政策特集AIに愛を vol.4

日本のAI開発・利活用を支える重要インフラ。「データセンター」がカギを握る

AIの学習、利活用が進む中で今後、大量のスーパーコンピューター(計算資源)が必要となってくる。そうした状況を背景に、大量のサーバーや通信機器を備える「データセンター」の新設が相次いでいる。データセンターは、デジタル時代の基盤となるインフラであり、膨大な量のデータを保存・処理することができる施設だ。クラウドサービスを提供する企業(グーグルやマイクロソフトなど)が自社のサービス運用のために建設しているほか、データセンターの運営を専門に手がける企業が建設し、施設中のサーバーや回線などの設備を他の企業に貸し出すケースもある。AI開発者や研究者などに計算資源を提供するプレイヤーの取り組みに迫った。

被災地の福島・大熊町で2棟が稼働

AI開発のスタートアップ「RUTILEA(ルティリア)」(本社・京都市)は、福島県大熊町に子会社「AI福島」を設立し、町内にデータセンター2棟を建設した。米半導体大手「エヌビディア」の最新の画像処理半導体(GPU)を導入し、割安なクラウドサービスを提供している。

福島県の浜通りに位置する大熊町には、2011年の東日本大震災で事故を起こした東京電力福島第一原発が立地している。ルティリアとAI福島が運用するデータセンターは、原発事故による避難指示が解除された地域に建設され、2024年9月に1号棟、2025年2月には2号棟が稼働を開始した。立地にあたっては、災害リスクについて十分な配慮をした。東日本大震災の際に、津波の浸水や河川の氾濫がなかったこと、岩盤が強固で液状化のリスクがないことを審査した上で決定した。放射線量はすでに日本の平均的なレベルまで下がっている。

福島県大熊町に建設されたデータセンター

エヌビディアのAI用GPUである「H100」を搭載する高性能GPUサーバーなどを備える1号棟は、AIモデル開発における中規模の開発に特化したGPUクラスタを構成する。顧客にコストパフォーマンスの良いサービスを提供するため、過剰投資を控え、AIモデル開発に特化したデータセンターを個別設計した。非常に安価なGPUクラウドサービスは、電力安定性や通信安定性にかけるものが多いが、ルティリアの設計は、非常用電源、通信帯域とその冗長性、サーバーの管理において都市型データセンターと同等の性能を持つ。さらに、周囲は二重の柵に囲われているほか、多くの防犯カメラが設置されているなど、セキュリティーは厳しく管理されている。特に心臓部である「サーバールーム」は社員の中でも限られた数人しか入ることができない。

建物内には、中央の通路を挟んで両側に黒いラック(棚)が並び、そこに多くのサーバーが据えられている。サーバーの排気で内部が高温になるのを防ぐため、常に冷却ファンが回っているので、ひんやりと涼しい。

1号棟のサーバールームの内部

2号棟はサーバールームが二つあり、演算能力がより高いGPU「H200」を搭載する84台のサーバーを備えている。GPUの枚数は1号棟352枚、2号棟672枚の計1024枚に上る。二つのデータセンターは専用線でつながれ、一体として稼働している。

便利で割安のクラウドサービスを提供

ルティリアは、矢野貴文代表取締役社長が京都大学大学院在学中の2018年創業。労働生産性の向上に役立つ画像解析AIなどの開発に取り組んできた。不良品や異物混入の画像検査を自動でできる製品を開発し、トヨタ自動車など製造業を中心に採用されている。そうした中、新たな事業として注力するのが、データセンターを活用するGPUクラウドサービスの展開だ。

クラウドサービスは、グーグルやアマゾンなど巨大ITの寡占状態にあり、利用料は高額だ。ルティリアも以前は大手のクラウドサービスに多額の利用料を支払っていたが、自前のデータセンターを運用することで、自社で使うだけではなく、外部の企業などにサービスを提供する立場になった。

「動画の生成モデルやLLM(Large Language Model=大規模言語モデル)を一から作ることができる水準で、AIのモデル開発をする上で必要なものをそろえ、無駄な過剰投資をそぎ落としたのが特徴です」

矢野社長は自社のデータセンターについて、こう説明する。

AI開発に取り組んできた経験から、AI開発者にとって使いやすい「AI開発プラットフォーム」を提供するとともに、サービス利用料も割安に抑えた。利用者にとっては、データの作成からAI学習まで一貫して対応できる、生成AI開発のための包括的なインフラとなっている。

矢野社長は「AIを開発する過程は、データをためる、データを加工する、加工したデータをGPUに転送して、そこでモデルを学習するというプロセスがあります。それをワンストップで提供でき、AI開発者が便利なインフラを使えるようにすることが僕たちの役割だと考えています」と話す。

必要な時に必要なだけ利用できるオンデマンドにも対応しており、1時間当たり500円で利用することも可能で、今では大企業からスタートアップ、個人レベルまで多くの利用者がいるという。

ルティリアの矢野貴文社長

被災地の復興、雇用創出にも貢献

ルティリアの大熊町進出を後押ししたのが、経済産業省の復興予算に計上されている「自立・帰還支援雇用創出企業立地補助金」だ。浜通りに工場などを新・増設する事業者に対し、必要な経費の一部を補助するもので、ルティリアは2023年度に採択された(2024年度にAI福島へ承継)。AI福島は地元で10人を雇用することを条件に、1号棟に設置したGPUサーバーの導入費用が補助される。2号棟については、経済産業省からクラウドサービスの提供に欠かせない「クラウドプログラム」の安定供給確保に向けた計画の認定を受け、GPUサーバー等の整備費用の支援を受けている。

AI福島の社員で大熊町在住の長瀬史佳さんは、「大熊町に進出した場合、手厚い補助があるので、スタートアップでもやっていけるという背景がありました」と語る。

矢野社長も「被災地を支援する国の政策があることから出発した事業。原発周辺は地盤がしっかりしているなど立地場所として悪くないし、経済的な復興という意味でも、現地で人を雇ったり、地域の会社に発注したりしていて経済波及効果は大きいと思います」と述べ、被災地の復興や雇用創出につながる意義を強調。その上で「AIは設備投資が発生し、内需も潤い、外貨も稼げる事業。短期的な政策に終わるのではなく、長期の目線に立って流れを作ってほしい」と継続的な支援に期待を示す。

地域に役立ち、産業をアップグレードする

矢野社長は、現在の取り組みの先に、日本発生成AIの海外輸出を展望している。メディカルツーリズムなどインバウンドを呼び込める仕掛けのAIや犯罪捜査に活用するAIなど、世界でも日本が優位に立っている分野で優先的に開発が進む流れを想定し、貢献していきたいという。

そこでカギを握ると見ているのが、全国各地へのデータセンターの分散化だ。

「データセンターの事業者は大企業も多いが、我々は自分たちの特徴を生かし、分散型のデータセンターで頑張りたい。我々自身AI開発ができる力があるので、分散したデータセンターを使って、その地域に役立つAIを開発したい。目標としているのは、新しいAIを作り、新たな顧客体験を提供することで、既存の産業をアップグレードしていくことです。すぐに(チャットGPTを開発した)オープンAIのようになるのは難しいけれど、一つ一つ積み上げ、気づいたら大きくなっている。そうした姿が僕たちの目標です」

矢野社長は、目指す未来像をこう表現した。

公的な研究開発を支える大規模AI計算基盤「ABCI」

民間主導でのAI開発基盤の整備が進む一方で、公的な計算資源を活用したAI開発支援の取り組みも強化されている。

国立研究開発法人の産業技術総合研究所(産総研)が構築し、AIST Solutionsが運用する「AI橋渡しクラウド(ABCI)」は、2018年からAI研究開発を支援してきた国内最大級の公的計算基盤である。2025年1月には、経済産業省の支援を受け、最新のGPUを6,128基搭載した「ABCI 3.0」へと更新され、本格運用を開始した。

ABCI 3.0は、公的機関としては日本最大級の性能を有し、生成AIモデルの研究開発・評価や人材育成といった用途で、主に大学や研究機関、スタートアップによる公的な研究開発に提供されている。

実際に、自動運転スタートアップ「T2」による環境認識モデルの開発や航空測量やさまざまな空間計測を手掛けるパスコによる防災や森林管理のための衛星画像処理に利用されている。さらには生成AI分野では、Preferred NetworksやELYZAといったスタートアップによる大規模言語モデル(LLM)の開発が挙げられる。

特徴的なのは、その省エネルギー設計だ。ABCIは、GPUなどから発生する熱の冷却に、消費電力の大きい冷凍機を使用せず、冷却塔を用いた温水冷却により、一般的なデータセンターと比べ10分の1以下の電力効率を実現し、コストと環境負荷の低減にも貢献している。

今後は、マルチモーダル生成AIの構築など先端的な研究開発の場として活用されるほか、ABCIの運用を通じて得られた知見を民間クラウド事業者へ提供するなど、計算資源の裾野を広げる取り組みも進めていくという。

ABCI 3.0の外観

ABCI 3.0の計算サーバー