政策特集スタートアップが育つエコシステムを今こそ vol.2

スタートアップ創出元年、「5か年計画」で政策をギアチェンジ

スタートアップ経営者 岸田首相  スタートアップ創出元年 スタートアップ大賞

スタートアップ経営者たちと並ぶ岸田首相(中央)。政府は2022年をスタートアップ創出元年と位置づけている

日本経済が成長軌道を取り戻すために欠かせないのが、勢いのあるスタートアップの出現だ。政府は2022年を「スタートアップ創出元年」と位置付け、年末までに「スタートアップ育成5か年計画」を策定する方針を打ち出している。

スタートアップはなぜ大事で、育成のためにどのような具体策を考えているのか。経済産業省の吾郷(あごう) 進平・大臣官房スタートアップ創出推進政策統括調整官に話を聞いた。前例にとらわれず、これまでの政策から大きくギアチェンジを図るという。

経済活性化にスタートアップが不可欠。日本は世界と大きな差

スタートアップ育成 エコシステム 経済産業省 吾郷進平 スタートアップ創出推進政策統括調整官

スタートアップ育成でエコシステム作りの重要性を強調する経済産業省の吾郷進平・スタートアップ創出推進政策統括調整官

―――    どうしてスタートアップ育成が必要なのでしょうか。

日本経済が力を取り戻すためには、やらなければいけないことが2つあると考えています。1つは、再び既存の大企業などの競争力を高めることです。もう1つがスタートアップの育成です。

米国では、GAFAM(Google、Amazon、Facebook、Apple、Microsoft)のような企業が次々と大きく成長していることが、経済の強さにつながっています。新たな担い手がどんどん入ってこないと、経済の活力は失われてしまうのです。

―――    日本の現状は。

2021年までの8年間で、国内スタートアップへの投資額は約9倍に増えました[1]。それでも世界のスピードには追いついていません。ユニコーン企業(企業価値10億ドル超の非上場企業)は、日本の11社に対し、米国は488社、中国は170社あります[2]。世界にはデカコーン(同100億ドル超)やヘクトコーン(同1000億ドル超)と呼ばれるスタートアップも存在しており、数でも規模でも差が開いています。

人材・資金を大きく生み育てる。それを実現する「エコシステム」

―――    スタートアップが生まれにくい原因は。

起業家の数そのものが少ない。優秀な人材が大企業に集中し、スタートアップに移動しない。スタートアップに投資するベンチャーキャピタル(VC)などファンドの規模が小さい。スタートアップが海外を視野に入れた事業展開をしていない。こうした問題点はこれまでも繰り返し言われてきました。難しいのは、それぞれが絡み合っているということです。

専門家の話を聞くと、「シード」と呼ばれるビジネスのアイデアや技術の核になる部分は、日米のスタートアップでそれほど質に差はないそうです。ただ、米国ではVCが投入する資金量が圧倒的に多く、スタートアップは大企業や大学から優秀な人材をどんどん獲得でき、事業を幅広く展開し、日本とはまるで異なるスピードで成長しています。その結果、VCがさらに多くの資金を集めることができています。

こうした「エコシステム」と呼ばれるスタートアップを大きく生み育てていく環境が、米国では民間の力で形成されているのです。日本でも民間だけでできるのが理想的ですが、資金面などで難しく、今は、官民で力を合わせて、エコシステムを作りあげていかなければならない状況だと認識しています。

日本のスタートアップを取り巻く現状 第4回産業構造審議会経済産業政策新機軸部会 2022年2月16日 提出資料

日本のスタートアップを取り巻く現状=第4回「産業構造審議会経済産業政策新機軸部会」(2022年2月16日)提出資料より

課題が絡み合っているからこそ、大事なことはそれぞれの課題について漸進的にアプローチするのではなく、全ての課題を一気呵成に解決することです。政策の規模も1桁違う形にしないと、十分な効果を引き出せません。

―――    政府はエコシステム作りをどう進めますか。

経済産業省だけでなく、さまざまな省庁が手を取り合い、政府一体となって取り組んでいかないといけません。6月に閣議決定した「新しい資本主義の実行計画」では、スタートアップ育成の司令塔を設けることが盛り込まれました。そのもとで年末に5か年計画を作っていきます。

個人保証ゼロ、公共調達拡大、ファンド強化…起業促進に全面支援

―――    そもそも起業家を目指す人が少ないように見受けられます。

原因としてよく指摘されるのが、失敗に対する危惧や恐れが強いこと、より具体的には、金融機関などからの借金を会社が返済できなくなった時に、経営者が代わりに返済することを約束する個人保証を抱えることへの不安があります。起業家を増やすためには、スタートアップが金融機関から融資を受ける際の個人保証の慣行をなくしていくべきでしょう。

すでに、日本政策金融公庫は一部の創業企業には個人保証を取らずに融資を実行しています。これを商工中金にも広げるとともに、民間金融機関の融資でも経営者保証をなくしていくための方策が必要です。

また、スタートアップの担い手を増やしていくために、IT分野で突出した人材を発掘・育成する「未踏事業」の拡大を検討します。この未踏事業では、2000年度からのべ約2000人が修了し、約300人が起業・事業化をしています。人工知能開発「シナモン」の平野未来社長や、ニュースキュレーションアプリ「スマートニュース」の鈴木健会長も修了生です。IT以外の分野も対象にするとともに、海外の天才的な起業家予備軍を日本に連れてくるというアイデアもあります。

―――    スタートアップは売り上げを確保するのが大変です。

公共調達の拡大が有効でしょう。スタートアップの研究開発支援の拡大に加え、開発したその製品・サービスを政府や地方自治体の購入へと繋げるのです。スタートアップにとっては収入が得られるだけでなく、信用力向上につながります。宇宙開発の「スペース X」が米航空宇宙局(NASA)の仕事を受注して発展するなど、米国では盛んに活用されています。

日本にもすでにSBIR(Small Business Innovation Research)といった制度はありますが、各省庁のさらなる利用を促すための、仕組みを整備していくことが必要です。

―――    資金面の課題はどうしますか。

官民ファンド「産業革新投資機構(JIC)」などによる国内VCを通じた資金供給については、抜本的に拡大することが考えられます。特に、宇宙やエネルギーに代表される事業化までに巨額の費用と長い時間のかかる「ディープテック」への投資は、VCだけでは難しいです。JICがスタートアップに直接投資するだけでなく、国内のVCも育てるという観点からは、国内VCへの資金投入の拡大も検討すべきです。

一方で、海外VCの呼び込みも議論になるでしょう。海外VCは資金だけでなく、事業を拡大させるためのノウハウや人材、ネットワークを豊富に抱えています。海外VCと連携をしていくことで、国内のスタートアップをより大きく育てていけるチャンスが広がります。

―――    スタートアップに関わる方へのメッセージを。

スタートアップが育たなければ、これからの日本経済は厳しいという危機意識をもっています。政府として、できることはやり尽くすつもりですので、大いにチャレンジしていただきたいです。

[1] INITIAL 「Japan startup finance」2022年1月25日時点のデータ

[2] CB Insights 「The Complete List of Unicorn Companies」、STARTUP DB