ルールメークにどう挑む 産業構造の変化が変革迫る
暮らしや企業活動を支える「標準化」。さまざまな形状や品質の製品が、無秩序に市場に乱立することを防ぎ、品質や安全を担保、利便性の向上につなげる役割を果たしてきた。そんな標準化の世界にいま、新たな潮流が押し寄せている。標準化の対象分野がモノからサービスに広がるとともに、グローバル市場の獲得においても標準化を含むルールづくりの巧拙が切り札となる時代が到来しつつある。日頃は思いをめぐらす機会の少ない、標準化の世界に足を踏み入れてみよう。
社会の変化を映す鏡
標準化と聞いて多くの人が想起するのはJIS(日本工業規格)ではなかろうか。生産現場で用いられる各種工業製品のほか、電池やノートといった身近な製品でもJISマークを目にする機会は多い。JISに代表される標準化が求められる役割は時代によって変化を遂げ、そしていまなお進化し続けている。
2017年7月、空港や駅、商業施設などで多くの人が目にする「手荷物受取所」や「救護所」「ベビーケアルーム」といった案内図記号(ピクトグラム)が新デザインに切り替わった。2020年の東京五輪・パラリンピックの開催を控え、外国人観光客にも分かりやすい環境整備が狙いだ。ほかにも無線LANや携帯電話の充電コーナー、海外発行カードに対応したATMを示した15種類の図記号が追加された。
「子どもにフード付きの上着は着せないでください」。保育園などからこんな注意を受けた経験のある保護者は少なくないだろう。
フードなどに付いている首回りのひもが遊具などに引っかかり思わぬ事故につながりかねないためだ。ところが、ひもなしのデザインを探すのは意外にも至難の業。そこで新たに策定された子ども服のJIS規格。メーカーは子ども服について頭や首回りのひもが垂れ下がらない作りにするといった安全に配慮した工夫が求められる。
標準は、幅広い利害関係者の合意に基づいて作られる任意のルール。だが、規制や制度に引用されることで強制力を持ち、利用が進むという側面を持つ。もとより、規格に適合した商品開発が進めば消費者にとっては選択の幅が広がることは言うまでもない。
JIS サービスやデータも対象に
戦後の復興期に工業製品の品質改善や生産の合理化を促す目的で制定された工業標準化(JIS)法。環境問題や経済のグローバル化への対応といった変遷を経て、いま大きな転換点にある。デジタル技術を軸に加速する「つながる社会」の到来、環境対応など企業行動への要請、評価方法としての標準への関心などがものづくりを対象としてきたJISのありように変革を迫る。
今年7月、JIS法が70年ぶりに抜本改正された。標準化の対象を鉱工業製品だけでなくサービスやデータ分野に広げ、法律名も「産業標準化法」にあらためられ、「日本工業規格」は「日本産業規格」となった。
対象拡大によって、ビッグデータを活用した保守メンテナンスやシェアリングサービスの内容や品質、IoTを活用した社会インフラの規格化も可能になる。
求められる戦略
改正の背景には、産業構造の変化に加え、日本企業のグローバル化が進むなか、競争戦略としての規格の重要性が高まっている実情がある。欧米では、民間取引に必要な認証としての標準が活用されてきたが、欧州の市場統合やWTO(世界貿易機関)ルールに基づき国際市場を獲得する手段としての観点から国際的なルールづくりを主導する動きに拍車がかかる。英国規格協会(BSI)のピーター・サイソンズ氏はこう語る。「標準化は、革新的な製品やサービスをいち早く世界展開するための『通行手形』であり、市場拡大の『触媒』なのです」。
新たな技術やサービスの普及には、品質や安全性の担保をはじめとする市場環境の整備と市場創出の両輪が必要だが、「新技術やサービスの開発スピードがますます加速するいま、研究開発の初期段階から標準化も含めた市場環境の整備を検討することが必要」。経済産業省の宮崎貴哉基準認証政策課長はこう指摘し、情報収集や市場分析から研究開発、標準化、さらには普及促進までを一貫して見据えた戦略の意義を強調する。
時代の変遷とともに役割や意義も変わってきた標準化。次回はいまや暮らしに欠かせない社会インフラとして定着したQRコードの規格化をめぐるヒストリーを紹介します。
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