地域で進む知財経営支援
企業と行政が二人三脚で戦略づくり
中小企業にとって知財戦略はもはや身近なものとなった。2016年の中小企業の特許出願件数は前年比10%増の3万9624件。PCT国際出願件数は前年比5・8%増の3908件。とりわけ商標登録の出願件数は多く、前年比22・8%増の7万8907件に達した。「研究開発の成果を適切に保護したい」「ライセンスビジネスを展開したい」「技術を独占したい」「模倣品を防ぎたい」「ブランドを確立したい」など知的財産の効用はさまざまだ。そんな中小企業に知財経営を根付かせるべく活動しているのが、全国47都道府県に設置されているINPIT(工業所有権情報・研修館)知財総合支援窓口だ。
下請け脱却をサポート
自動車産業の集積地として知られる埼玉県。ホンダの寄居工場(埼玉県寄居市)をはじめ、関東圏に立地する完成車工場を頂点にサプライチェーンが張り巡らされている。県内には約17万社の中小企業が集積。そこでの常用雇用者は100万人を超える。ただ、近年は自動車の国内生産縮小や海外部品メーカーの台頭などの逆風も。下請けからの脱却を目指す企業が増えており、埼玉県では知財経営の側面からもサポートする。
「県の事業として2011年度から知財取得支援に取り組んできた。下請けから脱却するには研究開発の強化や独自技術の権利化が重要だ」と、県でINPIT知財総合支援窓口を運営する埼玉県産業振興公社新産業振興部産学・知財支援グループの関根一宣グループリーダーは力を込める。知的財産窓口支援担当者にはホンダやクラレ、オリンパス、日本製紙、横河電機、カルソニックカンセイなど大手企業のOBが顔を並べる。
窓口は最前線の“砦”
INPIT知財総合支援窓口は特許や商標、意匠など知財に関する中小企業の課題解決を支援する無料相談所。大企業の研究開発部門や知財部門などで経験を積んだ窓口支援担当者が、面談を通じて相談企業の課題解決の道筋を提案する。弁理士、弁護士、中小企業診断士など様々な専門家を利用でき、また企業訪問も行う。経済産業省が所管するINPITの事業として、県の公益財団法人や発明協会が運営する。知財経営を支援する、いわば最前線の“砦”だ。
埼玉県にはモノづくり企業が多く立地することもあり、2016年度の窓口への相談内容は特許取得が38・5%で最も多く、商標の30・8%、実用新案の8・9%、意匠の3・6%と続いた。「アドバイスして終わりでは無く、企業と二人三脚で知財戦略をつくり、権利化に向けたプロセスを熟知してもらう。そして取得後の権利活用を重視する」と、関根さんは言葉を強める。
実際の支援ではチェックリストを用意する。縦軸はA(知財経営相談)、B(知財体制相談)、C(知財活用相談)、D(出願権利化相談)、E(入門相談)の5項目、横軸はa(知財経営)、b(知財を組織に落とし込む)、c(知財を経営に生かす)、d(知財の有効性に気づき)、e(担当者理解)の5項目が、それぞれマトリックス型に交差する全25項目。これに基づき知財に対する取り組みを把握し、その浸透度を可視化する。そのレベルに応じて、担当者は適切な支援を実行、知財経営の向上を目指す。
成功事例も増える
成功事例も増えてきた。たとえば穀物類関係食品の製造販売を手がける桶川市のペリカン。埼玉県産業技術総合センターの技術支援を得ながら進めてきた豆乳の発酵食品・飲料の製造特許と商標を取得した。ここで行政側の窓口の役割を一段と効果的なものにしているのが「よろず支援拠点」との連携だ。
ペリカンの場合、まず試作品が完成し製造に移行する段階で、埼玉県よろず支援拠点から権利化の必要性のアドバイスを受けたという。そこでINPIT知財総合支援窓口に「基本特許を取得しているが、どのような内容にすれば強い特許になるか」などと相談。製造特許のメリット、デメリットやノウハウ秘匿の得失の支援を受けた。
連携により知財を切り口とした資金調達や海外展開など多面的な経営支援が実現する。特許庁では昨年、中小企業のイノベーション創出や地方創生を図る「地域知財活性化行動計画」を策定。連携件数を窓口成果目標(KPI)に設定しており、中小企業庁との連携強化も打ち出した。
そこで各都道府県のINPIT知財総合支援窓口は、よろず支援拠点主催の中小企業向けセミナーに知財を取り入れるなど情報交換を進めている。埼玉県でも毎月、県や国の担当者とよろず支援拠点のコーディネーターを交えた事業運営会議を開催。支援事例を共有し、相互補完関係を構築している。
金融機関と組み知財コンサル
よろず支援拠点に加え「金融機関との連携も必要だ」と話すのはINPIT岩手県知財総合支援窓口の事業責任者の酒井俊已専務理事兼事務局長だ。岩手県の窓口では「金融機関と組み、マーケティング戦略と紐付けた知財コンサルティングに力を入れていく。これにより経営革新まで持って行きたい」(酒井さん)という。このように地域で中小企業支援の輪を広げていくことが実効性を高めるポイントだ。
知財取得、活用支援に加え、理解増進を図っているのが営業秘密管理だ。INPITが知財総合支援窓口で営業秘密管理について相談した中小企業に聞き取り調査したところ、7割弱が管理規程を整備していないことが分かった。同規程を設けないと、技術や製造ノウハウが意図せず流出しても不正競争防止法の保護を受けることができない可能性がある。
特許以外の防衛策も必要
実験データや顧客情報、価格情報などに限らず、工場の設備配置や金型、試作品なども企業の重要な資産。取引先の求めに応じて提供した情報を盗まれたり、従業員が退職時に持ち出すなどのトラブルは多い。特許は発明を独占排他的に使用できる強力な権利ではあるが、他社に模倣されていることが分かりにくい技術の場合は、他人には決して開示しないなど自社で守り抜く必要がある。
秘密情報の取り扱いについての社内ルールやパソコンの管理、退職者への持ち出し禁止規定などを設けないと流出時の対応が難しい。IoT(モノのインターネット)の普及でオープンイノベーションの重要性が高まる中、独自の技術を特許により権利化するか、営業秘密として秘匿するかなど知財戦略の重要性は増す。
INPITは12月末までを営業秘密管理体制整備の整備支援強化期間に位置付け、知財総合支援窓口の相談時に原則呼びかけるほか、全国8カ所でセミナーを開催する。
■用語説明■
【INPIT知財総合支援窓口】中小企業が抱えるアイデア段階から事業化、海外展開に至る幅広い知財相談をワンストップで受け付ける。弁護士や弁理士の活用や地域関係機関との連携によって、中小企業の人材、資金不足を補完。特許出願や先行技術調査、契約などについて助言を行っている。
【よろず支援拠点】国が47都道府県に設置している中小企業・小規模事業者向け経営相談所。売り上げ拡大や資金繰りなどあらゆる経営課題について地域の支援機関と連携しながらワンストップで対応。各地域の産業振興公社などに拠点を構え、専任のチーフコーディネーターを配置。
【営業秘密】秘密として管理されている生産方法、販売方法、その他事業活動に有用な技術上又は営業上の情報であって、公然と知られていないもの。