経済安全保障に真正面から向き合う! 貿易経済安全保障局のミッションとは
伊藤 純穂(左):貿易経済安全保障局 貿易管理部 貿易管理課
鶴岡 響(中央):貿易経済安全保障局 経済安全保障政策課
平塚 北斗(右):貿易経済安全保障局 貿易管理部 貿易管理課
【貿易経済安全保障局 経済安全保障政策課/貿易管理部貿易管理課】担当者に聞く、組織改編を経て一層機能強化された貿易経済安全保障局のミッションとは。経済産業省という複雑な組織を「解体」して、個々の部署が実施している政策について、現場の中堅・若手職員が説明する「METI解体新書」。今回は、安全保障政策に携わるメンバーに話を聞きました。
日本の法令に「経済安全保障」が定義された瞬間
――― 今年7月の組織変更で前身の「貿易経済協力局」から「貿易経済安全保障局」に改称しましたが、貿易経済安全保障局のミッションは何ですか?
鶴岡:昨今の国際情勢の中で、経済と安全保障は切り離せなくなってきています。経済安全保障の目的は、海外から重要な物品が急に買えなくなる、重要な技術・情報が他国に漏れてしまうといったリスクから、国や企業、暮らしを守ることにあります。そのために取り得る手段は、これまで貿易経済協力局だけでなく、実際にモノを作る産業を所管する製造産業局から通商交渉を担う通商政策局に至るまで、各局がそれぞれの範囲で、それぞれの目的で担当していました。ただ、現状の厳しい対外経済環境を生き抜いていくためには、これらの施策をバラバラに取り組んでいるだけでは限界があり、今までよりもう一歩踏み込んで、経済安全保障そのものを局のミッションとして真正面から一元的にやっていくべきとの問題意識から、「貿易経済安全保障局」として組織を改編・改称しました。特に経済の施策を使って安全保障を確保していくことが、今回新たに発足した私たちの局のミッションになります。経済産業省として、従来から安全保障として実施していた貿易管理の仕事も引き続き行います。これはいわゆる守り=プロテクションの側面が強い分野です。新たな局では、それに加え、産業支援策などのプロモーションも含めて対外政策を講じていきます。さらに、産業界などとの関係づくりもあわせて、プロテクション、プロモーション、パートナーの三つの側面から総合的に安全保障施策を検討するというのが当局の役割です。
――― 貿易経済安全保障局の立ち上げに関わったとのことですが、どのようなことをしていたのでしょうか。
鶴岡:新たに局を立ち上げるには、経済産業組織令などの法律を改正する必要があります。私は、第一案となる素案の改正資料の作成に携わりました。新たな局のミッションを、法律にどう定義するかから検討を始めて、経済安全保障に真正面から向き合う局にするために、前身の貿易経済協力局、貿易管理部の組織をどう組み替えて全体の組織を構成するか、関係課と共に調整しました。当省に貿易経済安全保障局が立ち上がる前にも、政府としては経済安全保障に取り組み始めていて、内閣官房の国家安全保障局に経済班が設置されたり、世界に先駆けて経済安全保障推進法という経済安全保障に関する包括的な法律を出すなどの動きがありました。そうした状況下で、経済そのものを所掌する経産省としても、その役割を一元的に果たすべきという思いが省全体としてあったと思います。
実は改正当時、日本の法令上では「経済安全保障」という言葉が使われていませんでした。そのため、法律を審査する内閣法制局との間で粘り強い調整が求められましたが、関係者に尽力いただき、何とか形になったと聞いています。当省が経済安全保障を引っ張って行くんだという気概が感じられる象徴的なエピソードかと思います。
人、もの、技術の移転や輸出入をコントロールして日本の安全保障を確保
――― 局内でどのような業務を担当していますか。
鶴岡:私が所属している経済安全保障政策課では、経済安全保障政策の企画・立案を担当しています。具体的には、省内各部局の協力を得ながら、経済産業省としての経済安全保障戦略であるアクションプランを策定しています。私たちの局の総務課長はこのアクションプランを「リビングドキュメント」と呼んでいるのですが、昨年10月の策定以降、まさに生き物のようにどんどん中身を加え調整していくことで変わっていくし、それを政策としても実現していくということに取り組んでいます。さらに、経済安全保障推進法に基づく特定重要物資(供給が途絶えた場合に甚大な影響が生じる物資)の安定的な供給への支援や研究開発の支援のための予算措置、今年成立したセキュリティ・クリアランス法(経済安全保障上重要な情報の管理・提供に関する制度)の執行・検討、各国との経済安全保障に関するカウンターパートとしての役割も担っています。特に結びつきの強いアメリカやイギリスについては当課で交渉を担当しています。私自身の業務としては、総括係長としての業務に加え、国際業務も担当していて、アメリカやイギリスとの国際協議の場への同席や、協議文書の文言調整なども行っています。
平塚:私の所属する貿易管理部は、日本から、また、日本への、もの、人、技術の移転や輸出入をコントロールすることによって、日本の安全保障を担保するというミッションを担っています。その中で貿易管理課は、日本が国として意思決定した北朝鮮やロシアなどの対象国に対する制裁を、外国為替及び外国貿易法(以降、外為法)という法律に基づいて、人、もの、技術の三つの要素をコントロールする役割を担います。私自身は、2020年の2月から始まったロシアのウクライナ侵攻に対して国際社会、G7各国で協調して対応していくという中で、これに関する政策立案などを担任しています。
――― 平塚さんは、自衛官から経産省に転職されたとのことですが、経産省はどのような組織だと映りましたか?
平塚:12年間自衛官をして、その後5年間地方公務員として勤務したのち、経産省に入省して2年半近くが経ちます。外の世界から入ってみて大きく違うなと思ったのは、ひとりひとりの権限、裁量が大きいというところです。能力ややる気のある若手職員が、成長を見込めてやりがいがある場なのではないかと思います。当然、上司から大きな方向性の指示はありますが、具体的にどのように進めるかは担当の裁量に任される部分も大きいと感じています。経済安全保障については前例のない職務を取り扱うことも多いので、前例踏襲に基づかない、若手の新たな発想が求められる部署なのではないかと思っています。
――― 伊藤さんも、平塚さんと同じ貿易管理課の所属ですが、どのような業務を担当していますか。
伊藤:私は、貿易管理課で外為法の法令の担当をしており、当課は、安全保障貿易管理以外の輸出入管理などの法令改正の作業に携わっています。平塚さんがお話ししていた国際交渉なども踏まえながら法令に落とし込む作業を行っています。経済制裁以外に、ストックホルム条約、水俣条約、ワシントン条約などの条約の履行措置としての輸出入管理も外為法で行っており、これらの改正に従事しております。これまで、輸出貿易管理令という外為法に基づく政令の改正や、それ以外に、省令、告示、通達など様々な規程があるため、こうしたものを網羅的に改正しています。
相手国の本音は。背景を理解して国際交渉に臨む
――― やりがいを感じる部分や心がけていることは?
鶴岡:組織改編前に担当していた課は輸出管理を専門としていて、秘匿性の観点からもカウンターパートはあまり多くありませんでした。それが組織改編後に産業支援策も射程に入ってきたため、これまで安全保障というテーマにあまりなじみがなかったという方も含めて一緒になって取り組んでいく必要がでてきました。総括業務としては、省内外関係者との調整において、前例があまりない中で、なぜ安全保障が必要なのかを地道に粘り強く説明していくことに苦労しています。丁寧に説明することで少しずつ理解を得られて仲間が増えていったり、完全合意とはいかなくても一部は譲ってもらったりということがでてくると、やりがいを感じます。
国際業務も担当していますが、最終的な合意文書の文言調整は、メールでのやりとりや通商交渉の担当部局で行うことが多いものの、合意文書にまとめる前の中身の調整は、その国に赴き直接行っています。文言上に現れない、相手国の本音の部分を探りにいくのが、交渉の根幹であると思っています。対面の交渉で得られた、おそらく本当はこう考えているのだろうという情報をあらゆる手段を総動員してかき集め、自国と相手国の利益を盛り込んでまとめていく作業は面白いなと感じます。私が担当しているのは主にアメリカとイギリスですが、両国と交渉するときは、ヨーロッパ情勢や中国情勢、東南アジアの情勢もすべて加味して議論しなければいけません。そのための情報収集も行いながら、両国との関係で意味のある交渉ができるように取り組んでいます。
平塚:貿易管理は基本的には規制であり、自由貿易の原則に対して安全保障に基づく理由から一部制限をかけることになります。自由に貿易したいという要望がある中で、日本の物や技術が特定の国にわたってしまうと我が国の安全保障が脅かされるおそれがあるので、禁止しますという理由を説明して法令に落とし込み、世の中に発出していくことになるので、産業界との対話が不可欠です。貿易の対象となる物を実際に扱う産業界を担当している省内課室とも連携しつつ、直近では、貿易管理の必要性や具体的なインパクトについての説明を産業界の方にさせていただく機会もありましたが、有意義な場になったと思います。
また、入省後二年半の間に、6回、海外に出張し交渉に臨みました。交渉の場では、日本の立場を主張しないといけませんし、相手が考えていることを理解した上で、その結果を関係省庁に伝達する必要があります。そのためには相手の主張のバックグラウンドを理解しないといけません。ここ数年論点に挙がっているロシアの例でいえば、一番危機意識を持っているのはヨーロッパ諸国です。それはロシアとヨーロッパがこの4~500年の間に何回も戦争している歴史があるからです。交渉の節々にこうした話が出てくるので、政治、経済、歴史など情報をしっかりインプットし背景を抑えておかないといけないというのは私にとっても良い刺激になります。
また、規制をするにも法的裏付けが必要ですので、法的な知識も持っておかないといけません。産業界との対話、交渉背景の理解、法律知識が三位一体となって初めて交渉が成り立つという点に面白さがあると感じます。
丁寧なコミュニケーションで、日本の産業を守る
――― 印象に残っている国はありますか。
平塚:一番印象に残っている国はマレーシアです。輸出管理という分野において、日本やアメリカは東南アジア諸国に比べると先進的な取組をしている面もあり、先導役となることも求められます。日本国内では失われた30年、この先も少子高齢化で成長が見込めないといった悲観的な論調もありますが、マレーシアの方と交渉をする中で、「日本は素晴らしい国だ」という評価を多く聞きました。このように、国際交渉をしていると、自己認識と他者認識に違いがあるなと感じる場面があります。他にも、日本ではAIや3Dプリンターのような最新技術をしっかり管理しないといけないという意識を持つ方は多いと思いますが、ドローンはむしろ身近な製品であり、センシティブな技術と思わない方も多いかもしれません。でも世界を見ると、ドローンは、戦争で使われています。万が一、日本の製品が戦場で使われるとなれば、その製造企業にとっては重大なネガティブキャンペーンになりますから、我々はそれをしっかり産業界に伝えていかないといけません。必要な規制をかけることが、結果的に日本の産業を守ることにつながります。バランスは難しいですが、国際協調も重要で、外からの意見も聞きながら、トータルで見て最適となる方策を模索する必要があると考えています。
――― 産業界との密なコミュニケーションが不可欠ですね。
伊藤:ロシア向けの輸出規制や、その他の条約履行のための輸出入規制は下位の通達なども含めると頻繁に改正しているので、輸出入などに関わる企業の方々には最新の法令を確認していただく必要があると考えています。新たに規制を設けるとなると、どういった審査基準とするかについて審査担当課室と調整したり、具体的に物品の規制が必要になった場合は、該当する物品を扱う業界を担当する省内外の課室と調整する必要があります。条約の履行となると外務省と整理する必要がありますし、輸出入の規制であれば水際で止めてもらう必要があるので、税関との調整が必要となります。一つ何か規制を設けるとなると色々なところとの調整が必要となり、一つも漏らしてはいけないのでそこが大変なところです。法令改正の情報は当省ホームページに掲載しています。省令や告示、通達など下位の法令に規定されているものもありますが、こうしたものの改正履歴もすべて掲載しているので、輸出入などに関わる企業の方々にはぜひご覧いただきたいと思います。
平塚:ホームページに加えて、政令改正をするときはいつもプレス向けの説明の機会を設けるようにしています。国民の皆さんに幅広く知っていただくためには、新聞やインターネット媒体で取り上げていただくことも重要で、マスコミの方々とも丁寧にコミュニケーションをとるようにしています。
鶴岡: 着任前は、「安全保障」というと少し思想が偏っているのではいうイメージがあったのですが、実際に仕事をしていると、何をやるべきでどう進めて行くかというところは、オープンに議論するようになってきていますし、省内他部局の知見も借りながら色々な方策を模索しているという点では、経産省の他の施策と変わりはないと感じています。最後はバランスが求められますし、関係者とよくコミュニケーションをとりながら業務を進めていければと考えて日々仕事をしています。
伊藤:私自身は前職では、通商政策局通商機構部という部局で関税担当として、自由貿易を推進する立場で仕事をしていたため、貿易管理部は「規制」を行うという少し堅いイメージをもっていました。ただ、いざ飛び込んでみると皆さん親切で、昭和から続く外為法の歴史や改正経緯など深い知識を持っている職員も多く、また国際業務から現在の国際情勢を知ることもできて、学びの多い部署だと感じています。
平塚:私たちの政策は、国際協調として各国との連携が不可欠です。実際の武力衝突が起こっていないにしても、安全保障環境がドラスティックに変わっている中で、日々対応すべき案件が出てきています。ただ一つ言えるのは、安全保障の要素は、もの、人、技術なので、それぞれの専門家は省内、省外に必ずいます。日々変わる課題によってステークホルダーもどんどん変わっていく中で、新たなスキームを柔軟に考え、関係者を巻き込んで行く必要があります。日本の中小企業は優れた技術で製品を作っている会社がたくさんありますが、諸外国に目をつけられているものもあり、それをプロテクトしていくのが我々のミッションです。半年後、1年後、2年後、どのような課題があるかわかりませんが、常に関係者としっかりとコミュニケーションを取りながら進めて行くことが重要だと考えています。
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