政策特集令和時代をどう生きる~働き方・学び方 vol.8

「人材育成」と「課題解決」は同義になる

AI Quetで見えてきたもの 官民座談会【後編】

左から経済産業省の小泉氏、シグネイトの齊藤氏、ボストン コンサルティング グループの折茂氏

 経済産業省が進める課題解決型の人材育成プロジェクト「AI Quest」。ゴールは社会実装であり、日本の国際競争力につながる産業政策として人材育成のあり方を探るものでもあった。座談会の話題も、日本ならではの人材育成のあり方へ広がっていく。

熾烈な競争が教育を磨く

 経済産業省商務情報政策局情報経済課 小泉誠課長補佐
 「例えばフランスの「42」というプログラミングスクールは、無料ではあるものの入学時には1か月間の不眠不休のテストがある。方や米国ではGAFAをはじめとするネット関連企業がAI人材を高額報酬で獲得している背景から、高額の学費を払ってでもスクールに通う人たちがいる。海外ではそういう世界を目指す人たちの熾烈(しれつ)な競争によって教育が発展してきた側面があります。

 シグネイト 齊藤秀社長
 当然のことながら、自らが活躍できる「マーケット」がどれほどあるかは主体的な学びのインセンティブになります。米国はこの課題を解いたらビジネスを制するというゲームのデザインが確立していますが、日本の場合はそのゲーム自体を作っている段階です。だからこそ、「何となくAIプロジェクトをやっています」という雰囲気ではなく、具体的にAIによる成果を通じて経済効果を生み出せる人材像を世に示すことが学びの原動力になります。こうした人材が活躍することでAIの社会実装が加速する-。そんな「エコシステム」を創出することが必要だと考えます。

 ボストン コンサルティング グループ 折茂美保マネージング・ディレクター&パートナー
 これからの人材像以前の問題として、日本はそもそも、企業戦略と人事戦略が紐付いておらず、明確なジョブディスクリプション(職務記述書)もないまま人事施策が進められているという実情がありますよね。いまチームにいる人材にどんな能力があるかはもとより、将来の企業戦略を考えた時に、例えばどれぐらいのデジタル人材が必要になるかも明確でない。こうした現状を打破する上でもAI人材は極めて分かりやすい人材モデルだと思っています。実践的な課題を通じて、データが生み出す価値を体感した人材がさまざまな分野で活躍する姿が広く社会に知られるようになることで「うちの会社もできるかも」と新たな一歩につながる効果が期待されます。

 齊藤 そうですよね。「このプロジェクトに携わりました」と実績を記載すればおおよそのスキルが分かります。

 小泉 同感です。だからこそ、経産省としては今回の事業を広く発信することで、新たなうねりにつなげたいと考えています。あと、僕は民間出身だからよく分かるのですが、日本企業における人事部と事業部の問題は根深い(笑)。

 折茂 個人の能力がきちんと評価されて、活躍できる場が用意されているか。日本企業が抱える根本的な課題のひとつです。

今回のプログラムには約200人が参加した(2020年2月15日に行われたPBL講習の閉会式)

日本流のアプローチとは

 小泉 「AI Quest」は、企業の実際の課題に基づくケーススタディーを中心とした実践的な学びの場を目指すプログラムです。単にAIの知識を学ぶのではなく、参加者同士がトライアンドエラーを通じ、学び合いながら実際のプロジェクトに関わることでしか得られない知恵を習得します。こうした経験をした人材は、結果うんぬんではなく、その過程で何かを身に付けているはずなんですよね。 ところで、日本流のアプローチという意味では、製造業やインフラ保安、サービス業などにおけるAIの活用への期待が高いのは日本の特徴のひとつだと思うのですが。まさにコネクテッド・インダストリーの観点です。

 齊藤 そう思います。こうした企業こそ、データが生み出す価値を体感した人材が事業戦略の立案側で活躍することが期待されますが、さきほどの折茂さんのジョブディスクリプションの観点からも、テーマを設計したりプロジェクトを回していく人の能力は純粋な技術者の能力に比べ曖昧で、評価されにくい。デジタルトランスフォーメーションを推進すると言っても、技術者を大量に採用すればいいという問題ではないんです。そういう意味において、今や「AI人材の育成」と「課題解決」の境界線は限りなく曖昧になりつつある。目の前にある課題にチャレンジすることそのものが、AI時代の人材育成なのです。

 小泉 2019年度は実証事業としての取り組みでしたが、今回得られた成果や課題をもとに、来年度はさらに発展ささせる方針です。社会の皆さんには、引き続き注目して頂きたいと思います。