今どきの本屋のはなし

「あなたも、本屋になりませんか」 書店新規参入を促す ――田口幹人さんの活動

リアル脱出ゲームの企画運営会社が作った謎解き専門の書店、建設会社が運営するアートや建築本でいっぱいの書店、釣り専門新聞社内にあるサカナ専門書店……。

出版取次会社の「楽天ブックスネットワーク」(東京都文京区)が始めた少額卸売りサービス「Foyer(ホワイエ)」のウェブサイト上には、魅力的な書店がずらりと並んでいる。

ホワイエは、だんらんの場やたまり場を意味するフランス語で、このサイトのキャッチコピーは「いま、あなたも、本屋になりませんか」。

ホワイエでは、個性的なさまざまな書店が紹介されている

 

異業種からの書店経営参入をめざす

「異業種から書店への新規参入をどれだけ増やせるか。今一番熱心にやっているのがこの取り組みです」

ホワイエの仕掛け人、田口幹人さん(51)はそう話す。

田口さんは、岩手県中西部の湯田町(現・西和賀町)で書店の息子として生まれた。盛岡市の書店に勤めると、1冊1冊の本へのこだわりをこめたポップを店内に置いてベストセラーを生み出す名物書店員として一躍有名に。書店をやめた後も、子どもたちに向けた読書活動や、持続可能な書店の運営サポートなど、本や書店に関わる活動を日本全国で続け、業界の中で企画力や行動力が注目されてきた。

 

ホワイエは、書店業への参入のハードルを下げ、経験がない人でもわかりやすい書店経営ができるシステムをめざしている。

日本では、書籍は、出版社から直接仕入れるのではなく、取次会社を通すのが一般的だ。この場合、書店は取次会社に対して、一定の信認金(取引保証金)を預けなくてはいけない。書店側の資金繰りが悪化して、仕入れ代金が取次会社に支払われないケースを想定した仕組みだが、ホワイエは回収代行業者を入れることでこれを省略。会員の書店は煩雑な手続きをしなくても、ホワイエの発注システムから書籍を注文すると、すぐに取次会社の在庫から書籍が発送される仕組みにした。

配送方法もシンプルにした。

出版業界では、定期的に刊行される雑誌を配送するトラックの空きスペースを使って全国の書店に書籍を届けるという配送方法を取ってきたが、ホワイエではすべての書籍が宅配便で書店に届けられる。コスト的には割高になってしまうケースもあるものの、書店側の煩雑な手続きや、少ない冊数の配送に配慮した判断だという。

本とモノが一緒になって「ホンモノ」

ホワイエには、さまざまな業者が参加している。冒頭に挙げた脱出ゲームの企画運営会社や釣り専門新聞社など、「本業」を持つ会社も少なくない。

「ひとつのモノ(本業)に対して本があれば、付加価値として物語や背景をしっかり打ち出すことができます。私は本とモノがいっしょになって『ホンモノ』になるという話をよくするのですが、この二つをしっかり使おうという異業種の方がたくさんいます」と田口さん。

例えば衣料品の場合、気に入ってもサイズの合うものがなければ客は店をすぐ出てしまう。ここに本があれば客の滞在時間が長くなる可能性が出てくる。加えて、「誰でも立ち寄れる書店の敷居の低さ」も店舗にとっては魅力になるというわけだ。田口さんは「本というものの可能性は山ほどあって、その可能性をしっかり使おうという人が増えていると感じます」と語る。

2013年度に全国1万5602店あった書店数は、10年後の2023年度に1万918店まで減った。業界の売り上げを支えていた雑誌の販売額も減少し、「街の本屋さん」にとって厳しい状況が続いている。ただ、田口さんの見る風景は少し違う。

「大手出版取次会社のトーハンや、日販(日本出版販売)を通した従来の書店業界のことを、ぼくらは『大きな出版業界』と呼んでいます。この『大きな出版業界』内の書店は減っていますが、ぼくらが『小さな出版かいわい』と呼んでいる書店は増えているんです」

田口さんが言う「かいわい」は、大手取次会社ではなく、小さな取次会社から書籍を少しずつ仕入れて販売する書店業界を指す。「独立系書店」と呼ばれることもある世界だ。正確な統計はないものの、田口さんが把握しているだけでも現在、全国に1000店舗以上もあるという。独立系書店の増加に比例するように、ホワイエの売り上げもこの2年間で1.8倍に伸びた。

ホワイエには、「地域とつながる書店」もある。鹿児島市の社会福祉法人の施設内にある「La Plus(ラプラス)ブックラウンジ」や、東京都足立区のJR高架下の空き店舗を活用した施設「あやセンター ぐるぐる」内の書店などがそうだ。

「文化ではなく、商材としての本という部分でいえば、いままでの書店業界には逆に本に寄り添っていなかったというところがあるかもしれません。だから異業種の方が本の可能性を活用する形で新たに参入することに力を入れているのです」と田口さんは話す。「誰でも本屋ができる。現に作ってしまっている。やろうと思えばできるということを証明しようと思っています」という思いはひとつひとつ形になって表れている。

ホワイエには、地域のコミュニケーションの場としての書店も参加する

 

未来の読者に向けた活動

田口さんは、楽天ブックスネットワークという取次会社に籍を置きながら、特定非営利活動法人(NPO)「読書の時間」の理事長も務める。そこで、進めてきたのが、子どもたち、つまり「未来の読者」に向けた読書推進運動だ。

リアルな本ではなく、電子書籍を読む人が多くなった現在について、田口さんは「人の行動様式が変わっただけ」と受け止めているが、子どもたちへの影響については強く懸念している。

「交通機関を自由に使えるわけではない『交通弱者』でもある子どもたちは、地域に本屋がなくなると身近に本と出会う場所がありません。自治体に整備された公共図書館があっても、親の力を借りずに行けない場所に住む子どももいます」と田口さん。

ネットで本を検索すると、次からは同じような分野の本ばかりをすすめてくるようになる。田口さんは「子どもたちは、ネット時代のそうした危険性はあまり理解していません。いろいろな本が並ぶ棚から本を選び、『ぼくはこれを読むのだ』という場を作ることが必要だと思っています」と訴える。

NPOの活動は多岐にわたる。

全国の小中学校に出向いて研修会やワークショップを行ったり、地方議会に対して学校図書館の整備を訴えたり……。地方議員に向けたセミナーはこれまで18回、参加者は合計3067人に達した。これは全国の地方議員(3万1779人=2023年末現在、総務省調べ)の9.7%に達する。

「書店で買ってもいいし、図書館で借りてもいい。どんな形であれまちに本がある場所をつくる。そしてこれからの読者をつくりたいです」。田口さんの決意は固い。

子どもたち向けのワークショップでは、大日本印刷と一緒に教材を開発した。どんな本が自分に向いているのかを探すチャート式ポスター、本に関連するクイズポスター、日めくり式で1日1冊さまざまな本を紹介する「日めくり本紹介」など、教師や学校司書が手間をかけなくても子どもたちが本と出会える工夫がこらされている。

 

田口さんの書店業界に対しての思いは、2018年に出版された自著「もういちど、本屋へようこそ」に込められている。

「店に来ていただくのを『待つ』から『まち』へ出てこれからの読者をつくることにつなげる活動も本屋の仕事のひとつかもしれない」

「店をかまえる本屋だけが本屋なのではなく、本の周りにいる一人一人が、本に関わるすべての人を『本屋』なのだと仮定した場合、まだまだやれることはたくさんある」

「本の未来の数だけ、本屋の未来もある」

田口さんの活動はこれからも広がっていく。

田口 幹人(たぐち・みきと)
1973年岩手県生まれ。「第一書店」(盛岡市)を経て実家の「まりや書店」を継ぐ。同書店を閉じた後に「さわや書店」(同)に勤め、独自の店づくりで有名書店員に。2019年に退社後、「楽天ブックスネットワーク」に勤務。ほかに特定非営利活動法人(NPO)などの運営も行う。著書に「まちの本屋」(ポプラ社)など