政策特集レジ袋有料化 その先の未来 vol.10

生分解開始と速度を制御 「仕掛け」備えた魔法のプラスチック

群馬大学粕谷健一教授インタビュー【前編】


 海洋プラスチックごみに対する社会的な関心の高まりとともに、自然環境下で分解する生分解性プラスチックへの期待が高まっている。さまざまな研究が進むなか、「時限生分解性」なるプラスチックを開発したのが群馬大学の粕谷健一教授。製品として使用している間は物性が安定的に維持されるが、海洋に流出されると分解が開始、促進される「仕掛け」を備えた魔法のようなプラスチック。そのメカニズムとはー。

海洋環境を利用 二段構えで

 -海中で分解する「仕掛け」をプラスチックそのものに付与するとはどのようなことなのですか。

 「ここでは二つの手法を用いています。一つ目は環境中の酸化還元状態に着目し、地上や海中に比べ電位の値が低い海底(海底質)に到着するとはじめて分子結合が切れるプラスチックを設計しました。結合が切れた分子は、微生物が利用できる大きさまで低分子量化し、その後、海洋の微生物によって無機化されます。もうひとつは、海洋で分解が遅い生分解性プラスチックの中に分解酵素を持つ微生物を『芽胞』という休眠状態で閉じ込め、海洋でプラスチックが破損し内部に水分が進入すると、微生物が働きだし、分解が始まる仕組みです」

 -海洋環境を利用してまず分解のスイッチが入り、次の段階では微生物による分解が進むということですね。

「そうです。前者は生物学的というよりも、海洋の物理化学的な特徴に着目しており、酸化還元電位に限らず、塩応答性なども利用できると考えています。一方、後者の手法はプラスチックの破損が分解開始のスイッチの働きをしています。その後、休眠から解かれた微生物がプラスチックの表面を覆い、分解を促進します。このようなプラスチックの表面に微生物の世界を形成する手法は分解速度制御にもつながることから、こうした研究にも力を入れています」

表面に微生物の世界を形成する

 -どんな微生物が効果的か、目星は付いているのですか。

 「特定の微生物や分解酵素にアプローチするよりも、プラスチック上に形成される微生物を『かたまり』として捉え、その世界を作ることに軸足を置いています。人間に例えれば、腸内環境に着目するような発想ですね。生分解性プラスチックの実環境における生分解性は、現状の知見だけでは予測が困難で、これが実用化を阻んでいる要因のひとつとなっています。そもそも海洋中は微生物の分布が希薄で、そもそも分解に効果的な微生物に遭遇する確率が低い。自然環境で安定的に分解されるには、分解酵素を生産する微生物を効果的に形成する制御技術を確立することが重要と考えています」

 ー実用化へ向けてどんな実証実験やプロジェクトが進められているのですか。

 「神奈川県の横須賀や茨城県・大洗海岸などの実環境やラボ海水で生分解性試験を重ねるとともに、国のプロジェクトでは、プラスチック表面に形成されるマイクロバイオーム構造の解析や分解を制御する化合物をスクリーニングする研究に取り組んでいます。構造と生分解速度との相関が明らかになれば、海洋環境を利用した新たな素材開発の進展が見込まれます」

茨城県阿字ヶ浦海岸での海水サンプリング

マクロとミクロ 双方の視点で捉える

 -ご自身のこうした研究アプローチの特徴はどこにあるとお考えですか。

 「材料と酵素分子との関係に着目したミクロな視点と、材料と環境因子との関係性に着目したマクロな視点の双方から生分解性プラスチックを捉えていることでしょうか。プラスチックは分子鎖の構造や、それが集積した結晶構造、さらにはその結晶が集積したバルク構造といった階層構造を持ちますが、分解速度を決定づける結晶構造やバルクの構造といった高次構造は、自然環境下では変化することがあり、ミクロの視点に基づく従来の酵素と材料との関係性における知見だけでは十分に分解速度を制御できないことが分かっています。ですから従来の材料開発アプローチに、海洋などの実環境の変化を組み合わせたマクロスコピックな研究開発に可能性を感じています」

 -海への思いの裏には趣味の釣りも影響しているのですか。

 「そうですね。子どもの頃から釣りは大好きで、大学時代も釣り同好会に所属し、学校に通うよりもフィールドワークと称して釣りに精を出す日々でした(笑)。また(生分解性高分子材料研究の第一人者である)土肥義治先生も大の釣り好きで、ご釣行に帯同したこともあります。漁網などの漁具は強度や耐久性を考慮して作られていますが、破損して海中を漂うことになった時点でいかに分解しやすいかが求められる。使用中の強度や耐久性と、使用後の速やかな分解。相反するこのふたつの特徴をどう両立させるかは生分解性プラスチックにおいて永遠のテーマですが、過去には研究開発が下火になってしまった時期もあり、歯痒い思いもありました」

粕谷教授の原点である海。生分解する魚網の研究などを通じて海と向き合い続けてきた


 -それから30年あまり。状況は一変しました。当時と何が異なるのでしょうか。

 「『生分解性』に向き合う社会の姿勢の変化が大きいと感じています」

※ 後編に続く。