政策特集いつもの買物と 変わる流通 vol.3

業界の壁を越えた商品情報の共通化へ! 小売業DXの旗手が語るスーパーの未来像

デジタル化による小売業の将来を語る山本慎一郎氏

スーパーマーケットなどの小売業は、慢性的な人手不足や電子商取引(Eコマース)の普及などによる消費行動の変化に対応するため、早急なDX(デジタルトランスフォーメーション)を迫られている。その「一丁目一番地」が、卸、小売、商品メーカーという業界の壁を越えた商品情報の共通化だ。

デジタル化による商品情報の共通化は、小売業にどのような変化をもたらすのか。「マルエツ」「いなげや」など4つのスーパーマーケットチェーンを傘下に持つ「ユナイテッド・スーパーマーケット・ホールディングス(U.S.M.H)」経営戦略本部長兼デジタル本部長で、日本小売業協会でデジタルITを推進する「CIO研究会」座長を務める山本慎一郎氏にスーパーの未来像を語ってもらった。

共通の商品マスタでサプライチェーンを効率化

――― まず、小売業のデジタル化の歴史や現状について、教えてください。
現在、商品のコードや規格などの情報の共通化に向けた議論が進んでいます。業界では、1970年代以降、商品の取引に共通の商品情報を使って電子的に発注する仕組みを取り入れました。1980年代になると、スーパーやコンビニでPOS(販売時点情報管理)システムが導入されたことにより、商品やパッケージなどに表示される流通コードの普及が進みましたが、取引先の番号や細かな登録データなどは、会社ごとにバラバラでした。

企業間取引を効率的に行うためには、小売、卸、メーカーが共通の規格や商品のコードを導入し、商品情報を共有することが必要です。こうした商品に関する基本的な情報を一元管理するデータベースを我々は「商品マスタ」と呼んでいます。約1万種類の商品を扱っているので、商品マスタを共通化できれば非常に便利になります。

――― デジタル化やDXを進めることで、消費財のサプライチェーンにはどのようなメリットがありますか。

現状のサプライチェーンでは、小売側からメーカーの生産情報は見えません。同様にメーカー側からは小売の販売情報が見えません。つまり「業種の壁」で分断されています。この壁がなくなり、サプライチェーン全体の情報が一気通貫に見通せれば、常に在庫状態が把握できます。流通在庫の把握が容易になり、仮に市場から特定の在庫がなくなっても代替品を充てることができるようになります。メーカー側の生産効率は上がり、過剰な量を出荷することもなくなります。

業種や企業の壁を越えて情報をつないでいくことは非常に重要です。そのためのベースとなるのが、商品マスタの共通化により、商品の基本情報を関係者全てが共有することだと思います。

Eコマースの普及で、重要度増す商品情報

商品情報の共有化に本腰を入れたのは、実はここ6年ぐらいです。小売業がEコマースを始めるにあたって、その重要性を再認識したことがきっかけです。皆さんも、インターネットで買い物をする際、写真がついてない商品は買いませんよね。さらに写真だけでなく、商品に関する文字情報も必要です。まさにEコマースでは、商品の情報によって商品が購入されるかどうかが決まるわけです。

我々はこれまで、売り場に陳列した商品だけを売っていましたが、その背景にある情報をきちんと提供していくことが、現代のお客様には重要だと思います。海外には商品情報の一元化に先進的に取り組んできた国もあります。日本は少し回り道をして、20年近く議論を続けてきて、ようやくここまでたどり着いたということだと思います。

――― 商品情報が統一され、しっかりと正しい情報が届けられると、消費者にはどのようなメリットがありますか。

今、「サンライズ2027」というグローバルな取り組みが始まっています。現在、商品のパッケージなどにあるバーコードを Web対応の2Dバーコードに置き換えるものです。これが実現すると、スマートフォンで2Dバーコードを読み取ると、その商品の原材料、製造された場所、製造年月日など、様々な商品情報が分かるようになります。

現状では、作られてから一定の時間が過ぎた弁当などには、店員が割引シールを貼っています。この仕組みが入れば、そうした作業をしなくてもレジで自動的に値引きされるようになります。デジタル化により、お客様の行動も、我々の仕事のやり方も変わる、まさにDXそのものですね。

――― U.S.M.Hで導入している具体的な取り組みはありますか。

スマートフォン向けに「Scan&Go」というアプリを展開しています。お会計の際にレジに並ぶことなく、自身のスマートフォンで商品登録と決済を行うことができ、スムーズなお買い物が可能です。商品情報も豊富で、アレルゲン情報なども表示することが可能になります。デジタルを活用することで、お客様のニーズに対して、細かく情報を提供できるようになるのです。

お客様自身も買い物がより楽しく、効率的になります。企業にとっては、お客様の好みを把握するマーケティングのツールになり、お客様の嗜好に応じて、「おすすめ商品」の紹介や割引クーポンを提供することもできるようになります。

U.S.M.H.のアプリ「Scan&Go」で、レジに並ばす買い物できる

今後は商品の「提供価値」と安定供給で競争へ

――― 山本さんは、経済産業省の「商品情報連携標準に関する検討会」にも参加されています。検討会への期待感をお聞かせください。

私は日本小売業協会でデジタルITを推進している「CIO(最高情報責任者)研究会」の座長として、商品情報の連携と、それによって物流の効率化をどう高めていくかを検討してきました。これまでは、協会がメーカー、卸、配送業者の各業界とそれぞれ議論していましたが、検討会が設置されて、国が主導していただくことで、業界を横断した動きになっていくことに期待しています。

商慣習を含めて変えるのですから、簡単にはいかないでしょう。小売、卸、メーカーをつなぐサプライチェーンを育てていくため、5年程度のロードマップを作成して、全体が移行していくことが大事ですし、関連するサービスを現代的なシステムに刷新することも必要です。新しいシステムが便利で実利を生み出せることが分かれば、小売業全体にあっという間に広がるでしょう。スーパーのセルフレジが急速に広まったのと同じです。

――― 商品マスタなどが共通化して広まった将来、競争領域として残るのはどういったところになるでしょうか。

自分たちの企業が、どういうお客様に対してどういうサービスや商品を提供するのか、ターゲットを明確にすることでしょうね。それが分かるためにはやはり商品の情報、商品の動き、お客様の動きがきちんと見えることが必要です。小売ですから、似通ったお店はたくさんありますが、中には特徴が明確な店も結構あります。「コーヒーを買うならこの店」と決めている人もいるでしょう。要するに、我々の店頭、さらにインターネットを通じたEコマースを含めた、提供価値をどう上げていけるか、そこは競争領域ですね。

もう一つの競争領域は商品の供給面です。最近も米やキャベツが品薄となり、価格が高騰するといったことがありました。今後もこういうことは起こり得るでしょう。我々小売は、単に市場から出てきたものを集めて売るだけではなく、安定供給を果たすために何をしなければならないかを考えていく必要があります。

――― デジタル化のいちばんの恩恵はどのような面に現れると思いますか。

現状の店舗の陳列棚の状況が全て可視化できることです。どの場所で売っているか、どれくらいの量を並べているか、在庫はあるのか、が可視化できると問題の半分は解決できたようなものです。

商品情報を社会インフラ化。「今がチャンス」

――― 商品マスタの共通化や、デジタル化への取り組みについて、全国のスーパーなど小売業全体の温度感をどう見ていますか。

商品情報の共通化に関して、スーパーマーケット業界は今、非常に前向きです。「この取り組みは自分たちのためのものであり、お客様のためでもある」との理解が進んでいます。新しい技術についても「うちはやらなくていい」という企業はまずありません。デフレのトンネルから抜けて、様々な物が値上がりし、人手も足りない、そのときこそチャンスです。

スマートフォン1台あれば参画できます。小さな店も大きな店も同じ恩恵を受けられます。商品情報を社会のインフラとしてどのように展開していくか、ということが求められると思います。

山本慎一郎(やまもと・しんいちろう)
2014年株式会社カスミ常務取締役ロジスティック本部長、2017年同社専務取締役、2020年同社代表取締役社長、ユナイテッド・スーパーマーケット・ホールディングス株式会社取締役を経て、2024年から同社執行役員戦略本部・デジタル本部長