METI解体新書

知っているようで知らない、WTOの世界

【通商機構部】
 経済産業省という複雑な組織を「解体」して、個々の部署が実施している具体的な政策について、現場の中堅・若手職員が分かりやすく説明する「METI解体新書」。

 第8回は通商政策局 通商機構部の井上 文参事官補佐です。

世界共通のルールを議論する

 「通商政策」と言ってもピンと来る方はそう多くないと思います。「通商」とは外国と商取引をすること。通商政策局の基本的な役割は、世界各国と円滑な商取引ができる関係(通商関係)を構築し、維持することです。その中でも、私が所属する通商機構部は、多数の国の間での枠組みやルールを扱っています。具体的には、現在164か国が加盟しているWTO(World Trade Organization:世界貿易機関)を通じて世界各国と議論を行っています。

WTOってそもそもなんだろう

 WTOは、自由で公正な世界貿易を推進するためのルール作りをする唯一の国際機関です。簡単に言うと、世界中から国が集まって議論し、物やサービスの貿易がより自由・円滑に行われるためのルールを決める場です。
各国が自国産業を守ろうと保護主義に走ったことが第二次世界大戦の一因となった経緯も踏まえ、相互的・互恵的な取り決めの下、自由貿易を拡大し生活の向上を図ろうという考えが大元にあります。

 今、世界の大半の国との間で、日本が輸出する自動車や半導体に高い関税が課されたり輸入が制限されたりしないよう、また、海外に進出した日本企業が現地で認可を取得する際に差別されないよう求められるのは、WTO協定という通商の基盤となるルールがあるからこそのこと。

 より身近な話では、私たちが様々な製品を手頃な価格で買えるのもWTOのおかげです。例えば、新型コロナウイルス感染症が拡大し始めた頃、一部の国々が輸出を規制したことでマスクやワクチンなどの医療物資の供給が滞りました。緊急時であっても貿易障壁が無秩序に作られないように合意形成を行うことも、WTOに期待される役割です。

3つの課題にチャレンジ

 WTOは原則として2年に1度、閣僚会議が開催されます。新型コロナウイルス感染症などの影響で開催が延期されていますが、次回の閣僚会議では「WTO改革」が大きな論点の一つです。WTOには①交渉、②紛争解決、③監視という3つの機能があり、それぞれについて「新たなルールの交渉」「紛争解決システムの機能の回復」「監視機能の強化」が課題です。

 WTOの設立(1995年)から既に四半世紀が経過しています。近年重要度が高まる「環境」や「デジタル」といった新たな分野でのルール作りが1つ目の課題です。各国の置かれている状況が異なるため、新しいルールへの合意はとても難しいのですが、日本はEUや豪州、シンガポールなどとともに、有志の枠組を作って積極的に議論を推進しています。

 2つ目の課題は紛争解決機能、いわゆる「裁判」機能の回復です。WTOは二審制を取っていますが、現在、上訴審の機能が停止しています(※)。せっかく皆で合意したルールがあっても、裁判の機能が働かなければ「守らなくてもいい」と考える国が出てくるかもしれません。機能停止の背景には国同士の意見の違いがあるため、早急に話し合う必要があります。
 ※2019年12月に上級委員会(上級裁判所に相当)の2人の委員が任期満了を迎えて以来、新委員の選任手続が止まっているため審理を行うための3人の定足数を満たせない状態が続いている。

 3つ目の課題は、モニタリング(監視)機能の強化です。加盟国は、国内企業への補助金や国内市場を守る輸入規制といった措置を行う場合、WTOへ自ら報告(通報)しなければなりません。しかし、必ずしもきちんと報告がなされていないのが実態です。各国の措置がWTOルールに則ったものであることを透明性をもって互いに確認できるよう、報告状況の改善に向けて議論しています。

現地で熱量を感じる

 新型コロナウイルス感染症の影響で、国際的な会議の大半がオンラインへ移行し、世界各国と気軽にコミュニケーションがとれる利点を感じています。一方、そんな今だからこそ、大事な局面での対面会合の意義を感じることもあります。

 昨年10月、仏パリで開催されたWTO非公式閣僚会合に上司と参加した際には、各国閣僚による熱弁が続き、会議は予定の2時間半を大きく超えて4時間半にも及びました。後ろの席で必死にメモを取っていた私にも、立場が異なっても共に交渉を進めようという皆の意志が強く伝わってきました。
 国家レベルの調整であろうと、そこには常に人と人の関係があります。同じ空間で一体感や緊張感を味わった出席者同士が、年数回でも接点を持って互いへの信頼を積み重ねることが交渉の打開につながるのかもしれない、今そう感じています。

政府ならではの仕事を、リベロとして

 WTOに関する業務は、とても楽しいです。元々は国内政策への関心が強かったのですが、数年前に「配偶者同行休業」という制度で英国に駐在する夫に同行し、国際分野の業務にも関心を持ちました。

 各国との交渉は「政府ならでは」の仕事です。これまで経験した企業と関わる仕事もやりがいがありましたが、あくまで主役は企業だと思っています。今の仕事は、自分自身が国というプレイヤーとして関わるという面白みや充実感があります。

 ストレス解消法は、映画を観ることと、バレーボールをすること。中学と高校ではバレーボール部で、ポジションはリベロでした。ユニフォームの色が違う“床とお友達”のあの役です。
 今の職場に来て半年余り、一人では途方に暮れてしまうような業務でも、いつも助けてくれる上司や同僚がいました。床際では自分がボールを上げるというリベロの気持ちを忘れず、今後も良いチームプレーを作っていきたいです。
 
 
【関連情報】
通商白書2021 第Ⅲ部第1章第2節 WTO