地域で輝く企業

地域に根ざしたものづくりで〝今まで以上を創る〟

配電盤などを手がける宮崎県の共立電機製作所

2013年に新設した本社工場。壁面には高岡町のシンボルでもある天ヶ城が描かれている。

 宮崎市内から車を走らせること30分-。緑豊かな宮崎市西部の高台に共立電機製作所の本社工場がある。工場面積は約3万5000平方メートル。2013年に生産能力の拡大のため移転してきた。同社の主力は配電盤(キュービクル)といわれる受変電設備。米良電機産業(宮崎市)を中心とする企業グループの一員で、モノづくり分野を一手に担う。

震災をきっかけに成長

 同社の顧客は関東圏が6割、関西圏3割と県外が圧倒的に多い。

 直近では東京オリンピック・パラリンピックの主要施設にも同社製のキュービクルが多数納品されたという。

 「何かトラブルがあったときに製品の一括管理ができ、一貫生産ができるという点が評価されたのではないか」と、同社の米良充朝副社長は話す。

 箱物や塗装は外注で、という同業他社も少なくないが、同社は鉄板の状態で素材を仕入れ、容器づくりから塗装、配線までを自社工場で手がける。

 同社が地域を代表する企業グループに成長したきっかけは、1995年の阪神・淡路大震災だったという。震災によりライフラインが寸断された被災地で同社製のキュービクルは倒れず、機能し続けた。これが業界関係者の中で話題となり、大手電機メーカーや商社との取引が徐々に増えていったという。

 需要の増加に応えて移転、新設した高岡地区の本社工場は、旧本社に比べて生産能力は2倍以上に増加。キュービクルを一度に600面以上並べられる敷地を有し、大規模施設に納品する製品の立ち合い検査も一度に行うことができる。

本社工場の面積は約3万5000平方メートル。配電盤(キュービクル)の大量受注にも対応できる。

 また「これまでは生産能力の問題で貪欲に営業活動を行えない面もあった」(米良副社長)が、これを解消。新築物件が相次ぐ大都市圏での受注に弾みがついた。

 本社工場は新規事業の拠点にもなっている。発光ダイオード(LED)事業は着手し始めてから15年ほどになる事業だが、再生可能エネルギーに対する意識の高まりとともに需要が増えつつある。

 ライバル企業がひしめく競争の激しい領域だが、高さ8メートルにおよぶソーラーパネル用のポール商品、また、高天井製品などの特注品、特殊品を手がけることで他社との差別化を図る。ポール部分は自社で加工するなど、この分野でも自社生産の強みを発揮している。

 また、LED事業の拡大を模索する中で生まれたのが、植物工場事業だ。レタスなどの葉物野菜を建物の中で育てる事業で、育成のためにLEDを使用する。野菜の棚を自社生産するなど同社ならではの特色もあり、関東地区の大学などでテスト利用が始まっている。

自社製のLEDを使い、葉物野菜を育成する。ラックを自社製造するのも同社ならでは。

地域と社員を大事に

 事業規模が拡大し、顧客が全国へと広がる中でも同社は地域と社員を大事にする姿勢を堅持している。

 社是には「育人・敬客・愛品」を掲げる。また会社の営業方針としているのが「誠実・正確・工夫・積極・連絡」。社是は社会との約束、営業方針は会社と社員との約束だという。

 米良副社長は「社員それぞれ性格があるが、一番に誠実であってほしい。誠実さは製品につながると考えて、社員教育を行っている」と説明する。

 一方で「営業が得意な社員もいれば、黙々とモノを作ることが得意な社員もいる」(同)と、画一的な人材育成ではなく、多種多様な人柄を認め合い、その存在を否定しないのが基本的な考えだ。

次世代を担う子どもたち向けの活動にも意欲を見せる、米良副社長。自身も2児の父。

 同社は2017年4月、宮崎県内では初の認定こども園となる「さんこうこどもえん」を本社隣接地に開設した。多様な働き方を進める上で女性の活用は不可欠。勤務地のすぐそばで子どもを預かってもらえることで、社員は安心して業務に取り組める。

 同社の地域貢献の姿勢はいろいろな場面で垣間見える。地元の高岡町に対しては、2018年以降、3年間で319台のLED防犯灯を寄贈している。

 また、新型コロナウイルスの影響でこの1年余りは実施できていないが、平時であれば年間4000人以上の小中高校生らの工場見学を受け入れていた。さんこうこどもえんは、現在30人を超える子供たちを受け入れているが、うち10人は社外の人の子供たちだという。

 米良社長は現在宮崎商工会議所の会頭を務めており、文字通り地域の経済界の顔だ。米良社長の次男である米良副社長も2021年3月まで日本商工会議所青年部の会長を務めるなど、活躍の場は社業にとどまらない。

 「地域への還元というとおこがましいが、育ててもらったお返しをしていきたい。将来に向けては小さい子ども向けに活動ができないかと考えている」と米良副社長は話す。

 今、社内では三つの〝100〟がキーワードになっている。『100億円売って、100万人から愛される、100年続く会社を目指そう』。自社売り上げ100億円を達成し、宮崎県民の人口(約106万人)に相当する人たちから愛される100年企業を目指して-。地域にとって欠かせない会社を目指して、地元とともに地に足を付けた活動を続けていく構えだ。
 

【企業概要】
▽所在地=宮崎市高岡町高浜1495番地55▽社長=米良充典氏▽設立=1967年(昭42)5月▽売上高=非公表