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「当たり前」を疑うことから始めよう!

これからのスポーツと社会のあり方とは

 2001年と05年の陸上世界選手権で銅メダルを獲得した為末大氏。現役引退後は、教育やアスリートのセカンドキャリア支援、スポーツやテクノロジーに関する事業など多方面で活躍してきた。現在は経済産業省の「地域×スポーツクラブ産業研究会」でも委員を務める。一流選手は指導者の道に進む場合が大半だが、なぜ違うキャリアを選んだのか。そこには、日本社会でスポーツを再定義しようとうする為末氏の姿があった。
 
「地域×スポーツクラブ産業研究会」の第一次提言を紹介する特集はこちら

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人生論になりがちな日本のスポーツ指導

 ―一流のアスリートであればあるほど指導者の道を進まれる印象です。

 「引退して周りを見渡すとトップアスリートは皆、次のトップ選手を育成する指導者の道を進んでいました。もちろん、やりがいがあるでしょうが、非常に狭い市場でのパイの奪い合いが実情です。スポーツに関わるにしても、他のアプローチがあるのではないかという考えが起点になっています」

 「私の場合、海外のスポーツ文化に触れてきた影響が大きいです。『社会人がスポーツに携わる』と聞くと、日本ではトップアスリートの世界しか思い浮かばないかもしれませんが、欧米はスポーツの裾野が広い。他者と競い合うスポーツ人口は全体の2割くらい。プロやオリンピックを目指す人はその中のごく一部です。全体の8割くらいは楽しむためだけにスポーツしています。それも、10代でも60代でもその比率は大きく変わりません。日本人がゲームや俳句を年齢に関係なく楽しむような感じでスポーツが文化として根付いています。一方、日本の場合、高校や大学を卒業するとスポーツとは無縁の生活を送る人が大半で、裾野が狭い。楽しむスポーツ、娯楽としてのスポーツを日本に広めることで社会を豊かにできないかというのが全ての活動の原動力ですね」

 ―なぜ、多くの日本人は生涯にわたりスポーツを楽しめないのでしょうか。どこに問題があるのですか。

 「まず日本のスポーツは、部活動が象徴的であるように学校教育の一環として位置づけられている面が大きいですね。『スポーツを通じて人生に有益な学びを得る』という人生論になりがちです。もちろん学びを得るスポーツもありますが、それしかないとある年齢以降はスポーツをする意義を持ちにくくなります。釣りやジョギングを楽しむ人は、有益な学びを得るためかというとそうではなくてただ楽しくてやっている人が多いと思います。そちらの『楽しむスポーツ』が日本には不足しています」

 「欧州には部活動がありません。その代わりに、地域クラブがあります。私がトレーニングをしていたオランダの地域クラブは6歳から80歳までが在籍していました。そうすると、30代の指導者が70代を指導するのは日常の風景です。人生のことで言えば70代の方が指導者に教えるぐらいですよね。人生に踏み込まず、フラットな関係で技術を教えるのが海外のスポーツ指導の現場です」

選手任せではなく、誰もが幸せになる仕組みを

 ―スポーツ指導が人生論になってしまうから、セカンドキャリアも考えられず、引退後に社会にいきなり放り出されるアスリートも少なくありません。

 「全て制度設計の問題だと思います。例えば、中学、高校の指導者が3年で結果を出せと言われれば、新入生に学業そっちのけで練習させます。『余計なことをせず、競技だけしなさい』となり、選手も視野が狭くなる。実業団も同じで、現役引退後に元選手が社業で活躍しようが監督は評価されません。そうなると選手の引退後の人生も真剣に考えてくれるごく一部の指導者を除くと、練習だけさせているのが最も効率的になります。今の日本の指導現場では、指導者が選手に競技以外に力を注がせることにインセンティブが働いていません。結果、引退したときに、社会に適応しづらいアスリートを生んでしまうことにもなります」

スポーツ指導の現場では「指導者が選手に競技以外に力を注がせることにインセンティブが働いていない」と課題を指摘する。

 ―その点、為末さんは大学時代からコーチをつけない異色の選手でした。

 「私は『速く走れればいい』のではなく、『なぜ速く走れるか』まで理解したかったんですね。本来はコーチがやることを自分でやってみたいと思ったのがきっかけです。本や論文を読んでそれを自分の体で試す。考えて、仮説を立て、検証するの繰り返しが楽しかった。ですから、大学もコーチなしを条件に受け入れてくれる学校を選びました」

 「ただ、これは誰もがやれるわけではないし、誰にとってもベストかはわかりません。私自身は独学志向で、独立心も強く、競技力も伴っていましたが、私の特性を他の人は持っていません。再現性が低いんですね。指導現場を変える唯一の手段は、指導者が変わるようなインセンティブを設計することでしょう」

 ―仕組みが必要と言うことですね。

 「はい。スポーツシステムの仕組みそのものを根底から変えていかなければいけません。日本は少子高齢化に伴い、既存の枠組みは限界を迎えています。スポーツの世界も同じです。実際、部活動のあり方や学校施設の民間活用などスポーツと社会のあり方を再考する機運も高まっています。日本人全員を包括するスポーツシステムを考える時期にさしかかっているのではないでしょうか」
 


 

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