを作ったところで、見解の違いなどから、国同士で対立が生まれることは避けて通れない。WTOの紛争解決システムは、力ではなく、ルールに基づいた客観的な判断によって状況を打開することを目指している。

WTO 紛争解決手続き パネル 上級委員会

WTOでの紛争解決手続きの流れ

紛争が生じたときは、まずは相手国と協議する。そこで一致できないときに、相手国をパネル(小委員会)に訴えることができる。

審理にあたるパネリストは、原則として当事国以外から3人選ばれる。パネルは、問題とされた措置がWTO協定に反すると判断すれば、報告書の中で措置の是正を勧告する。

WTOでは、パネルの判断に異議がある場合に、もう一度審議する「上級委員会」(上級委)が設けられた。上級委での審理では基本的には法的解釈及び法適用が争われる。上級委は、パネルが行った法的解釈や法適用の妥当性を判断した報告書をまとめる。

パネルでは紛争ごとにパネリストが選ばれるため、判断にばらつきが出ることもあった。これに対し、上級委ではあらかじめ選ばれた7人の上級委員が、案件ごとにローテーションを組み、3人1組で審理に当たる。担当しない上級委員も含め意見交換されるため、全体として一貫性のある判断ができるようになっている。
王冠の宝石(jewel in the crown)―――    。こう呼ばれるほど、上級委は高い評価を得てきた。

厳密ルールの対抗措置が報復合戦を防止。紛争の平和的な解決に道を開く

パネルや上級委の報告書は、全加盟国が参加する協議体で採択されて、効力を持つ。GATTでは違反を指摘された国自身が反対して採択されない事態が生じていたが、WTOでは全加盟国が反対しない限り採択される方式に転換し、速やかに有効になるようになった。

「判決」が出てもなお従わない場合はどうするのか。裁判であれば裁判所が最終的には差し押さえなど強制的な手段をとれるが、国同士の紛争では同じようにはいかない。

訴えた国は、是正勧告を受けた国が定められた期間内に対応をとっていないと考える場合は、履行確認のためのパネルが利用可能になる。同時に、対抗措置の承認を求めることができる。

一方で、対抗措置をとれるのは、是正勧告を受けた国がその期間内に対応せず、しかも、違反とされた産品以外で関税引き下げなどの代償の内容について合意できない時とされる。ルールにのっとらずに、一方的な対抗措置を打つことは禁じられており、貿易紛争がエスカレートして報復合戦になることを防いでいる。

紛争解決システムは、2022年7月27日までに612件が利用された。提訴になりパネルに進んだのは328件、上級委に上訴されたのは149件ある。提訴すること自体が圧力となり、二国間協議でまとまることも多く、紛争の平和的な解決につながっている。

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