今どきの本屋のはなし

書店応援団③EXILE 橘ケンチさん「読書会で味わったLIVE感。双方向の場をもっと」

本好きな著名人のオススメ本や書店に対する思いを語ってもらう特別企画「書店応援団」の第3回は、人気グループ「EXILE」「EXILE THE SECOND」でパフォーマーや俳優として活躍している橘ケンチさんです。人々を魅了し、楽しませる手法を追究してきた橘さんが考える、新しい形の書店について聞きました。(以下、橘さんのインタビュー)

みんなが集まり、参加できる「書店」を作った

自分の本棚を誰かに見せるのってちょっと恥ずかしい。一方で、誰かの部屋を訪れたら、つい見てしまうのも本棚です。「あ、こんな本を読んでるんだ。俺もさぁ……」と、話が広がっていく。そんなドキドキ感、わくわく感を双方向で味わいたいと2017年、インターネット上に「たちばな書店」というコミュニティーサイトをオープンしました。本を介してみんなが集まり、参加できる空間を作り出したかったのです。

「たちばな書店」に込めた願いを語る橘さん

「たちばな書店」では、「ケンチの心に残る一冊」というコーナーがあって、僕自身が影響を受けた本を紹介しています。最初に紹介した「多読術」(松岡正剛著、ちくまプリマー新書)は、時間をかけて悩んで選びました。

でも、それだけではなくて、書店に訪れた人からも「皆さんのおすすめの本」を募る。そして、そうした本を集めたリアルの読書会を開くこともあります。ネット書店がリアルイベントも行うというのは、当時としてはちょっと新しい発想だったと自負しています。

読書のコツを伝授する「多読術」(松岡正剛著、ちくまプリマ―新書)は、本に対するイメージや捉え方を変えた一冊だという

アイデアの源はLIVEです。僕らはLIVEで全国を巡り、全力でパフォーマンスを届けます。でも、小さな村や町、島までは行けない。そこに暮らす人たちとは、LIVEという形ではなかなか交流できないことを歯がゆく感じていました。では、僕が大好きな本を通じてだったらどうだろう。コミュニケーションが生まれるのではないかと考えたのが「たちばな書店」のきっかけです。

本好きの「優等生」ではなかった

僕は「小さい頃から読書好きで、毎週、図書館に通っていました」というような本好きの優等生ではありません。バスケットボールやサッカーに打ち込み、その後にのめり込んだのはダンス。でも何かを読むことが嫌いだったわけじゃない。漫画はたくさん読んでいたし、スポーツ雑誌では、選手の読み物が大好きでした。父親からもよく「本だけはたくさん読んでおくように」と言われて育ちました。

そんな素地があったからなのでしょうか。大学を卒業し、就職をせずダンスで生きていくことを選んだものの、思い通りの成功が得られなかった20代半ば。理想と現実のギャップに苦しんで、毎日のように壁にぶち当たってもがいていた時に救ってくれたのが本であり、書店でした。

最初に手に取ったのは、自己啓発本やビジネス書です。言葉の力ってすごいと実感しました。本からインスピレーションや力をもらうことができ、自分の殻を破っていく原動力になりました。

本や書店との出会いで、人生が変わったと振り返る橘さん

そこからです。時間があれば書店に通い、小説やエッセーなど、様々なジャンルを読みあさりました。今では本を手にしない日はありません。移動中はもちろん読書の時間です。新幹線の東京―名古屋間は移動時間が短くてちょっと物足りないくらいです。

読後に沸き上がる思いを共有する

必ず紙の本を書店で手にした上で買っています。電子書籍も利用してみたのですが、すぐに紙の本に戻ってきてしまいました。装丁の手触りや字体の面白さ、余白の取り方、そうしたすべてが紙の本の味だと思っています。とにかく本を丸ごと味わい尽くしたいんです。

僕は書店に行くことを「心の健康診断」と捉えています。書店では、四方八方からいろんなジャンルの本が僕に情報を送ってくる。僕がその時、心の奥底で求めている内容の本に、僕のアンテナがぴゅんと向くのだと思うのです。その時の体調だったり気分だったり、様々な条件があって、違う日だったら同じ書店を訪れても、その本にはインスピレーションを感じないのだろうと思います。だからこそ、手に取った本を見て「そうか、きょう俺はこういう気分なのか」「こんな本を求めているのか」と自分を見つめ直せます。

そして、自分が実際に本を書く立場になって、本や書店についての見方はさらに大きく変化しました。

作家デビューを果たし、一冊の本ができるまでに多くの人が携わっていることを実感したという

LIVEは、その一瞬に全力のパフォーマンスをぶつけ、大勢の人でわっと共有し、その場で反応が返ってくる。本は正反対です。僕が書くのに時間がかかり、本になって書店に並ぶまでに時間がかかり、そして誰かがそれを買って読み終わるまでに時間がかかり…。読み終わった時に沸き上がる思いは、基本的に個人で味わう。

その違いは違いとして素敵だと感じつつ、両方の良いところを生かす方法はないかなと考えるようになりました。

そんな思いから生まれたのが、先ほども触れた「たちばな書店」のリアルイベント「読書会」です。課題図書を設定し、参加者で意見交換をします。みんなが大好きな作品ばかりで、既に読み込んでいる状態ですから、とても盛り上がります。ちょっとLIVE感がありますよね。

三浦しをんさんの「舟を編む」を課題図書にした時は、あらかじめ「どの登場人物に思い入れがあるか」をみんなに尋ねておき、同じ回答の人を近くの席にしました。そうしたら「このシーンで何を感じたか」という問いに対する答えが近くの席同士で似通っているんです。すごく驚きました。三浦さんも参加してくださったのですが、「こんな経験は初めてです」と喜んでもらえました。

書店は「待ち」から「動く」時代に

今の時代の流れや人々の情報の取り方を見ると、書店が店舗をどんと構えて、お客さんがやってくるのを待つという形はなかなか厳しいのだろうなと感じます。もちろん、書店の良さに気づいて、通うようになったら書店ごとの「品ぞろえ」とか「こだわり」に目が行くのですが、その入り口まで来てもらうのが大変です。

僕は本が大好きだからこそ、その入り口をどこにどう仕掛けていくかを一緒に模索したい。ダンスや舞台やその他の仕事を通じて得た感覚が、何かの形で生かせるのなら協力したい。書店がもっと「動く」ようになるという感覚でしょうか。能動的に人々の中に入っていく、双方向のシーンを増やせはしないかと思いを巡らせています。たとえば、ワゴンに本を積んで移動式の書店を作ってどこへでも出かけてアピールしていくとか。「たちばな書店」は、そんな新しい取り組み、実験、冒険をどんどんしたいと思っています。

本は絶対になくならない。こんな時代だからこそ、本の価値や可能性を感じると笑顔で話す橘さん

 

【プロフィール】橘ケンチ(たちばな・けんち)
1979年生まれ。EXILE、EXILE THE SECONDのパフォーマー、俳優、作家。読書好きとして知られ、2023年には青春小説「パーマネント・ブルー」を刊行。ライフワークとして日本酒の魅力の発信に努めており、全国の酒蔵を巡った「橘ケンチの日本酒最強バイブル」の執筆やドラマ化された日本酒マンガ「あらばしり」の企画原案も担った。LDH JAPANのSocial Innovation Officerとして、社会貢献や地域共生をテーマにした活動に力を入れる。2025年3月から「EXILE LIVE TOUR 2025 “WHAT IS EXILE”」を行う。