政策特集文化と経済の好循環の創出~経産省が文化経済政策に取り組む意義 vol.2

ファッションの未来を考える

クリエイターの作品にNFT(ブロックチェーン証明書)を発行し、新たな収益還元の仕組みを提案する実証事業を実施した。
(写真はファッションデザイナーYUIMA NAKAZATOによる作品。スタートバーン株式会社提供)

 ファッションは時代・時代の文化や価値観を映す鏡であり、文化による新たな付加価値創出を考える際に欠かすことができない要素でもある。一方、気候変動を始めとする環境問題の深刻化等を受け、ファッション業界も持続可能な産業への転換が急務とされる中、デジタル化や他領域からの市場参入もあり大変革期を迎えている。さらなる成長を遂げていくためには、今、ファッション業界には何が必要か、考えてみたい。

伝統の強みを生かす

 国内のファッション業界は、苦境が続いている。国内アパレルの市場規模は1991年の約15兆円から2019年には10兆円程に減少。衣料品の購入単価も6割程度に下落している。拡大する世界市場に対する衣料品の輸出額は微増傾向であるものの、諸外国と比較し依然として小さい。

 一方で、日本には、長い歴史をかけて磨き上げられてきた伝統技術・技法が多数存在し、品質の高い生地・素材の産地としては、海外市場で評価されている。日本の生地の輸出額は約2279億円で、アパレル輸出額全体の約30%も占める。
 例えば、「デニムの聖地」と呼ばれる岡山県児島地区。400メートルほどの商店街には約40軒の専門店が並ぶ。店舗によっては店先でこだわりである職人による藍染めや織り機の見学ができる。海外の高級ブランドからのラブコールも絶えない。
 世界的に見てもこうしたローカルに継承されてきた伝統工芸や技術・技法が熱い視線を集めている。スペインのロエベは優れた手工芸技術を支援するクラフトプライズを主催し、受賞者と自社ブランドとのコラボレーションを実施。イタリアのフェンディは、イタリア各地の職人とのパートナーシップによる製品開発プロジェクトを展開している。
 衣料品の原材料費は、製品販売価格の10~40%程度だと言われているため、素材としての輸出だけではなく、最終製品として展開することも重要である。日本でも、デザイナーと産地の双方がお互いに刺激し合いながらこれまで以上に協業することが、さらなる高付加価値を生み出すことにつながる。

TOMO KOIZUMIは2021年に京都で実施したショーにて、日本に根付く文化や西陣織や丹後ちりめん、京扇子等の伝統工芸や技術・技能、素材を組み合わせたコレクションを製作し、海外に発表した。(提供:TOMO KOIZUMI)

脱「大量生産、大量消費」

 「約9500万トン」。国内に供給される衣服の原材料調達から廃棄までに排出される二酸化炭素排出量だ。これは、世界のファッション産業から排出される二酸化炭素の4.5%に相当する。水の消費量も多く、Tシャツ一枚の生産に必要な水は、5人分の一年間の必要飲料水量に相当するという。

 国内の衣服の供給点数は91年の20億点から19年の40億点と倍増している。「大量生産、大量消費」モデルに歯止めがかからない状態になっている。
ファッション産業の環境負荷が課題になって久しい中、業界からも持続可能なシステムを目指す動きが見られる。
 例えば、適量生産を支えるシステムとして、DtoC(Direct to Consumer)と呼ばれる、製造事業者が消費者に対して直接販売するビジネスモデルがそのひとつだ。
 「健康的な消費のために」をブランドコンセプトとするfoufou(フーフー)は、実店舗を持たない。SNSや全国で開催する無料の試着会における消費者との直接のコミュニケーションを通じて製品を販売している。セールをしないことを前提に、売り切れる量だけを生産し、人気商品は再販売する。消費者は購入時期を気にすることなく高い満足度で買い物を楽しむことができ、同時に、作り手も新作のデザインに挑戦できる。
 シェアリングエコノミー、サブスクリプションサービス、リセール市場の活性化も需給ギャップの縮小には有効だろう。
 時計の「Karitoke(カリトケ)」、バッグの「Laxus(ラクサス)」、着物の「KIMONO Share」などのレンタルサービスや「エアークローゼット」などの幅広い衣服を定額レンタルできるサービスも出てきている。リセールの「メルカリ」は利用している人も多いだろう。
 5回目に詳述するが、環境負荷の低い新素材の開発なども注目されている。

デジタルの可能性

 業界を大きく変える可能性を秘めているのがデジタル市場だ。
 メタバース(仮想空間)やSNSにおけるコミュニケ―ションの普及でデジタル市場が拡大している。例えば、世界中に3億5000万人以上のプレイヤーを有する戦闘ゲーム「Fortnite(フォートナイト)」では、戦闘力にはほぼ影響しない外見を変える有料アイテム「スキン」の売上が増加している。その年間売上高は、グローバルラグジュアリー企業の売上を超えるほどである。仮想空間においては、現実空間の物理的な制約を受けない自由な自己表現が可能となることから人気を集めているとも指摘される。グローバルにおける年間ゲーム内アイテムへの課金額の推移を見ると、2020年に約150億ドルのところ、2025年には200億ドルを超える見通しである。ファッション業界は今後ゲーム業界など異業種との連携も重要となるだろう。

chlomaは、仮想空間と現実空間のそれぞれに向けて同じデザインの服を販売している。(提供:chloma)

「人」と「自然」に調和的な世界の構築に向けて

 持続可能性を前提とした上での、高付加価値創出に挑戦する動きを国も後押ししている。経済産業省は2021年11月ー12月に有識者会議「これからのファッションを考える研究会 ~ファッション未来研究会~」を5回開催。ゲーム業界などの異業種との連携やバイオ技術の活用、海外需要の獲得策などを議題に、これからのファッションについて議論した。
 討議を踏まえ、偽造不可な証明書である「NFT」やブロックチェーン技術を使って、リセール取引額の一部をクリエイターや生産者に還元するという新たな収益還元の仕組みを提案する実証実験を始めたほか、長い歴史をかけて磨き上げられてきた地域の伝統技術・技法を世界に届け、さらなる未来に向けた新たな文化創造を促す観点から、世界的に評価されているクリエイターと地域の伝統・強みとの協働を促すことで、グローバルとローカルをつなぎ、文化と経済の循環を促す振興策も開始する。