政策特集物流クライシス 突破の処方箋 vol.4

三菱商事が挑む物流改革の未来図

三菱商事食品流通・物流本部物流開発部のメンバー(左から中村氏、櫻井氏、田中氏、野田氏、島田氏、榎本氏)

日本を代表する総合商社の一角を占める三菱商事が今、物流分野に一石を投じようとしている。物流は社会インフラでありながら、さまざまな非効率が依然として残り、トラックドライバーなどの人手不足も糸口が見いだせない。この状況を打破しようと、川上から川下までカバーする豊富な経験やノウハウ、多彩な経営資源を駆使して、挑もうとしている。その物流改革の未来図に迫った。

物流の仕組みのプラットフォーム構築を目指す

三菱商事食品流通・物流本部の田中鉄物流開発部長

三菱商事食品流通・物流本部物流開発部の田中鉄部長は、「物流は囲い込んで差別化するというより、協調していく。物流の仕組みの「オープンプラットフォーム」構築を目指す」と強調する。総合商社が多角的に物流基盤を再構築して、確実に流れる仕組みをつくって、いろんな企業や業界に利用してもらえる青写真を描いている。

青写真を支えるいくつかのパーツを見ていく。

まず、倉庫というアセットに目を向ける。物流開発部アセットシェアリングプロジェクトの櫻井進悟プロジェクトマネージャーは、「倉庫は、労働力の減少と倉庫の遊休化という2つの課題に直面している」と指摘する。

ドライバー不足をはじめとする人材不足は若年層などの敬遠により、一段と深刻化している。倉庫内での作業者もその人手不足のあおりをもろに受けており、倉庫内の自動化、機械化が喫緊の課題となっている。

また、倉庫は約7兆円の市場と言われている。貨物の波動(荷動きの変動)が激しく、繁忙期は倉庫が足りない状況もある。反面、閑散期は倉庫内のスペースに空きができてしまい、3―4割は遊休化しているという。

物流ロボットの使いやすい環境を整備

三菱商事は、こうした課題と向き合う2つのサービスを提供していこうとしている。物流開発部アセットシェアリングプロジェクトの中村遼太郎マネージャーは、最近の倉庫をめぐる傾向について、「最近は自動化の民主化が起きている。ロボットハードウエアはシンプルになり、中のソフトウエアの比重が上がっている」と見ている。

従来は、倉庫内の自動化は、機械的な仕組みで高い生産性を実現してきた。しかし、主に大手企業や長期利用を前提としており、巨額の費用がかかり、しかも自動化リソースが固定化していた。初期負担が大きいうえに、実際に導入した物流分野でどの程度生産性を向上させ、どの程度省人化を図り、どの程度の経費削減につながるのかといったデータが少なかった。これに対して、自動化の民主化というのは、シンプルなロボットを、どれぐらいの費用で、どうシステムを使いこなしていくかということを追求する考え方を指し、中小企業を含む幅広い倉庫運営者の方が利用できるようになってきている。三菱商事はこの考え方に基づいて、物流ロボットの使いやすい環境を整備しようとしている。

使った台数分だけの月額料金で、分かりやすい料金体系を採用

棚ごと運べるロボット「Ranger GTP」

具現化したのが、三菱商事の「Roboware(ロボウェア)」サービスだ。単にロボットを有償で貸し出すだけにとどまらず、どのロボットが顧客企業の物流現場に向いているのか選定するところから、ロボットの運用に不可欠なソフトウエア、オペレーションのアドバイス、メンテナンスに至るまで包括的なパッケージで支援することを想定している。ロボット、ソフト、保守運用をすべて含めて、使った台数分だけの月額料金を払う従量課金制とし、料金を分かりやすくした。ロボットの台数は、波動や計画に応じて、変動でき、ロボットの遊休化を防いで、コストを最適化できる。ロボットを購入し、ソフトや運用保守は月額制の購入プランと、ロボットをレンタルし、ソフトや運用保守を含めた月額制のレンタルプラン、購入とレンタルのハイブリッドプランの3プランから選べる。

サービスの中核をなすロボットの一つが、棚ごと運んでくれるロボット「Ranger GTP」だ。インドのベンチャー企業「Grey Orange」製で、自律走行する。商品が収められている棚の下に潜りこんで持ち上げ、入出荷エリアまで運ぶことにより、作業員が広大な倉庫の中を歩き回らなくても目的の商品を棚から取り出せるようにするのが最大の特徴だ。AI(人工知能)を活用し、頻繁に出荷される商品の入った入出荷作業エリアの近くに配置するなど、自らの判断で作業効率化を図ることが可能だ。このほか、保管場所に移動して通知してくれるロボット「Flex Comet」や、立体型高速仕分けロボット「オムニ・ソーター」などを揃えている。

倉庫のシェアリングで遊休化に対応

倉庫のもう一つの課題である倉庫の空きスペースの活用に答えるのが、三菱商事グループの「WareX(ウェアエックス)」サービスだ。遊休化している倉庫を共同で活用していく「シェアリング」という新しい概念に基づく。倉庫利用者と倉庫提供者をマッチングしていく。倉庫利用者は、WareXとマスター寄託契約を結ぶと、案件ごとに簡単な個別契約をするだけで、全国各地の倉庫利用ができる仕組み。WareXの専用サイトにアクセスし、倉庫を検索すると、それぞれの倉庫の保管料と作業単価が分かる。保管費用は、パレット数と日数、保管料をかけ算して算出する。営業倉庫が対象なので、設備や人の手配は必要なく、輸配送の手配だけでよい。入出荷管理もオンラインでできる。

急な需要による生産や輸入増加時のバッファー倉庫や、店舗を改装するなど一時的なニーズ、店舗や会社のバックヤードだけでは足りない、万が一のBCP(事業継続計画)対応としての拠点の分散化といったさまざまシーンで、簡単に倉庫が利用できるのが特徴だ。

フレキシブルなデジタル輸配送事業の実現を目指す

物流開発部輸配送DXプロジェクトの野田眞紀子プロジェクトマネージャーは、「フレキシブルで多様なデジタル輸配送事業の実現を目指す」とし、デジタルを駆使した輸配送の未来図「輸配送MaaSプラットフォーム(PF)」の姿を描く。

輸配送の分野は、ドライバーの不足や積載効率の低さなど課題が山積する。また現場では、電話やファックスでやりとりされる等、デジタル化が大きく遅れている。こうした状況に対応するため、三菱商事は、荷主の配車依頼をオンライン上で実運送事業者に輸送手配出来る「求貨求車マッチングプラットフォーマー」のポジションに就いて、多くのステークホルダーの希望をマッチングし、開かれた輸配送のシェアリングを実現するイメージを想定する。

三菱商事は、この構想を実現するうえで、ラクスル社の求貸求車・配車管理サービス「ハコベル」をパートナーとして利用している。単なる貨物とトラックのマッチングだけでなく、物流事業者や荷主事業者の輸配送業務のデジタル化まで踏み込んでいく。このサービスを利用した場合、紙や電話、ファクス、エクセルなどの情報管理をシステムに移行でき、アナログな作業が不要となり、業務効率化が図れる。また、すべての詳細の配送情報を一つにまとめるため、最適な物流構築に活用できる。リアルに強味を持つ三菱商事がデジタルにシェアリングプラットフォームを展開する「ハコベル」を活用することにより、規模感あるデジタル輸配送事業のスピーディな立上げに注力している。さらに、データを活用した戦略策定を支援できるので、複雑な配車ルールもAI(人工知能)で自動最適化につなげられる。この観点から特にラストワンマイル領域の取り組みとして、三菱商事はベクトルワン社、オプティマインド社へも出資し、資本業務提携を締結している。

自動配送ロボットが公道で自律走行

街中を疾走する自動配送ロボット(出典:ティアフォー)

輸配送DXプロジェクトの一環として、三菱商事は、自動配送ロボットによる一般公道での遠隔監視の自律走行について、2020年11月26日-12月11日(岡山県玉野市)と、2021年3月29日-4月13日(茨城県筑西市)の2回にわたって実証実験を実施した。岡山県玉野市、茨城県筑西市、東京海上日動火災保険、三菱地所、ティアフォー、アイサンテクノロジー、オプティマインドなどの実証パートナーと協力した。

実証実験では、近接監視や遠隔監視のほか、保安要員など複数の人員を配置し、ルート最適化を活用した、複数個所のLOMデリバリーを実施。特に、筑西市での実証では、同市の道の駅「グランテラス筑西」の周辺及びテラス内の約3キロメートル圏内で、2台の自動配送ロボットが農産品集荷や複数店舗のテナント間を走行した。この実証実験について、輸配送DXプロジェクトの榎本有紗氏は、「地元の方は興味をもって受け入れてくれた」と社会受容性を実感し、実験が成功したとの見方を示した。

いくつかの課題もある。まず、自動配送ロボットを動かすには、現状、近接監視や遠隔監視による公道での自律走行を行う場合、保安要員などかなりの人員を要する。社会実装には制度面での整備やいかにオペレーションを効率化していくのかが挙げられる。技術面やインフラ整備面でも、段差や走行の妨げとなる障害物がないかなどロボット向けの3Dマップも整える必要がある。公道は人も通るし、自動車も走っており、どういう動きをするか分からない。社会実装までにはいくつかのステップが必要だが、走行ルートなどを工夫することで、早期の実用も可能となりそうだ。

返却、返品に特化したサービス

デジタルロジスティクスプロジェクトの島田貴博マネージャーは、「もともとEC(電子商取引)商品の返却や返品を扱う「リバースロジスティクス」に着目して、逆転の発想から生まれたのがサービスを始めたきっかけだ」としたうえで、「返却、返品に特化したサービスは世の中になかった」とし、ユニークなビジネス展開の舞台裏を吐露する。

ローソン各店舗の商品納品後のトラックの帰り便については、基本的には空の状態で運行している状況だった。帰り便の積載効率をどう高めていくかは各社が悩んできた古くて新しいテーマだ。三菱商事は、コンビニとは別の事業者から荷物を預かって運ぶことで帰り便を収益化しようという発想に至った。

こうした発想に基づくのが、三菱商事グループの「SMARI(スマリ)」サービスだ。同社グループのコンビニエンスストア大手であるローソンが張り巡らした既存の店舗配送網を有効活用する。消費者がレンタルした商品の返却やEC商品の返品を店舗経由で簡単にできるのが特徴だ。

消費者は、対象のローソン店舗に設置している無人の専用投函ボックス「スマリボックス」のモニターに、事前にEC事業者から発行されたスマリの受付専用QRコードをかざして投函扉を開錠し、同時に印刷されるラベルを当該商品に貼り付けて投函すれば、わずか10秒足らずで、且つ、非対面で返品・返却手続きが完了する仕組みだ。伝票への記入など面倒なやり取りの必要がないため、消費者と店舗の双方の負荷を軽減できる特徴を持つ。EC事業者にとっても、利用拡大効果が見込める。

スマリサービスは、当初、東京都内の100店舗で取り扱いを始め、2021年3月末には、関東圏1都5県(東京、神奈川、埼玉、千葉、茨城)のほか、関西圏、中京圏にも展開し、全エリア合計3000店舗に拡大している。今後、ローソン店舗以外にも拠点を広げ、近い将来1万拠点を目指す。加えて、既に、クリーニングの回収・預け入れサービスや、スマリボックスの画面を活用した広告表示機能など、サービス・機能を拡大してきているが、今後さらに、古着の回収、投函サービスを開始し、循環型消費社会を支えるプラットフォームとしての機能を拡充する。

「(スマリサービスは)潜在的な負担を解消しようというところから出発したが、より生活者の利便性向上のための取り組みにシフトしている」(島田マネージャー)とみている。

三菱商事の物流への取り組みについて、野田プロジェクトマネージャーは、「高齢化、サスティナブル(持続可能性)、ESG(環境・社会・ガバナンス)など社会要請にマッチした社会の在り方に対応していく」とし、社会に寄り添うビジネスを追求していく考えだ。