
出産して感じた社会の壁…夜ご飯テイクアウト事業で、人の温かみも届ける!
マチルダ 丸山由佳さん

高齢化の進展や共働き家庭の増加などライフスタイルの変化に伴って、私たちの食のスタイルも大きく変わってきている。なかでも、調理の手間がいらず、好きなものが自分のタイミングで食べられる、持ち帰り弁当や宅配された料理を家で食べる中食(なかしょく)は、外食とともに日常生活に欠かせないものとなってきている。
都内にステーションを展開して、家庭料理のテイクアウトサービスを提供する「マチルダ」も、2021年のサービス開始以来、利用者が増え続けている。代表取締役の丸山由佳さんが、自身の出産、子育てで感じた課題を解決しようとして起業したスタートアップだが、「子育て家庭を支援すること」だけが目的ではないという。丸山さんに創業の経緯や意図などについて聞いた。
「課題の当事者」の自覚と、夫のひと言で起業へ
――― 出産が起業のきっかけになったそうですね。
25歳で妊娠しましたが、その時は、「まだ、仕事を頑張りたいのに」と、出産をポジティブには受け止められませんでした。でも、出産してみたら、とんでもない幸福感を感じました。「子育てって大変」、「子どもができたら、あきらめなきゃいけないことがたくさんある」という社会に広がる価値観が、私にも刷り込まれていたのかもしれません。実際に子育てを始めてみると、社会は子育てに寛容ではないと感じることも多く、子どもと電車に乗ると泣き声などで「うるさい」と言われる。子育てを「している人」と「していない人」の間に“分断”を感じました。
では、どうすればいいのか。そこで始めたのが、「晩ご飯のおすそ分け」をイメージしたミールシェア事業でした。例えば、晩御飯を5人分多く作れる人がいたら、メッセージアプリで欲しい人を募って、配っていくというものです。
私は料理が得意ではなく、子どものご飯も泣きながら作るぐらいでした。しかも、仕事から帰ってきて夕食を作るとなると大変。子育ての負担となっている「食」の課題を解決したいのもあって始めた事業ですが、目的は、ただ食を届けるだけではなく「社会とのつながり」を作りたいと思いました。分断の解消には、孤独感すら感じる子育て家庭や子どもと、社会とのつながりを作って広げることが、解決につながっていくのではないかと考えたのです。後にマチルダのベースになったともいえる事業でした。
――― 会社を辞めていきなり起業した訳ですが、戸惑いはなかったですか。
学生時代から社会を良くすることに携わりたいとは思っていましたが、起業は一度も考えたことがありませんでした。きっかけになったのは、育児をするようになって、自分が初めて「課題の当事者になった」と自覚したことと、夫の一言です。
夫には出産してから、ずっと、「どうして世の中はこうなのか」、「もっと、こうなればいいのに」と言っていました。そうしたら、夫から、「そんなに世の中に課題を感じているのに、なぜ、自分で解決しようとしないんだ」と言われたのです。「確かに、そうだ。課題を感じたなら、当事者である私が動くべきだ」と思いました。大学で、起業を目指す学生たちを支援する授業を受けたり、就職した情報関連IT企業で何かを立ち上げた人たちを見たりしていますし、夫も起業家で経営者なので、起業は、そんなにハードルが高いものだとは思わなかったですね。

自分が初めて「課題の当事者になった」ことで起業を決意したと話す丸山由佳さん
ミールシェア事業撤退 「思い」だけでは続かない
――― ミールシェア事業は、その後、どうなったのでしょうか。
新型コロナで緊急事態宣言が出て、スタートから1年ほどした2020年4月にサービスを休止し、9月には事業から撤退しました。でも、やめる決断をしたきっかけはコロナではなく、私に腫瘍が見つかったからです。結局、検査で良性と分かったのですが、悪性の可能性もあるかもしれないと思った時、「人生は有限。いまの事業に拘らず、もっと沢山の子どもたち・子育て家庭に届けられることをやろう」と考え、方針転換することを決めました。
ミールシェア事業は撤退しましたが、反省による学びがいくつかありました。まず、自分だけで出来ることには限りがあるとわかったこと。二つ目は、「思い」だけでは続かない。継続できるビジネスモデルを構築する必要があるということです。コロナで私はサービスをストップする判断をしましたが、デリバリーや大手の宅配は、その時期に売り上げを大きく伸ばしました。ちょうど、その時、子育て家庭の食の分野で起業を考えていた、今の共同創業者と出会い、一緒に実証実験で新しいビジネスモデルを試してみて、株式会社「マチルダ」を設立。2021年5月にサービスを始めました。

マチルダのサービス
――― マチルダのミッション「こどもが無邪気でいられる社会を創る」は、どうやって生まれたのでしょうか。
育児をしていた時に出合った本に非常に感銘を受け、その考え方に影響を受けました。「思いどおりになんて育たない―反ペアレンティングの科学」(アリソン・ゴプニック著)という本です。子どもは、親や周りが教えようとするより、もっと多くのことを自然に学んでいる。子どもの学習能力は想像以上。子どもが大人の意図に関係なく無意識に学び取っていく期間は絶対に必要だというのです。そうであれば、子どもが“無邪気な状態”で成長していく期間を社会が寛容に受け入れ、学び取る力をサポートしてあげることが、良い社会を作ることにつながっていくのではないか。だから、「子育て家庭を応援する」ことだけが目的ではなく、「子どもが主役」の事業を目指しているのです。
家庭料理を提供+子どもと地域をつなぐ場に
――― ミールシェアは宅配型でしたが、マチルダは利用者がステーションでご飯を受け取るスタイルにしたんですね。
ミールシェアでは、配送時間を10分間隔で指定できるようにしていました。でも、実際は、その時間に帰れない人が1割ほどいたのです。通勤や保育園のお迎えといった生活動線上にステーションがあれば、自分のタイミングで受け取ることができます。コスト効率も良いので受け取り型にしました。
ステーションは現在30か所あり、都心のオフィス街の2か所以外、住宅隣接地にあります。「子どもと社会のつながりの場」であることを重視しているので、設置の際は、周辺の子どもの数を調べて決めます。最近は、スタッフと子どもたちが顔見知りになって、「1年生になったよ」とランドセルを見せに来る子がいたり、迷子の子どもが、「ステーションにいればお母さんがきっと来てくれる」と思って、スタッフと話をして待っていたり、少しずつ地元に浸透してきたかなと思います。私たちは、食を届けるだけではなく、社会とのつながりのなかで、地域の日常が幸せなものになればいいと思っているので、そうした存在に思ってもらえるのは、ありがたいことです。

都心を中心に30か所展開するマチルダの「受け取りステーション」。受け取りに必要なQRコードは家族で共有できる
――― どんなメニューを提供しているのでしょうか。
主菜、副菜と汁物の3品、ファミリーセットの場合大人2人分と子ども1人分の計2.5人前がワンセットになっていて、みんなで食卓を囲んで、取り分けて食べることをイメージしています。私たちは、「大人も子どもも楽しめる家庭料理」と言っているのですが、例えば、カレーだと子どもが食べやすい甘口でも、ガラムマサラや一味などの辛み調味料を大人用に別添えにしたり、ミョウガや大葉なども別にするなどの工夫をしています。私たちが届けたいのは、「今日の夜ご飯が楽しみだな」と思ってもらえる食事です。だから、作り置きではない、ワクワク感のある「日替わりの家庭料理」を提供したいと思っているのです。
マチルダのアプリには、メニューごとに「また食べたい」「どちらでも」「もう食べたくない」と評価をフィードバックできる機能があり、人気のものは2か月に1回、再登場させ、不人気のものはお蔵入りさせるか、大幅なレシピの見直しなどを行っています。750種類以上の全てのメニューがスコアリングされていて、社内では重要なデータになっています。また、定期的にランキングを発表して利用者にもお知らせしています。

丸山さん自身、食べることが大好き。「毎日の食事でワクワクしたい」と話す
料理や農業も 子どもの体験の幅を広げたい
――― マチルダのステーションは、子どもたちや地域との接点としてユニークな存在になりつつありますが、どのような将来ビジョンを描いていますか。
利用者の2割は単身者や高齢の夫婦で、子育て家庭以外にも利用は広がってきています。事業規模としては、少なくとも300か所ぐらいは必要と考えており、現在の1日3000食を3万5000食に増やすことを目標としています。そのうえで、私たちが提供している「体験」の幅も広げていきたいと考えています。食も体験のひとつですが、料理や農業体験など子どもたちを巻き込んだイベントも、もっと増やしていきたいです。体験やチャレンジが子どもの興味を広げることにつながるのだと期待しています。
――― 最後に、本の話が出たので読書についてお聞きします。普段、どのような本を読んでいるのでしょうか。
SNSや電車の中吊り広告などで見かけたり、少しでも興味を持ったりした本は、すぐに買います。最近、本を読まない人が増えているという話を聞きますが、読んでみてほしい本があります。「さみしい夜のページをめくれ」(古賀史健著)です。なぜ、本と出会うといいのかといったことが物語の中で分かってくる。小学校高学年ぐらいから読める本ですが、大人にもいい本だと思います。
私は、単に知識を得るために読むこともありますが、自分と向き合うために本を読んでいます。自分の考えとどう違うか、どう思ったかによって、より自分のことを知ることができます。情報過多の時代、自分に合った、欲しい情報を手に入れるには、まず、自分のことを知る必要があるのだと思います。読書は自分と向き合う良い手法だと思っているのでお勧めです。
【プロフィール】
丸山由佳(まるやま・ゆか)
マチルダ代表取締役CEO
1990年生まれ。東京都出身。九州大学経済学部卒業後、1年間、アメリカでインターンとして働いた後、情報関連IT企業に就職して法人営業を担当。出産で娘との出会いに感動、同時に、子育ての課題に直面し、2019年2月にミールシェアサービスを開始した。コロナ禍のため、2020年4月にサービスを一時休止したが、その後、方針転換を決めて9月に事業から撤退。2021年1月にマチルダを設立して、5月からサービスを開始。2025年4月現在、30ステーション、1日3000食を提供している。