政策特集RCEPの世界へようこそ vol.1

巨大経済圏誕生の裏に「ASEANプラス」の流れあり

日本が果たしてきた役割

RCEP協定署名後の梶山弘志経済産業大臣(右)と菅義偉首相(2020年11月)

 アジア太平洋地域の経済連携の新たな枠組み「地域的な包括的経済連携(Regional Comprehensive Economic Partnership)協定」。英語の頭文字をとって「RCEP」と称されるこの協定に2020年11月、日本、中国、韓国、オーストラリア、ニュージーランドと東南アジア諸国連合(ASEAN)の15カ国が署名した。世界の国内総生産(GDP)の3割を占める巨大な経済連携協定が生まれ、参加国全体で9割以上の品目について関税を段階的に撤廃することが合意された。段階的な関税撤廃に加えて、サービス貿易・投資の自由化、知的財産や投資の保護をはじめとする経済ルールなど内容は多岐にわたる。RCEPは、これまでの自由貿易の枠組みとどう異なり、その先にはどんな可能性が広がるのか。まずは成立に至る背景から振り返ってみよう。

世界貿易額の3割をカバー

 RCEPは巨大な経済連携協定だ。参加国のGDP総額(25・8兆ドル)はもとより、合計人口(22・7億人)、貿易総額(5・5兆ドル)でも世界の約3割を占める。また、日本の貿易総額の実に半分(73.6兆円)がカバーされることになる。
 こうした経済連携協定(EPA)は関税の撤廃・削減にとどまらず、幅広く経済関係を強化するため、貿易や投資の自由化・円滑化を目指す枠組みだ。
 経済連携協定と聞くと、TPP(環太平洋経済連携協定)を思い浮かべる人がいるかもしれない。TPPは2017年1月に米国が離脱を表明し、「環太平洋パートナーシップに関する包括的および先進的な協定(CPTPP)」として、2018年に発効したこともあり、メディアでも大きく取り上げられた。RCEPには米国が、TPPには中国が参加していないことは広く認識されているかもしれないが、この2つの協定はそもそも成り立ちが全く異なるのである。

経済統合の源流となる2つの流れ

 時計の針を15年ほど巻き戻してみよう。
世界ではグローバル経済の進展で新たな貿易ルールの構築が求められていた。ただ、世界貿易機関(WTO)の下で2001年に始まった多角的貿易交渉(ドーハ・ラウンド)は停滞。そうした中、2国間、複数国間で物品・サービス貿易の自由化・円滑化や通商ルールの整備を進めるために、EPAの締結が進められていた。
 当時、アジア太平洋地域には後の経済統合の源流となる2つの動きが存在した。
そのひとつが、シンガポール、ニュージーランド、チリ、ブルネイの4か国で2006年に発効した環太平洋戦略的経済連携協定(TPSEP)。「原則として自由化の例外なし」かつ知的財産や政府調達、競争政策などといった幅広い分野を含む高い水準のEPAの拡大を掲げた。投資や金融サービスの自由化を含めて拡大・発展させる交渉に米国が2008年に参加の意思を示したことで、数ある地域経済統合イニシアティブの中でも注目度が高まった。これがCPTPPの源流となる。
 もうひとつが、ASEAN諸国が域外国とのFTAを締結する「ASEAN+1」FTAの動きで、これが今日のRCEPに発展する。「ASEAN+1」の多くの協定はTPSEPと異なり関税撤廃に例外を認めていたことや、最初から幅広い分野のルールを定めることより、物品貿易の自由化を先行させたことなどが特徴である。これがRCEPがTPP11に比べると緩やかな自由化率を設定していることにもつながってくる。

 「ASEAN+1」をベースにしたメガFTA構想を巡っては、その後、中国がASEAN+3(ASEAN10カ国+日中韓)を提唱。これに対して日本はより広範なサプライチェーン整備の必要性から、インド、オーストラリア、ニュージーランドなども含めた「ASEAN+6」の枠組みを提案。2012年にこれら2つの構想をベースに16カ国の首脳によりRCEPの交渉開始が宣言される。

旗振り役の日本

 合意に向けた道のりは平たんなものではなく、交渉には実に8年もの歳月を要した。交渉参加国の経済実態や制度、その関心度合いにも温度差があったからだ。例えば、当初は交渉範囲に明確に含まれていなかった電子商取引をめぐっては、交渉対象とするか否か、対象とする場合、どの程度のレベルの規律まで許容できるかなど、各国からさまざまな意見が示された。
 こうした状況下で、日本は市場経済体制の先進国として、一貫して経済ルールの質の面を重視。旗振り役を務めた。知的財産や電子商取引といったルール分野で、できるだけ質の高い合意を実現できるよう訴え続けたのである。
 2017年4月には、ASEAN加盟国の経済相が域外で一堂に会し訪問国の経済状況などを視察するイベント「ASEAN経済相ロードショー」を日本で開催。日本とASEAN諸国との間で、イノベーション促進的なRCEPを形成していく観点から、知的財産や電子商取引などの分野で、質が高く商業的に意味のあるルールを形成することの重要性を共有した。
 その1年後、2018年7月には日本がASEAN以外の交渉国として初めてRCEP閣僚会合を主催。このような形で日本はRCEP交渉の推進に尽力してきた。初めての経済連携協定となる中国や韓国との間をはじめ、地域全体をカバーするルールの整備が遅れていただけに、RCEP協定が妥結した意義は大きいといえるだろう。
 インドは最終的にRCEP協定の署名に参加しなかったが、ここでも日本が主導し、2020年11月のRCEP首脳会議にて、RCEPがインドに対して開かれていることを共同首脳声明で確認するとともに、「インドのRCEP参加に係る閣僚宣言」を発出した。この宣言には、インドが望む場合、①各国はいつでも加入交渉に応じる、②RCEP協定の発効日からインドの加入のために開かれる(
注:インド以外は発効18か月後から加入可)、③RCEPの各会合にオブザーバー参加できる、④締約国間で行われる能力向上支援活動に参加できる、など、インドに対する特別な扱いを明記しており、インドが復帰しやすい環境を整えることができた。
 次回はRCEPの合意内容や期待される効果について紹介する。