「量子」産業化への道。いろんな企業が声を出し合おう
世界で量子コンピュータの産業利用の動きが加速している。量子技術を産業に生かし、社会経済システム全体に取り入れていくためには、日本で今、何が必要か。関連企業でつくる「量子技術による新産業創出協議会」(Q-STAR)で先進事例づくりに取り組む岩井大介氏(富士通)、遠山美樹氏(NEC)、高野秀隆氏(長大)の3人に語っていただいた。聞き手は堀部雅弘・経済産業省研究開発調整官。
日本が新市場開拓で優位に立つ技術はある
堀部 量子コンピュータの研究が活発になったのは、海外も含めて2018年ごろからでハードウェアは米国勢がトップを走って開発し、野心的なロードマップを発表しています。我々としては、ハード開発の勝負も引き続き重要ですが、直近の産業競争の面から勝負すべきところが多くあると考えています。量子コンピュータで、日本が強い部分はどこにあり、海外勢とどんな観点で勝負すればよいでしょうか。
岩井 新しい量子技術が立ち上がった時のことを、ベンダー企業側の視点で想像します。最初は、単独の技術ではなく、他のコンピュータ技術も含めた技術と融合して社会実装されていくと考えられます。この技術の融合には、各業務に応じた処理を行うアプリケーションソフトとハードウェアを結ぶ、ミドルウェアの技術がとても重要です。日本勢が圧倒的に海外勢と違うのは、量子コンピュータから着想を得た量子インスパイアード技術※が充実していることです。
(※量子インスパイアード技術…量子現象に着想を得たコンピューティング技術で、量子効果そのものは利用していないが複雑な計算を高速に処理できる技術。)
堀部 日本は量子インスパイアード技術により新市場開拓の点で優位に立てるということですね。
岩井 量子インスパイアード技術によって従来の汎用コンピュータで、量子コンピュータが得意とする多数の組み合わせから最適な選択肢を求める「最適化問題」を素早く解くことができます。富士通の「デジタルアニーラ」をはじめ、東芝「SQBM+」、NEC、日立も開発しています。本格的な量子コンピュータが登場した時に備えて、量子インスパイアード技術を活用して、いち早く社会実装できることが今の日本の優位性です。
遠山 量子インスパイアードは、日本勢が先駆けて開発に注力しており、期待できます。Q-STARには、ベンダー企業として参加していますが、ユーザー企業の方々とプロジェクトを進める中で、「ユーザー企業にとっては量子技術であるかは別にして、目の前のビジネス課題の解決につながる技術が重要」と感じています。だから、まずは量子インスパイアードを利用してさまざまなビジネス領域をいち早く開拓し、量子技術が市場に入っていける戦略をとることが、日本のアドバンテージとなる可能性があります。
高野 ユーザー企業の立場から言いますと、私はシステム開発をしていますが、どんなシステムでもつくってみて初めて見えてくる世界や新しいアイデアがあります。「量子アニーリングマシーン」は、量子コンピュータが得意とする最適化処理を行うための専用装置ですが、実際にこの装置を使ったことで、最適化処理で人間の行動が変わる「行動変容」を促す仕組みをプラスするとさらに付加価値の高いシステムにバージョンアップすることがイメージできるようになりました。Q-STARで積極的に実証実験を進めて新しいアイデアにつなげたいです。
「社会インフラの発展」に欠かせないユーザー企業の視点
堀部 物流、渋滞回避、勤務計画、製造計画や金融分野など、「最適化」によるコスト的なメリットの次のアクションとして、カーボンニュートラル社会や人にとって豊かな社会の実現に向けた行動変容など社会学的な観点からの議論も深めていきたいですね。量子技術を利用し新産業が開拓され、発展するエコシステムをつくるためには、どんな視点が必要でしょうか。
遠山 高野さんとは、部会の物流インフラチームで一緒に活動しています。ユーザー企業に将来の社会や環境の変化を見すえて、機能として量子技術に期待できる部分を推測するとともにセキュリティー面など実際にビジネスをしている観点での意見をいただきます。それをもとに、我々ベンダー企業が新たな量子技術の活用方法を提案して一緒に議論をおこなっています。今はわずかな人数での活動ですが、将来的には、多くのユーザー企業に広がる可能性を感じています。
岩井 海外の量子産業コンソーシアムと比較してQ-STARは、ユーザー企業の参加が多いという点も生かせると思います。「社会インフラをどうするか」といった議論もユーザー企業の視点が大切です。テストベッド(実際の環境に近い状態での利用環境)を多くのユーザー企業に利用してもらうことで、産業のすそのを広げていきたいです。
高野 Q-STARの会員企業では、各社の競争領域や協調領域という議論をこえ、日本として産官学の枠をこえて協調領域を考えたいです。かつて「Windows」というOSが生まれたことで、インターフェイスがビジュアル化されパソコンがとても身近なものになりました。量子コンピュータでも、こうしたOSをQ-STARのみなさんで開発できたら面白いですね。
「量子技術の利用者1000万人」へ 国の人材育成策に期待
堀部 最後に産業技術総合研究所、経済産業省をはじめ政策面で国に期待することを教えてください。
高野 長大では、プロジェクトを立ち上げた時にアイデアを裏付けるための学術機関との連携の必要性を感じています。量子技術にかかわらず「どこにどんな専門家がいるか」といった情報を速やかにキャッチできるよう国との連携を密にして事業のスピードアップを図りたいです。
遠山 「量子社会未来ビジョン」では、2030年に量子技術の利用者を1000万人に増やすことを掲げています。「量子適用人材」を増やすために、技術者以外の人も含めた教育、日本全体で進めていける人材育成策を期待しています。
岩井 量子コンピュータをはじめとするハイブリッドコンピューティングの分野は、それをどう使うかが主眼になります。ハイブリッドコンピューティングで日本の産業をどうつくっていくか。ニーズとシーズのマッチングの場は非常に重要です。国の政策として、大きな絵を描くために必要な大きなお皿を作ってもらえるよう期待しています。
堀部 量子技術を使って産業を強くするとともに、暮らす人が幸せになり社会的に住みやすい世の中にしていくか、さらにそれを利益として還元できるようなシステムを皆様と一緒につくっていければと思います。
<出席者>
岩井大介氏(Q-STAR最適化・組合せ問題に関する部会長、富士通株式会社Strategic Engagement Officeエグゼクティブディレクター)
遠山美樹氏(Q-STAR最適化・組合せ問題に関する部会・副部会長企業、NEC先端プラットフォーム事業部門 量子コンピューティング事業統括部上席プロフェッショナル)
高野秀隆氏(Q-STAR最適化・組合せ問題に関する部会メンバー企業、株式会社長大事業戦略推進統轄部IT戦略推進部量子技術イノベーション戦略推進グループ長)
<聞き手>
堀部雅弘(経済産業省産業技術環境局研究開発課研究開発調整官)