見慣れた「あの看板」手がける協同工芸社 実力が新事業に結実【動画】
広がる一般消費者向けビジネス
大手スーパーのイオン、中華料理チェーンの日高屋、プロ野球・千葉ロッテマリーンズの本拠地であるZOZOマリーンスタジアム。これらの店舗やスタジアムの一部の看板を同じ企業が手がけていることを知る人は少ないだろう。千葉市に本社を置く協同工芸社。商業施設や事業所の看板の製作が主力事業で、2019年に創業50周年を迎えた。近年は、住宅の表札やキャンプ用品といったBtoC市場にも参入。「看板屋」としてのDNAを受け継ぎながらも、常に新しい形を模索することを忘れない姿勢で海外展開も視野に入れる。
企画製作から施工まで内製化に強み
「仕事があって、人手が足りないから人を雇うのではない。人を育て、さらに成長してもらうために、ふさわしい仕事を提供する。その循環をつくることが経営者の使命」。
協同工芸社の箕輪晃社長は「ものづくりは人づくり」と強調する。
同社の主力の商業看板は一点物が多い。顧客によっては複雑で細かい注文も少なくない。自ずと、企画力やデザインなど機械化できない部分の差別化が競争を左右することも多い。
特に同社は、業界では珍しく、看板の企画から製作、施工までを内製化している。内製化することで、細かい注文や短期間での納品に対応できるのを強みにしているが、その強みを発揮し続けるには人材がなおさら問われることになる。
同社の「人づくり」を語る上で、大きな転機となったのが2011年。現在会長の長塚公章氏が社長に就任し、12年から新卒の採用を始めた。当時の社員数は40人にも満たなかったが、毎年10人規模の採用を継続した。
長塚会長は「新卒の採用ノウハウも育成ノウハウもなかったけれども、採りつづけようと決めた」と振り返る。
無謀にも映る取り組みだが、実は目標があった。「日本一の看板屋になる」(長塚会長)。そのためには、人を採って、育てなければいけないとの思いがあった。
採用はできても、定着しないなどその道のりは決して平たんではなかった。自分たちの会社をどうしたら知ってもらえるか。看板を製作できるインターンシップを導入するなど地道な取り組みを続けた。その結果、採用は軌道に乗り、社員も定着するようになった。現在、従業員は120人を超えるが、約7割が新卒入社組だ。
日用品をちょっとおしゃれに
「人づくり」を重視する同社だけに、若手のアイデアを積極的に採用する土壌も社内にはある。社員の発案で商品開発し、売れればその収益の一部を還元する制度を2018年に開始。その格好の舞台となったのが、ここ数年、力を入れ始めた一般消費者向けビジネスである。
例えば、2019年に始めた表札のネット販売は社内のデザイナーの発案だ。市場で流通する表札の大半はデザイン性に乏しいことから同社は、商業デザインで培ったデザイン力をいかして、豊富なパターンを揃えた。顧客の要望に応じてカスタマイズできる柔軟性も人気を呼び、通販サイトのランキングでも常に上位に位置する。
プロ野球の千葉ロッテマリーンズとライセンス契約を結び、球団のロゴやキャラクターを取り入れた表札の販売を始めるなど、表札事業は着実に広がりを見せる。
BtoC事業は「『日用品を少しおしゃれにする』がテーマ」(長塚会長)。今秋にはキャンプ用のカップホルダーを発売。ゴルフのマーカーも近々市場に投入する。
共通項がなさそうな製品群にも映るが、看板製作に使う機械が稼働していない時にスチールやプラスチック板の端材でできるかどうかが新規事業の判断軸だ。あくまでも看板事業が保有する経営資源を活かす方針はぶれない。
BtoC市場への進出は、思わぬ収穫もあった。箕輪社長は「開発力だけでなく、技術力も上がった」と語る。
「例えば、看板と表札では求められるクオリティーが違う。看板は上に掲げるものなので、お客さんの目線は上を向く。遠くからでも認識できるかが重要になる。一方、表札は目線が同じ高さ。どうしても細かいところまで目が届いてしまう。つくる我々も加工のきめ細やかさにこれまで以上に気を配るようになり、ものづくりの水準が上がった」。
コロナ禍で生かされたノウハウ
こうして蓄積されてきた経営資源が思わぬ形でいかされたのがコロナ禍だ。
「何か社会の役に立てないかという視点で考えた時に、『看板用のアクリルを使って飛沫感染を防止する装置や資材をつくれるのでは』となり、一日で試作品を組み立ててみた。これも看板一筋ではやろうと思わなかっただろうし、技術的にも難しかっただろう」(箕輪社長)。
パーテイション(間仕切り)を4月末に発売するや、企業や飲食店から問い合わせが相次ぎ、ネット通販市場には連日注文が殺到した。
患者の頭部にかぶせることで医療従事者の飛沫感染対策となる「エアロゾルボックス」も開発し、全国の医療機関に50個無償提供した。看板用のアルミ複合材を使って、PCR検査用のボックスも製造している。いずれもネットでも販売している。
「(BtoC製品を手がけることで)開発力、デザイン力、技術力があがったがパーテイションや医療用器具では(ネット販売という)販路をすでに構築していたのが大きかった。技術力があるけれども売ることができない企業も多かったのでは」(箕輪社長)。
2014年に長塚氏は社長のバトンを箕輪氏に渡した。現在は二人三脚体制だが、箕輪社長が本業である看板事業を、長塚会長が新規事業という緩やかな棲み分けもある。そうした中、新規事業が広がりを見せるが、長塚会長は「あくまでも意識は『看板屋』」と語る。
実際、新規事業だけでなく、本業の看板事業でも事業の枠を自ら壊し、「看板」の再定義を続けている。
例えば、宅配便で送りやすいサイズの看板をネットで受注する「ミニ看板」事業を計画している。製作した看板を依頼主に送って、依頼主は地元の工務店に設置をしてもらう。そうした仕組みをつくれれば、協同工芸の製作力をいかし、遠隔地からの注文も受けやすくなる。
各省庁の入札にも参加するようになった。「看板製作会社が入札に参加することは非常に珍しい」(箕輪社長)。入札には省庁ごとに細かい規定があり、参加要件も細かく設けられているが、ひとつずつクリアしている。
長塚会長は「利益が出たら新しいことをやってみる。それが激変する環境に対応できる唯一の手段」と語る。
2人はここ数年かけて、東南アジアを回った。長塚会長と箕輪社長の頭にあるのは海外進出だ。どこの国がビジネスに向いているか、工場をつくるならばどこか。まだ構想段階ではあるが、ここ数年、技能実習生を受け入れるなど、海外展開の布石を着実に打っている。彼らが母国に戻り、デザイン会社を設立し、ともに事業を展開できないか。日本から世界へ。日本の協同から世界のKYODOへ。「千葉の看板屋」の挑戦は終わらない。
【動画はこちらから】
【企業情報】
▽所在地=千葉県千葉市美浜区新港152▽社長=箕輪晃氏▽創業=1969年▽従業員数=123人▽売上高=20億8000万円(2018年12月期)