政策特集DXが企業を強くする vol.9

競争力強化へ オールジャパンで挑む変革プロセス

伊藤邦雄 一橋大学CFO教育研究センター長に聞く【後編】

 
 デジタルトランスフォーメーション(DX)は企業の財務戦略とも無縁ではないと指摘する一橋大学の伊藤邦雄CFO教育研究センター長。その理由は。そして、多くの企業がDXを進めたその先には日本経済のどんな景色が広がるのだろうか。

財務戦略に与えるインパクト

 ーDXが財務戦略に影響を与えることを実証するデータや考察はあるのでしょうか。
 「海外では投資先のDX戦略(の巧拙)が株式の運用実績に成果を上げていることが実証されています。日本でもこのほど選定された『DX銘柄』は、代表的な株価指数に比べて、コロナ禍局面での株価下落幅が小さく、しかも戻りが早い傾向がみられます。実はこれは非常に重要な現象です。ボラティリティー、すなわち株価の変動幅が小さいということは、企業にとって資本コストの低下につながります。こうした点からみても『DX銘柄』は企業経営にとって意味ある取り組みだと思います」

深い対話につなげる

 ー企業経営に与えるこうしたインパクトを踏まえ、経営トップはDX戦略を本格化させる一方で、投資家側にもDXの本質を見極める目が問われてくるのでは。
 「重要な指摘です。投資家側もDXの専門家ではありませんが、ある程度、DXに精通していなければ、同じ目線で対話できません。その上で、何をKPI(重要業績評価指標)に定め、目的や効果をどう検証するのかといった深い対話につながることが期待されます」

 ーいま、投資家は企業が取り組むDXのどこに関心を寄せているのでしょうか。
 「まずは各社の取り組みがどの局面にあるのかを見定めようとしています。ビジョンや戦略策定にこれから取り組む準備段階なのか、あるいは推進役としてCDO(最高デジタル責任者)やCDXO(最高デジタルトランスフォーメーション責任者)といった外部人材も登用しながら戦略を策定しているのか、さらに取り組みは進展し、外部人材の力を借りずとも『自走』する組織となっているのか。国がDX企業を認定する制度がこのほどスタートしたのも、こうした段階を経た着実な取り組みを加速する狙いがあります」
 ー日本企業全体にDXを浸透させるには、中小企業の取り組みも欠かせません。
 「経営資源が限られる中小企業に、理念や意義を一方的に訴えるだけでは響かないでしょう。だからこそサプライチェーンが一体となって産業界全体で取り組む必要がありますし、実際、そうなっていくでしょう」
 

サプライチェーンで取り組む意義

 ーどういうことですか。
 「これからの産業政策、企業経営のメーンテーマは脱炭素社会の実現、デジタル化、人材活用の三本柱ですが、これらは一見、異なる課題のように映りますが。それぞれが無縁ではありません。DXと人材活用が表裏一体であることは、前編でお話しましたが、実は脱炭素化とデジタル化も同様です。そもそも脱炭素化を進めるには、自社はもとより、グループ全体、さらには原材料や部品調達先も含めたサプライチェーン全体での二酸化炭素(CO2)の排出実態を瞬時に把握しなければ、有効な対策を迅速に講じることができません。そのためにはデジタル技術の活用を通じて効率的にデータの収集や分析を進める必要があるのです。大企業にとってのDXはサプライチェーン全体での脱炭素を推進する上で不可欠な手段、一方の中小企業にとっては取引先や社会の要請に応えることは商機に直結するだけにDX推進の原動力となるはずです。すなわち、DXとはオールジャパンで挑む変革プロセスであり、そのスピード、深度が日本の産業競争力強化につながる。これは決して大言壮語ではなく、実際、そうなると確信しています」

 ※「DXが企業を強くする」は今回が最終回です。次回から「『はばたく中小企業・小規模事業者』と描く未来」がスタートします。