政策特集スポーツ産業は社会を変えられるか? ポスト東京2020のDX・エンタメ・部活・施設・資金循環の姿 vol.3

「未来のブカツ」 サービス業としての地域スポーツクラブ創出事業

うるま市スポーツ力向上促進事業。プロスポーツチームによるスポーツ教室(トレーニング指導)

 沖縄県うるま市は部活動改革で先行する自治体のひとつだ。スポーツデータバンク沖縄(沖縄県、SDB)と連携して、部活の指導方法等を希望する部活、市内の中学校10校のうち、離島を除く9校26部活に専門的な指導力を持つ人材を派遣している。さらに、経済産業省が実施する部活動の地域移行の受け皿となり得るサービス業としての「地域スポーツクラブ」の創出の実現可能性を検証するフィージビリティスタディ事業(以下、FS事業)に採択された。

 部活動はどうあるべきか。「未来のブカツ」の形がうるま市とSDBの取り組みから見えてくる。

「未来のブカツ」フィージビリティスタディ事業

「ボランティア頼み」ではなく「採算のとれる」枠組みへの挑戦

 「教員にとっても、子どもや保護者にとってもプラスの取り組みになっている」。うるま市の嘉手苅弘美教育長はこれまでの部活動改革の成果を振り返る。

 少子高齢化や長時間労働などが影響し、教員の志望者数の減少には全国的に歯止めがかからないが、うるま市を取り巻く環境は少し異なる。

 うるま市の人口は増加傾向で、沖縄県においては教員志望者もいまだ高い状況にある※。中学校の女性教員の配置率は以前より高くなっている。教員の悩みの一つは、競技経験のない部活の顧問にならざるを得ない場合があること。「部活動に熱心な保護者も多い地域。(競技経験がない部活動を)指導できるかと悩みを抱える女性教員も多かった」(嘉手苅教育長)。

※うるま市の人口:国勢調査結果より、人口数 2015年度:118,898人⇒2020年度:125,406人 6,649人の増加。 沖縄県の教員志望者:2020年度小学校採用予定200人程度に対し、志願者1,068人。中学校採用予定90人に対し、志願者1,048人。

 こうした課題解消に向けて、市では2017年から部活動における民間委託モデルを2校で開始。自治体と連携し、全国で部活動を支援してきた実績を持つSDBがコーディネーター役となり、指導者のマッチングから管理までを一括で手掛けたのだ。

 このモデルの特徴は、自治体や学校からの予算ではなく、地域の民間企業や団体からの支援での運営にトライした点だ。中学生世代との接点をつくりたい県内のプロスポーツチームや地元企業が協賛した。

 さらに、学校の体育施設を夜間や休日に民間に開放する手続き等を民間企業が担うことで教員の管理コストが増えぬよう、ICTを活用した予約管理や鍵の管理の実証事業も並行して実施した。

うるま市スポーツ力向上促進事業(外部指導者マッチング)

 SDBの石塚大輔社長は「ここ数年の取組で土台はできたと感じている。ここからは、これまで以上に自立を目指し、資金循環を意識しながら地域と共に部活動を改革していきたい」と次のステップとしてのFS事業に期待を込める。

 これまでのモデルでは、全てのコーディネートをSDBが担っていたものの、あくまでも「学校部活動への指導者派遣」の域を出ていなかった。今回はその枠組み自体を変えることを検証する。つまり、SDBが中心となって新たにスポーツクラブを立ち上げ、そこが学校に代わり、部活動を実施・運営することを目指すのだ。

 このスポーツクラブを持続的な枠組みにする大きなポイントなるのが収益をいかに確保するかという点だ。石塚社長は「FS事業ではICTツールを活用した資金循環の可能性を探りたい」と語る。

 例えば、生徒の出欠確認や連絡にICTをつかうのは民間では珍しい光景ではない。FS事業の場となる伊波中学校陸上部の運営にもICTツール導入し、管理の効率化と同時に協賛企業にデータを活用してもらったり、システム上に広告宣伝や情報提供を掲示したりするモデルを想定する。また、ICTを使ったモデル以外にも、企業版ふるさと納税や税制優遇の活用可能性も調査する予定だ。

 収益と同時に課題となるのは指導人材の確保だ。SDBでは全国のスポーツチームやスポーツスクールと連携していて、1800人以上の登録人材を抱える(指導者、トレーナー、インストラクター、栄養士など)。沖縄県内にもサッカー、バスケットボール、卓球などのプロチーム、実業団、民間クラブまで部活動事業ですでに連携している。石塚社長は「将来的に市内全域、さらには県内への拡大までを想定すると(SDBが連携している指導者だけで)網羅するのは現実的でない。プロの指導ノウハウを外部指導者となりうる地域の人々(元教員や元アスリートなど)にも伝えていきたい」と語る。FS事業では伊波中学校にSDBの人材を配置するだけでなく、スポーツクラブの指導者による講習会を実施し地域人材の底上げも検証する。

 もちろん、経済産業省の地域×スポーツクラブ産業研究会の第一次提言にもあったとおり、質の高い指導者による指導には、きちんとした対価が支払われるべきであり、中長期的な視点に立てば、それを企業の協賛だけに頼る仕組みは持続可能性に不安が残る。質の高い指導を維持継続するには、やはり、塾やピアノ教室などと同様、保護者など受益者から参加費を徴収することも検討する必要がある。

地域×スポーツクラブ産業研究会の第1次提言

 石塚社長は「将来的には受益者負担も選択肢として考えなければいけない。ただ、その検討にあたっては、現在の部活動に実際にいくらかかっているかを調べることも必要だ。学校部活動は教師のほぼ無償労働に支えられている一方で、活動に伴い必要になるボールやユニフォーム、練習着等の物品を揃えるために、部費という形で徴収している事も多く、それらの負担が実は大きい場合もあることが指摘されている。そこで、例えば必要物品は協賛企業から提供を受け、部費に当たる実費負担を抑えることができれば、受益者負担として求める金額はこれまでと大きく変わらない可能性もあり、納得感も増すだろう。それらも含め検証していきたい」と述べる。

「学校施設の有効活用による地域活性化」も模索

うるま市小学校における健康力・スポーツ力向上促進事業(小学校放課後を活用したプロスポーツチームによるスポーツ教室)

 うるま市とSDBでは地域スポーツクラブの運営だけでなく、学校体育施設の有効活用も含めた地域活性化(総合型放課後サービスの展開)も模索する。

 「部活動が変われば部活動が行われている学校の施設のあり方も多様化していいのでは」と議論を重ねてきた。

 「体育施設はもちろん、学校の施設を活用して、例えば、音楽室でピアノ教室を開く、家庭科室で料理教室を開く。学校の施設を民間に開放して、運用することも将来は考えていきたい」(嘉手苅教育長)

 「少子高齢化が進めば、財政負担も考慮した上で、学校と公共施設を敢えてすみわけず、お互いに有効利用することを考えるべき時期がくるかもしれない。教育現場(学校)に最新の設備を導入して、それを地域に開放して共有するという発想もあるのでは」(石塚社長)。

 10月以降、多方面でFS事業を進めるが石塚社長は「ここまでこれたのは、うるま市、嘉手苅教育長の決断が大きい」と指摘する。民間が地域移行の枠組みに知恵を絞っても、地域が重い腰を上げなければ始まらない。

 嘉手苅教育長は「部活の地域移行の枠組みを考える際に最も重要なのは子供たちにとってその枠組みはプラスなのか、どのような利益があるのかという視点」と強調する。「子供にとって何が良いのかをまず考えたうえで、教員や保護者、地域にとって良いのかを考える。そうした視点で調査を進めていきたい」と抱負を述べる。

 子供たちの、そして地域の未来をどう変えていくのか。うるま市とSDBの改革に注目だ。