デジタルスキル標準は人材類型の総合ガイド! イオンの活用法とは
日本企業がDXを進めていくには、ITやデジタル技術のスキルやリテラシーを身に付けた「デジタル人材」の育成が欠かせない。ただ、従業員がどのようなスキルや経験を積めばよいのか、あるいは、そうしたデジタル人材をどのように配置すればよいのかなど、それぞれの企業が要件を一から考えることには大きな労力がかかる。そこで、経済産業省と独立行政法人情報処理推進機構(IPA)が2022年12月に公開した「デジタルスキル標準」を、個別の企業の事情に応じて適用していくことが有効だ。
「デジタルスキル標準」は「DXリテラシー標準」と「DX推進スキル標準」の二つの標準で構成されている。 前者は全てのビジネスパーソンが身につけるべき能力・スキルの標準や学習項目例を定義し、後者は専門性を持ってDXを推進する人材の役割や習得すべきスキルを定義している。公開後、大企業を中心に「デジタルスキル標準」に準拠した人材育成プログラムを取り入れたり、デジタル人材の育成・採用に活用したりする動きも広がりつつある。
流通大手のイオングループは、2023年6月から「デジタルスキル標準」に準拠したデジタル人材育成プログラムを開始した。人材育成部デジタル人材開発グループリーダーの青野真也氏に、「デジタルスキル標準」を人材育成プログラムにどのように活用しているかを聞いた。
デジタル人材の基準が明確になり、人材の配置・養成が計画的に
「デジタルスキル標準」のうち「DX推進スキル標準」は、DXを推進する主な人材として五つの人材類型を定義した。「ビジネスアーキテクト」「デザイナー」「データサイエンティスト」「ソフトウェアエンジニア」「サイバーセキュリティ」に区分している。さらに、業務やスキルによって下位区分のロール(役割)を設けている。例えば、「デザイナー」には「サービスデザイナー」「UX/UIデザイナー」「グラフィックデザイナー」の三つのロールがある。
青野氏は「デジタル人材の基準を国が明確に示してくれたことで、人材の配置、養成がより計画的にできるようになった。グループの職種が幅広いため、汎用的な基準を求めていたわが社にぴったり。話を聞いたとき、すぐに社内で活用したいと思いました」と話す。
「スキル標準」を基に人材類型を6種に分類。人事の可視化ツールに
「DX推進スキル標準」の五つの人材類型は産業や職種にかかわらず共通の指標として転用しやすいように汎用性のある表現としているため、個別の企業・組織への適用にあたっては、各企業・組織の属する産業や自らの事業の方向性に合わせた具体化が求められる。
そこで、イオンでは人材類型を「プロダクトマネージャー」「デジタルマーケティング」「データサイエンティスト」「社内SE」「UI/UXデザイナー」「エンジニア/プログラマ」の6職種に分類。3段階のレベル(「ジュニア」「ミドル」「ハイ」)をつけ、計18の区分を設けた。この区分の中に、グループ各社で様々なスキルを持っている人数をあてはめて、次年度以降のDX推進に必要な人的リソース要件を固めていく。例えば、データサイエンティストの「ジュニア」は多いが「ハイ」が少ない場合、指導者レベルのスキルを持つ人材を採用するか、何年か計画を立ててグループ内で育成していくかを決めていく、といった具合だ。
約300の企業で構成され、従業員が57万人を超える巨大企業のイオングループが「デジタルスキル標準」をスピード導入できたのには理由がある。イオングループは2015年からデジタル人材養成講座を開設しており、公募制で全国のグループ各社のあらゆる職種の従業員が受講できる。2022年4月、人材育成部の中に「デジタル人材開発グループ」を設置。青野氏はリーダーとして、人材育成プログラムの改訂を進めてきた。青野氏は「実はデジタル人材の定義や類型化は我々も準備していたところでした」と背景を説明する。
「デジタルスキル標準」の発表後、ほぼ毎週、合宿のような形で研修担当者らと議論を続け、2023年の4月ぐらいにはスキル標準に準拠したプログラムにリニューアルし、6月から例年通りのスケジュールで講座がスタートできた。「我々が準備していた定義や類型化は一旦、リセットすることにはなりました。しかし、その準備があったからこそ、リニューアルもスムーズに進んだ」と話す。
青野氏は「デジタルスキル標準を取り入れたことで、人事施策の可視化ツールとして活用できる。国が標準を作ることで、我々がDX推進のどのレベルにいるのかを知ることができ、採用活動にも役立つ」と利点を語る。
また、デジタル人材育成プログラムの受講生からは「世の中で求められている能力やレベルを知り、整理された基準に沿って自身の能力を開発できることで、学んだことを業務で生かす際に、俯瞰でき、自信にもなっている」といった肯定的な反応が多く得られているという。
オンライン講座「DXラボ」で人材の底上げも
イオングループはデジタル人材の底上げを図るため、オンライン講座「イオンDXラボ」も2021年から定期的に開催しており、これまでにのべ1万5000人近い従業員が参加している。ラボで興味を持った人がデジタル人材養成講座に入ることでデジタル人材の底上げ、育成、供給を図っている。青野氏は「年齢や業種を問わず、ラボをきっかけにITやデジタルに興味・関心を持った人や体系的に学びたいという人に講座を受けてもらうことで、デジタル人材を増やしていきたい」と目標を語った。
経済産業省は民間事業者などの教育コンテンツを「デジタルスキル標準」と対応させて、網羅的に紹介したポータルサイト「マナビDX(デラックス)」を運営しており、イオンでも受講生自身による学びを深める補助教材として紹介している。上級者向けには、企業が抱える課題を解決するプロセスを疑似体験できる教育プログラム「マナビDXクエスト」も開催されている。
青野 真也(あおの・しんや)イオン株式会社人材育成部デジタル人材開発グループリーダー 新卒でイオングループ ミニストップへ入社。2011年に「グループ公募制度」でデジタル事業に出向。2022年よりイオン株式会社へ異動。現在、デジタル部門と人事部門と連携を図り、グループ戦略を遂行するために必要なデジタル人材の育成、確保と共に、長期的に活躍できる体制の構築およびグループ従業員57万人のデジタルリテラシー向上を担う |