政策特集DXが企業を強くする vol.5

グランプリ2社にみるDXの真髄 構造的な課題解決に挑む【後編】

コマツとトラスコ中山 それぞれのビジネスモデル

建設業界のデジタル化を推進するコマツ


 生産性向上や人手不足への対応を迫られる建設業界。あるいはサプライチェーンの中核を担う存在として顧客ニーズにどう応えるかー。「DX銘柄2020」グランプリに輝いたコマツ、トラスコ中山のデジタルトランスフォーメーション(DX)戦略に共通するのは、自社の競争力強化はもとより、産業構造や社会の変化に立ち向かう「切り札」としてDXを明確に位置づけている点にある。

「施工の全工程 デジタルでつなぐ」

 建設現場や施工に関する情報を三次元データ化として把握、管理し、これに基づくシミュレーションや建設機械の自動制御によって、安全で生産性が高く、しかもスマートでクリーンな「未来の現場」を実現するコマツの「スマートコンストラクション」。2015年の開始以来、国内で累計で1万を超える現場で導入実績があるこのソリューションが2020年4月、新たな局面を迎えた。四つのIoTデバイスと八つのアプリケーションからなる、より適用範囲の広い施工支援サービスとして導入が始まったのだ。
 同時に提供を始めたのが、「つながる」機能を持たない従来型建機をICT(情報通信技術)対応機種にバージョンアップできる「レトロフィットキット」。国内で稼働する建機の98%はこうした機能を持たないことから、これが建設業界全体のデジタル化が進まない一因となってきた。経営資源が限られる中小の建設会社でも導入できるよう価格を大幅に抑えるとともに、他社製の建機にも取り付け可能とすることで、建設業界のデジタル化の弾みとしたい意向だ。
 小川啓之代表取締役社長兼CEO(最高経営責任者)は一連の取り組みの狙いをこう語る。
 「建設生産プロセスごとの部分的なデジタル化だけでなく、施工の全工程をデジタル化でつなぐことで、実際の現場とデジタルの現場を『同期』させながら施工を最適化できるとともに、建機そのもののICT化によって既存の施工全体がDXの早期実現へ向け前進することになります。同時にこれらは建設業界の労働力不足解決にもつながるものです」。

戦略を語るコマツの小川啓之代表取締役社長兼CEO


 デジタル技術を積極活用するビジネスモデルが注目されてきた同社だが、今回のグランプリ選定にあたっては「DXにさらに磨きをかけ、顧客の課題にとどまらず、業界および社会課題の解決にも目を向けている」(評価委員会)点がとりわけ高く評価された。施工のオペレーションの最適化という「コト」と、建設の自動化や自律化という「モノ」の両面でアプローチするというビジネス戦略も実に明確だ。

究極の「即納」目指して

 一方、初選出ながらグランプリに輝いたトラスコ中山。機械工具の卸大手として国内外のメーカーから仕入れた約239万点を販売するビジネスを手がける。在庫商品だけでも約40万点に上り、顧客からの「すぐほしい」に応えられることに競争優位性がある。中山哲也代表取締役社長は、顧客ニーズに徹底して応える姿勢をこう表現する。
 「お客さまには何のメリットもない『在庫回転率』ではなく、注文のどれだけを在庫から出荷し即納できたかを示す『在庫ヒット率』を経営の最重要指標としています」。それは実に91%に達する。「デジタル力」「物流力」「在庫力」が三位一体となってこそ実現できるビジネスモデルと自負する。

独自のビジネスモデルで顧客ニーズに応えるトラスコ中山の中山哲也社長


 その「デジタル力」。基幹システムの刷新を機に、社内の業務改革と取引先とのデータ連携を進めてきた。2020年1月には基幹システムを刷新し、人工知能(AI)による自動見積もり「即答名人」を開始。さらに営業改革の一環として、独自のスマートフォンアプリとオンライン通話アプリを組み合わせ、いつでもどこでも営業担当者とコンタクトできるサービス「フェイスフォン」の運用も開始。顧客への回答スピードやコミュニケーションの向上につながっているという。
 デジタル技術を前提に、ビジネスモデルを抜本的に改革し、新たな成長につなげるー。こうしたDXの真髄を象徴する新ビジネスが「究極の即納」と称する販売形態「MROストッカー」だ。あたかも「置き薬」のように工具や消耗品などの商品在庫を客先の生産現場に自社資産として常備。顧客は専用アプリで商品のバーコードを読み取るだけで購入できる。簡単かつ、顧客の管理コストや納期がゼロになる仕組みだ。購入後は商品が自動で発注され補充されるが、今後、さらにAIを活用することで顧客が必要とするであろう工具を事前に高精度で予測、提案できるような仕組みの導入も計画している。

客先に商品を在庫することで究極の即納を実現する「MROストッカー」

顧客はバーコードを読み込むだけで必要な商品を購入できる


 一連の取り組みをトップダウンで主導してきた中山社長の言葉が印象的だ。
 「デジタルありきで進めてきたわけではありません。本来企業はこうあるべきではという姿を実現するにはデジタルの力が必要だったということです」。
 とかく、顧客視点でどのような価値を生み出すのかが語られないまま、手法ありきに陥りがちなDX。しかし両社の発想およびビジネスモデルは、DXが目指す原点を端的に示しているといえよう。