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「危機感」と「楽観」を抱いて進め!

―経営者・ネクストリーダーに送るDX実現のヒント

 デジタル技術により事業や組織、企業風土を変革してビジネスに新たな価値をもたらすDX(デジタルトランスフォーメーション)。今後の競争を生き抜くためにDXへの取り組みは必須で、多くの経営者・ビジネスパーソンはそのことを認識しているが、方向性がなかなか見出せないという声も少なくない。着実に変革を成し遂げるためには何が求められるのか。コンサルティングを通じて多くの日本企業を導いてきた、マッキンゼー・アンド・カンパニー日本代表の岩谷直幸さんにDX実現のヒントや考え方を聞いた。

 ―デジタル技術が発展し、これまでに想像できなかったようなレベルでの業務分析や経営改革が可能になりました。経営者やリーダー層はこうした技術とどう向き合うべきですか。

 「企業や事業にとって『やりたいことは何か』を定義することが、DXの第一歩です。こうした思いを明確にぜす、手段であるデジタル化の検討から始めると、投資効果が表れにくくなるケースが多くみられます。構想段階では、デジタル領域の専門家のほかに、『トランスレータ―』と呼ばれる人材の視点が必要になります。これは事業や会社の課題や、やりたいことを具現化するためにどう技術を活用するか『翻訳』するスキルで、部署・職位は関係なく、特にネクストリーダーにとって重要なスキルです」

 「さらに、変革を全社に拡大していかなければならないので、全てを自分でやり切るのではなく、他に得意な分野を持つ仲間や、同じような問題意識を持つ仲間を探すことも大切です。現在はSNSを含めて、人と繋がり、意見交換できる機会が増えています。社内外の多様な仲間から意見やアイデアをもらうことが必要です」

「トランスレータ―」の視点は重要な社会人スキルの一つになる

 「また、実際に企業を訪問し、現場の裏側でどのようにデジタル技術が動いているのか、現地でモノを見ると具体的なイメージが湧いてきます。例えば、日々の生活の中で、コンビニのレジ待ちが早く終わって欲しいと思うことがありますよね。レジ無し形態の小売り店舗『Amazon Go』は、何をやれば事業が良くなるかというユーザー起点の発想そのものだと、米サンフランシスコの店舗を訪問した際に感じました。こうした現場で得たインスピレーションや知恵を持ち帰り、自社に必要な技術の取捨選択に生かすことが重要です」

 ―旧来の技術やノウハウとは異なる、DXの強みをどう捉えたら良いのでしょうか。

 「現状から5-10%改善するという発想ではなく、従来のビジネスの概念を変えるような変革が可能になったことです。例えば、製造業ではQCD(品質・費用・納期)のすべてを一度に向上する、製品開発期間が半減するなど、以前は不可能だったことができるかもしれません。顧客との接点や仕事の進め方など、会社のあり方を根本から見直さなければならないという、ある種の『前向きな危機感』を醸成することが必要です。ただ、日本企業では、そもそもの目的が改善レベルになっているケースが多く見られます。その場合は、目線を高くしなければなりません」

 「目的を発想することは、難しいことではありません。例えば、従業員の方が日々やりたいことと、やりたくないことを紙に書き出した時に、デジタルでやりたくないことをゼロにするという考え方もできます。また、過去の顧客クレームを見て一番大きいものをゼロにするにはどうしたら良いのか。競合他社ではなく自社にだけ来てもらうロイヤリティをどうしたら構築できるのかなど、ある程度論理的に考えることができます。過去の失敗体験や『これは実現できないんじゃないか』というメンタルブロックがあると発想は生まれないので、楽観的なマインドを持つことも必要です」

「楽観的なマインドを持つことも大事」と岩谷代表。

 ―業務改善のように短期的に目に見える削減効果があれば分かりやすいですが、DXのような長期的・全社的な取り組みで、ステークホルダーの理解を得るのは難しいと感じます。

 「サステナビリティの領域と似ており、社会に対して企業がやらなければいけないが、コストが先行するケースは多くみられます。企業の戦略について言えば、外国企業、特に米国は、CEOが代わるたびに新しい経営戦略を立てますが、国内では、中期経営計画を立てて3-5年で実行するという経営戦略が主流です。しかし、中期経営計画のタイムスパンでDXを考えようとすると、将来の市場環境の変化が予測しづらく、不確実性が高まります」

 「経験知ですが、デジタル投資を考える上では、大半のケースでは1年半から2年ほどで効果を出すことにこだわって投資した方が良いと言われています。2年も経つとテクノロジーが進化し、投資対象が変わるかもしれない。今から5年前というと、世の中は随分違っていましたよね。機動的かつ高速回転で投資をし、実利を必ず回収するサイクルで動くのが大事なポイントです。もちろん、企業が世の中でどういう価値貢献をしたいかという普遍的な指針は必要ですが、それが満たされる範囲においては、計画に自由度を持たせた方が良いと思います」

 ―最近は個社の取組にとどまらず、企業や業界の垣根を越えてパートナーシップを組む「エコシステム」による経営改革を目指すべきとも言われています。

 「企業同士が組むには、相互のメリットが必要です。例えば、消費財メーカーはマーケティングが得意なケースがあり、商品のブランディングは企業のコアスキルになっています。一方で、産業材メーカーでは、マーケティングよりも上流の調達や生産のスキルが中核になっているケースがあります。このようにベースは異なる2社が、片方の企業はデジタル・マーケティングのスキルを共有し、もう1社は生産ラインのIoT化のノウハウを共有するというように、業態業種を超え互いの会社のコアスキルを交換しながら、DXを進める方法もあります。同業種内の連携ではセンシティブな面がありますが、業界を跨(また)げば障壁は少なくなります」

東京・港区のオフィスで

 ―産業界でDXが進めば、国の支援のあり方も変わりそうですね。

 「国としてデータを活用しないと競争力が低下することから、各個人の意図しない形での利用は避けつつ、データ利活用の基盤を整備することは大事な領域だと思います。また、先ほど『トランスレーター』の話をしましたが、時代の変化にあわせて、働く人が新しいスキル・技術を身につける『リスキリング』を行うためのインフラを社会的にどう整備するかが、今後の大きなテーマになると思います」