今どきの本屋のはなし

書店員が独自の文学賞で熱量たっぷりに本の魅力を発信…「山中賞」

書店員が個人的に「読んでほしい本」を表彰する独自の文学賞がじわりと広がっている。「山中賞」に「飯田賞」、「ほんま大賞」……。いずれも書店員の名字を冠した賞で、ここ数年で創設された。全国の書店員数百人が投票する「本屋大賞」とは違い、書店員個人の趣味や感性が色濃く反映される。それでも、発表を心待ちにするファンは多く、受賞作の売上は伸びるという。このうち、「山中賞」のケースを取材した。

年に2回、山中賞受賞作品を発表しているTSUTAYA中万々店の山中由貴さん(高知市内の店舗で)

オリジナルの帯を作成し、直筆の手紙も挟み込む

「山中賞」は、高知市のTSUTAYA中万々(なかまま)店に勤務する書店員・山中由貴さん(43)が1人で選考し、表彰する賞だ。山中賞のスタートは2019年。取材時点で2024年度上半期の第11回まで表彰している(歴代の受賞作はページの最後に挙げた)。受賞作のために作るオリジナルの帯では、山中賞について次のように説明している。

「本好き書店員 山中由貴が芥川・直木賞の発表にあわせて半年に一度独断と偏見で選ぶ、ベストオブベスト小説!!! これが、私があなたに手渡せる最高の小説です!!!」

基準は明快。山中さんが半年間に読んだ小説のうち、「みんなに読んでほしい、最高に面白いと思った作品」。読んでほしい気持ちが強いからこそ、手に取ってもらうための工夫にも力が入る。

まずは、「山中賞受賞作」と強調する特製の帯。大きさや色、デザインは作品の表紙にマッチしたものにし、キャッチフレーズを添える。歴代の受賞作を並べた際にどう見えるのかも踏まえて色を決めるという。

山中賞のオリジナルの帯はデザインに趣向を凝らし、手作りとは思えない出来栄えだ

そして、山中さんがなぜこの作品を選んだのかを伝える手紙を書き、本に挟み込む。山中さん渾身(こんしん)の力がこもった手紙は、「ぜひ読みたい」と思わせる力がある。「帯を巻いて『山中賞』って銘打つだけでは、お客さんも『山中って誰やねん』って疑問に思うはずなので。だから、山中賞が何なのか、なぜ選んだのかを知ってほしいと思って手紙を書くことにしました。手紙が後押しになって買ってもらえればいいなと期待しています」と山中さん。

第11回受賞作「死んだ山田と教室」(金子玲介)に挟み込んだ手紙。山中さんの熱量が伝わってくる

ごく普通の書店員が勝手に表彰している文学賞だが、出版社や作者からは好意的に受け止められている。出版社は受賞のプレスリリースを出したり、「山中賞受賞」の帯を用意して全国の書店に配布したりと、販促に活用する。作者からもコメントが寄せられたり、サイン本を送ってくれたりするという。

受賞者の喜びの声からは、書店員が表彰する文学賞の意義がよく伝わってくる。

「書店員さんの読書量のすごさ、読みの素晴らしさを常々尊敬しているだけに、こうして選んでいただくのは本当に冥利に尽きるというか、励みになるというか、光栄なことなのです。山中さん、ありがとうございました!」(第10回受賞作「かたばみ」の作者・木内昇さんのnoteより)

「本を深く愛する書店員さんの、人のぬくもりのある賞をいただき、心から嬉しく、また光栄に思います」(第4回受賞作「彼らは世界にはなればなれに立っている」の作者・太田愛さんのブログより)

山中賞受賞作は売り上げに大きく貢献

気になるのは、売り上げに及ぼす効果だ。「それはもう、めちゃめちゃ売れます。芥川・直木賞より売れます。一般的に売れる文芸書でも20~30冊なのですが、山中賞受賞作は100冊を超えます。200冊に達したものもあります」と山中さんは話す。

作者のサイン本や山中賞の帯がまかれた本は、基本的には、TSUTAYA中万々店でしか入手できない。それらが目当ての客に店舗まで足を運んでもらえれば、同じ作者のほかの作品などもあわせて購入してもらえる可能性がある。

受賞作の発表は、山中さんが運営するXのアカウント上にアップした動画内で行う。受賞作のストーリーや雰囲気にマッチした手の込んだ動画が人気で、動画を見て県外から店舗まで来てくれる客もいるという。山中賞は、単に受賞作の売り上げにとどまらない効果を店にもたらしている。

・TSUTAYA中万々店  X Instagram

山中さんが運営するXのアカウント

第11回受賞作発表の動画

「好きな本を読んでもらうために」さまざまな仕掛け

今や山中賞は出版業界ですっかり有名になり、「カリスマ書店員」とも称される山中さんだが、もともと入店したのは「本のポップを作りたい」という動機だった。心理学を専攻した大学時代に、ミステリーを読み解く講義で小説の面白さに目覚め、小説を読み漁るようになった。加えて、子どものころからイラストをよく描き、漫画家になることが夢だった。好きな本とイラストを仕事にできるのが書店員だった。

入店後は、定型のポップだとスペースが限られていて書きたいことが書けないと、大きさもデザインも自由にポップを作るようになっていった。また、個人で書き留めていた「読書ノート」が同僚の目にとまり、書店内に読書ノートを置いて客が自由に見られるようにした。さらに、おすすめの本や映画を紹介するフリーペーパー「なかましんぶん」を発行するようになった。

漫画家を志していた山中さんの本領が発揮された「なかましんぶん」

さまざまな手法で売り場を盛り上げていた山中さんに、「山中賞を創設しよう」と声がかかったのが2019年。個人文学賞の先駆けとされる三省堂書店の「新井賞」(現在は終了)を取り上げたテレビ番組を見た上司の発案だった。その後、2024年7月には、「なかましんぶん」が100号を迎えたことを記念し、読書人生のベスト オブ ベストを選んだ「山中の100冊」も発表。店内で専用の棚を設け、大々的に売り出している。

山中賞そのものは独自のアイデアではなく、山中賞だけで店の黒字が大幅に増えるわけではない。多くの人に店を訪れてもらい、訪れた人の目につき、手に取りたくなるような仕掛けをいくつも実行しているその一つが山中賞なのだ。山中さんは「店内を遊園地みたいにしたいんですよ。手間はかかりますが、好きな本を読んでもらうためなので。自由に、楽しんでやらせてもらっています」と話す。書店員の情熱と上司や同僚の協力で、ユニークな店が作り上げられている。