政策特集ドローンがある日常、その先の未来 vol.8

空に新たなインフラを。JALの新戦略『エアモビリティ』の未来像に迫る(前編)

JALエアモビリティ創造部・貨物郵便本部のみなさん

 新型コロナウイルスの感染拡大によって大打撃を受けた航空業界。そんな中で、エアモビリティという「空の新たなインフラ」の創造に向けて挑戦するのが日本航空(JAL)だ。そのイノベーションと課題に迫る。


長崎・五島列島で、総飛行距離1,216km、総飛行時間28時間27分の実証調査に成功


 -はじめに、無人飛行機を用いた貨物輸送事業に乗り出すことになった背景を伺えますでしょうか。

 「2019年度の売上構成のうち、航空運送事業が75%、残りの25%はJALパックやJALカードなどで、運送事業に依存するまさに“一本足打法”のような状態でした。新たな収益基盤を作るのが旧事業創造戦略部のミッションでしたが、新型コロナウイルスの感染拡大もあり、事業創造に注力しております。その中で、弊社が得意とする航空運送関連での新規事業として着手しているのは、MaaS領域、そしてエアモビリティ領域の2つ。新たな収益源として成長を見込むエアモビリティ領域における新規事業創造を担う『エアモビリティ創造部』という部署が、2021年4月1日に立ち上がりました」

 -社内でも注目の部署ですね。今回はエアモビリティ事業について詳しくお伺いしますが、まずは、どんな事業内容なのか簡単に教えてください。

 「『ドローン物流』そして『空飛ぶクルマ』の2つです。既存の航空運送の管理システムなどを生かして、“IT×航空”のトータルパッケージを提供したいと考えています。2022年の改正航空法が施行されるタイミングで『ドローン物流』、2025年の大阪万博のタイミングで『空飛ぶクルマ』の実用化を目指しています。他のエアモビリティ事業者に対して、運航管理の仕組みを提供することにもトライしたいですね」

 -その2つの事業の中で、まずはドローン物流について詳しく聞かせてください。地方において実証実験などを重ねているそうですが、事例も含めて紹介してください。

 「2020年11月3日より10日間、長崎県西部の離島(新上五島町および小値賀町)および本土(佐世保市)を舞台に、国交省スマートアイランド推進実証調査を実施。こちらに関しては、ドローンと同様の無人航空機にカテゴライズされる無人ヘリを使用しました。上五島町内(中通島、若松島間)のルートA、上五島町・小値賀町間のルートB、上五島町・佐世保市間のルートCという3ルートにおいて、東京都内のJAL本社から遠隔操作で無人ヘリ輸送を行う、という実証調査です。遠隔操作の指導や無人ヘリの提供などはヤマハ発動機の全面協力、さらには新上五島町役場などの協力で実施。天候不良の影響で就航率は80%程度でしたが、その中で総飛行距離1,216km、総飛行時間28時間27分という物流調査実証を実施できました。離島と本土間、離島間、離島内の物流改革において、非常に可能性がある事業だと感じました」

五島列島での実証調査のルート

 -この実験で、どのような分野で手応えを感じられたのでしょうか。

 「大きく分けて3点あります。1点目が鮮魚、2点目が医療分野、そして3点目が日用品のオンデマンド輸送です」


五島の朝獲れ鮮魚が、その日のうちに都内の料亭に運ばれる!


 -それでは1つずつ詳しく伺っていきます。「五島列島」というと、やはり新鮮な魚介類をイメージしますが、その物流にも大きな可能性を感じられたのですね。

 「はい。実証調査において、朝に獲れた鮮魚を中通島から長崎空港へ輸送し、そのままJAL便に載せて都内へと送るケースも試しました。具体的に申し上げますと、中通島を8時に出発して佐世保の着陸地点に9時30分頃到着、その後陸送で11時に長崎空港に送り、12時35分発のJAL便で羽田空港まで輸送して14時頃に到着。そして夕方には都内の料亭に届けられる、というものです。従来の高速船では昼のJAL便に間に合わず、どうしても一日以上かかっていたのですが、今回は獲れたその日のうちにお届けできたので、板前さんにも『鮮度が全然違う!』と喜んでいただけましたね」

東京都のJAL本社より、五島列島の無人ヘリ飛行を遠隔操作する

 -五島の鮮魚が獲れた日に都内で食べられる、というのはいままでにない価値だと感じました。

 「さらに、羽田空港からタイ・バンコクへの直行便が就航しているので、無人ヘリ、陸送、JAL便で羽田空港へ輸送した鮮魚を、深夜のJAL便でバンコクまでお届けすることもできました。運航の不安定さなどまだまだ課題はありますが、五島の鮮魚を東京や海外に新鮮なまま届けられるのは、島の方たちにとっても嬉しいことではないかと考えています」

 -物流がスムーズになることで、地域の資源をより広められるようになるのですね。次に、医療分野のお話を伺いたいのですが、どのようなものを無人ヘリで輸送したのでしょうか。

 「血液と検体の2種類です。まず血液について。輸血などに使う血液は温度管理が非常に厳しいものですが、無人ヘリに血液を冷蔵保存するボックスを搭載した状態で輸送することで、血液を状態の良いままお届けすることができました。輸送中の温度変化や振動を計測しても安定していましたし、到着後の検査でも『品質に問題なし』とお墨付きをいただきました。検体についても同様に、品質が安定した状態での輸送に成功したのです」

 -この結果は、離島の医療に大きな影響を与えそうですね。

 「はい。血液が緊急で必要になったとき、これまで船を経由して時間がかかるためヘリコプターを利用することもありました。しかし、ドローンを使えば長崎本土からヘリコプターより安価で輸送できるため、緊急手術などの緊急を要する事態でもお役に立つことができると実感しました」


離島にいても「ファストフードが食べたい」という欲求を叶えられる。


 -3つ目の日用品のオンデマンド輸送について、こちらはどのような需要があるのでしょうか。

 「日用品、なかでも離島では手に入らないものは大きな需要があります。例えば、日本全国で当たり前にあるファストフード店は、離島にはほとんどありません。本土の長崎市に行けば手に入りはしますが、頻繁に往復するわけにもいきませんよね。ドローン物流が実現することによって、人が移動することなくモノを買えるようになるわけです。実際に『ミスタードーナツやケンタッキーを食べたい』という声も多く、島で買えないものが欲しい時に届く--。そんなニーズに応えるものにしたいですね」

 -ドローン物流によって、本土と同じような生活環境が手に入る可能性もありそうですね。このエアモビリティ事業に対し、離島の方々はどんな声を寄せているのでしょうか。

 「“新たなテクノロジーを待ち望んでいる”ことがひしひしと伝わってきます。離島では過疎化が急速に進み、コンビニやスーパーが閉店している、または移動販売車が減少している地区もあるため、生活環境が以前より厳しくなっているのかもしれません。だからこそ、このドローン物流に期待してくださっているのだと感じています。安全面や採算性など課題はまだまだありますが、一つずつ解決していき、実用化に向けて取り組んでまいります」

無人ヘリ物流のイメージ

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※空の新たなインフラ、そして新しい経済の形にもなりえるJALのエアモビリティ事業。避けては通れない安全管理について、JALには興味深いメソッドがあった。後編で詳しく紹介する。