政策特集集う、創る、叶える、ふくしまで~福島イノベーション・コースト構想 vol.4

ゼロから挑戦するまちづくり

“水素のまち”を掲げる浪江町の取り組み

福島県浪江町の「福島水素エネルギー研究フィールド(FH2R)」。太陽光発電の電気で水を分解して水素をつくる。


 福島イノベーション・コースト構想では、復興後にどんな社会を目指すのか地元自治体と対話を重ねたうえで、6つの重点分野を設定している。その一つの分野が「エネルギー」だ。浜通り地域には、新しいエネルギーを活用した社会の構築を目指す自治体がある。『水素のまち』を掲げて町内で水素エネルギーの利用を推進し、企業による水素関連の実証プロジェクトの呼び込みにも成功しているのが福島県浪江町だ。

世界有数の施設

 2020年3月、町の沿岸部に位置する棚塩産業団地に建設された「福島水素エネルギー研究フィールド(FH2R)」が開所した。再生可能エネルギーを活用した施設として世界有数の水素製造プラントで、太陽光のエネルギーなどを用い、毎時1200Nm3(定格運転時)の水素を製造する能力を持つ。

 政府の2050年カーボンニュートラル宣言などを受け、日本では再生可能エネルギーのさらなる導入拡大が見込まれる。こうした背景から、電力系統の需給バランス調整を担う新しいエネルギー、そして使用時に二酸化炭素を排出しないクリーンなエネルギーとして「水素」が注目を集めている。FH2Rでは、インフラ企業やモビリティ関連企業などの民間企業が多数参画し、水素の「製造」「貯蔵」「輸送」といった各プロセスに関わる様々な実証が進行している。日本の水素社会の実現に向けた、技術開発の中核を担っている。

 FH2Rは、新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)が事業主体として運営する。そのNEDOが2017年に再生可能エネルギーを活用した水素システムのモデル事業構築等プロジェクトの実施候補地を公募した際、複数の候補地から最終的に決定されたのが浪江町だった。

 なぜ、浪江町はエネルギー分野に、さらには水素に着目したのか。

 浪江町は町内に原発が立地していない原発隣接自治体であったが、東日本大震災と東京電力福島第一原子力発電所の事故で大きな被害を受けた。町域の大部分はいまなお立ち入りが制限される「帰還困難区域」に指定されている。震災前は約2万1000人の町民が暮らしていたが、一時、その全員が町外での避難生活を余儀なくされた。

 震災で失われた生活・産業基盤をどう再構築するのか。浪江町産業振興課の小林直樹 新エネルギー推進係長は「町では被災当初から『原子力に依存しない新しいエネルギーを活用した社会にしていきたい』という思いが根底にあった」と振り返る。

オンラインで取材に応じる浪江町 産業振興課新エネルギー推進係長 小林直樹氏


 新しいエネルギーとなり得るものの一つに水素があった。ただ、被災当初は、社会的にも今ほど水素エネルギーの技術に注目されておらず、具体的にどんなまちづくりができるのかが不透明だった。こうした中で、前述のNEDOプロジェクトに巡り会ったという。

 採択後は、町が事業主体となり整備を進めていた棚塩産業団地を誘致場所として、その一画にFH2Rが設置された。小林係長は「FH2Rや水素利活用に向けた取り組みに対する期待を大いに感じている。各国の政府関係者や、全国各地の自治体関係者、多くの企業が視察などに訪れるとともに、多くの企業と連携した町内での水素関連の実証プロジェクトが組成されている」と手応えを語る。そのうえで、「この盛り上がりを今後のまちづくりにどう活かしていくかが重要だ」と先を見据える。

町内外の企業を巻き込み〝水素のまち〟へ

 浪江町では、町民や地元企業、実証への参画企業を巻き込みながら、新しいまちづくりを進めていこうとしている。

 FH2Rの開所に先立ち2020年3月に、2050年までに二酸化炭素排出実質ゼロを目指す「ゼロカーボンシティ」を宣言した。町内に再生可能エネルギーの導入・利活用を促進することはもちろん、目標達成のカギを握るのがFH2Rで製造されたクリーンな“浪江産水素”の地産地消だ。

 水素の利用拡大を進めるには、技術面だけでなくインフラ整備やコストなど課題が山積する。そこで、町全体で水素関連の実証を積極的に受け入れ、FH2Rでつくられた水素を浪江町内で「はこび」「つかう」試みを進めることで、これら課題の検証や克服につなげようとしている。これまでにサプライチェーン(供給網)の構築に向けた実証や、公共施設などでの水素燃料電池(FC)の活用、FCモビリティの町内利用を進めながら、水素ステーションの整備への支援施策を展開するなどさまざまな取り組みを行ってきた。さまざまな実証や企業との連携プロジェクトを通じて得られた知見をまちづくりに活かすほか、水素利用につながる設備を導入する地元事業者などを支援する。さまざまな場面で水素の活用可能性を探りながら、新しいエネルギーへの転換を目指す。

浪江町における水素利活用に関するプロジェクト(クリックで拡大)


 「水素を中心としたまちづくり」の中で復興を実現・加速させる浪江町に対する期待も大きい。小林係長は「避難されている方も含めてにはなるが、町民の燃料電池車(FCV)の購入台数は計70~80台に上る。人口あたりの台数に換算すると、全国の自治体でトップレベルだろう。震災以降、過酷な状況が続いているが、『水素を中心としたまちづくり』に対する期待感は確かだ」と説明する。

 浪江町は2017年3月末に一部地域で避難指示が解除され帰還が始まったものの、現在、町内で暮らす町民は約1800人にとどまる。事業所数は震災前の約1100から200まで減少し、生活再建、なりわい再建はともに道半ばだ。

 小林係長は今後について「再生可能エネルギー、水素エネルギーの利用拡大を軸に、町外から関連企業を呼び込み、地元と上手く連携させたい。互いに手を取り合うことで、新しい技術の創出とまちづくりの双方に寄与できる。もともと浪江はオープンな町民性があり、企業進出や新たな取り組み・チャレンジを前向きに捉える雰囲気がある。伴走支援にも力を入れていくので気軽に相談してほしい」と語る。

 新しいエネルギーとともに歩む浪江町のまちづくり。そう遠くない未来には、浪江発のイノベーションや、企業と地域社会の新たな連携の輪が生まれているかもしれない。
 

【関連情報】

※福島水素エネルギー研究フィールド

※浪江町における水素利活用の取り組み(令和3年7月)