政策特集ドローンがある日常、その先の未来 vol.9

空に新たなインフラを。JALの切り札『エアモビリティ』の未来像に迫る(後編)

JALの「エアモビリティ創造部」と「貨物郵便本部業務部」の皆さん

 ドローン物流による、新たな経済の可能性に挑む日本航空(JAL)。そこで避けては通れないのが安全管理だ。JAL独自のメソッド、そして2030年頃の交通インフラの未来について、エアモビリティ創造部と貨物郵便本部業務部の皆さんに伺った。


現代の航空機事故や不安全事象の主な要因は、ヒューマンエラー


 ―長崎の離島でのドローン輸送実証実験を含め、エアモビリティの実績を重ねてきたなかで、安全管理における課題などはありましたか?

 「期待も込めてお話しすると、三つの課題があると感じています。一つ目は、ドローンの機体自体への衝突防止システムの導入や飛行機・ヘリの検知システム。二つ目は、トラブル発生時のフローや権限の明確化。そして三つ目が、操縦者の健康管理です。実証実験においては、操縦者(オペレーター)の休息時間を確保できなかったこともあったので、シフトを組んだり勤怠管理を徹底したりする必要があると感じました」

 ―そもそも、ドローン事故にはどのような例があるのでしょうか。また、事故が発生する原因についても伺いたいです。

 「例えば、国交省が発表しているドローン事故の一つに、『ドローンで農薬散布をしている際、農場に隣接する民家の屋根に接触して、機体が農場に墜落した』という事例がありました。事故の原因分析として『熟練オペレーターであるが故の“慣れ”による油断』と記載されていたのですが、有人機を運航する立場の経験上『他に潜在的な要因もありうるのでは?』と感じています」

 ―潜在的な要因とは? その真意について教えてください。

 「国交省が発表している『令和2年度無人航空機に係る事故等の一覧』をメンバーで分析した結果、約7割が操作ミスなどの人為的なエラーであるとわかりました。つまり、ドローンの機体のスペックや通信環境ではなくヒューマンエラーが多くを占める、ということ。さらにはこのエラーにも原因が大きく二つあり、一つは技術的なエラー、もう一つはコミュニケーションミスによるエラーです。農薬散布の事例においても『ナビゲーターからの注意喚起の不十分さからくる連携不足』とありました。それも大きな要因かと思いますが、有人機での教訓を踏まえると『“周囲が注意喚起しやすい環境”を熟練オペレーターが構築できていなかった可能性』という観点も非常に重要だと考えられます」

 ―興味深い分析結果ですね。そのようなドローン事故に対し、JALではどのような取り組みをおこなっているのでしょうか。

 「JAMOA(JAL Air Mobility Operation Academy)という日本初の無人航空機のオペレーター人財育成プログラムを、ドローンを扱う事業者向けに提供しています。有人機では義務化されているCRM(Crew Resouse Management:安全で品質の高い運航を行うため、全てのリソースを有効に使うこと)といった、チームで事故を未然に防ぐ航空輸送事業でのノウハウをお伝えし、ドローンなどのエアモビリティを操縦する時に役立ててほしい、というものです」


“人間の認知は曖昧”だからこそ、正確なコミュニケーションが必要


 ―そのJAMOAにおいて、基本的な考え方となるものはあるのでしょうか。

 「『人間は必ずミスをする』という前提をもとに、有人機でのリスクマネジメントの手法を受講者にお伝えしているようにしています。そのために、ドローンを安全に操縦するための技術『Technical Skills:テクニカルスキル』はもちろんのこと、円滑なコミュニケーションによってエラーを未然に防ぐための技術を含む『Non-Technical Skills:ノンテクニカルスキル』の講習にも注力しています。これまでの事故や“ヒヤリハット”などの例から、ヒューマンエラーの中でもコミュニケーションミスが多いことを、我々は理解しているためです。さらには、『Instruction Skills:インストラクションスキル』という指導者育成の講習もおこなっており、無人航空機の人財育成に貢献できるように努めています」

 ―「Non-Technical Skills」が非常に興味深いです。どのような講習を行っているのか、簡単に教えてください。

 「例えば、コミュニケーションのスキル向上演習として、2人一組になり、1人が聖火ランナーの絵が描かれたカードを見て口頭で指示し、もう1人が指示通りに絵を描くというもの。このとき『左側の足を上げた状態で描いてください』と指示したとしたら、2人の”前方の方向の認識”が異なると左側の足の位置も変わってきます。だから、『聖火をかかげている手と同じ側の足を上げてください』など、2人が共通認識を持てる情報を伝える必要があるのです。認知が曖昧だと判断も誤ってしまうため、正確なコミュニケーションによってエラーを避けることを目的としています。一見簡単なことだと思われるかもしれません。時間の制約があったり、複数の行動を行わなければならないような状況にあったりする時、人間の能力には限界があり、完璧に対応することは難しいことだと想像していただけると思います」

コミュニケーションスキル向上演習の一例

 ―“未然に防ぐ”ことがカギであると感じているのですが、いわゆるエラーマネジメントとは異なるものなのですか?

 「エラーマネジメントの前段階である『スレット(脅威)をマネジメントする』という考え方を取り入れています。スレットを防げなかったときにエラーとなり、エラーを防げなかったら事故一歩前の状態になり、その状態から回避できなかった場合に事故となってしまう、といった捉え方です。コックピットで例えると、空港でシステムトラブルが発生した、気象状況が良くないなど、パイロットには防ぎようがないことがスレットであり、そのスレットに気を取られて本来パイロットが行わなければならない行動を誤ってしまう……。これをエラーと捉えています。だからこそエラー一歩手前のスレットを可能な限り見つけ出し、確実にマネジメントしていくことが重要ですね」


ただ乗っているだけで移動できる「空飛ぶクルマ」が、2030年には飛行する!?


 ―最後に、エアモビリティ事業の展望について伺っていきます。現在取り組んでいる地方でのドローン物流も含め、今後どのようなものに取り組んでいくのでしょうか。

 「空港間以外の2地点間における、低コストな空の物流の実現を目指しています。この分野は、まだまだ空白の市場なので、空港間の航空運送事業で培ったノウハウを活かしながら市場を開拓していきたいと考えています。また、2022年には大都市圏での医薬品物流の実証実験も行う予定で、地方で得られた知見を活用していきたいですね。そして『空飛ぶクルマ』の実用化に向けて進んでまいります」

 ―「空飛ぶクルマ」については、どのようなプランで実用化まで進めていくのでしょうか。

 「2022年頃には奄美大島での無操縦者航空機の実証実験の実施、空飛ぶクルマの社会実装に積極的な三重県との連携も強化していく予定です。さらには、2025年の大阪・関西万博のタイミングで実用化を狙っています。その頃はまだ操縦者が必要だと思いますが、2030年には“操縦者なしで、お客さまはただ乗っているだけで移動できる”ような空飛ぶクルマが一般的に使われている世界を作っていきたいですね」

空飛ぶクルマのイメージ

 —2030年といえば、もう10年もありませんが、そんな未来が待っているのですね。非常に楽しみです。